渇望の番人 ニ
「おい」
殺気………とでもいえばいいのか、ヨミヤに激しい感情のこもった声が真後ろから投げつけられていた。
とんでもない殺気だった。目の前の敵を『どんな手段を使っても殺す』という誓いの込められた殺気。少年の額から汗が滴るほどには、その殺気は膨れ上がっている。
「………………」
振り返れば、体のあちこちに傷を作り、額から流れる血が右目を赤く染めている女がいた。白い髪に毛先が鮮やかな青色の女だ。
容姿ははっきり言えば綺麗なのだろう。しかし、左目青の右目黒のオッドアイは今や血に染まっており、その表情も、殺意に彩られていて、お世辞にも美人とは言えなかった。
「お前、その男の仲間だな」
女はショートソードとパリングダガーを構える。
「ちょっ―――」
そして、接敵。
会話を試みる暇もなかった。それほどまでに女は冷静さを失っていた。
しかし―――
―――この女、強い!?
身体能力はヨミヤの方が高いだろう。しかし、方や剣術素人だ。そして、その事実を差し引いても、女は強すぎた。
「身体能力は大したものだが―――弱いな」
「そりゃ申し訳ない………ね!! こちとら本職じゃないもんで―――っと!!」
ヨミヤの目が追いきれないほどの連撃が叩き込まれる。致命傷は免れているものの、細かい切り傷が段々と少年の身体に刻まれていく。
首を落とす一太刀―――防ぐが、ダガーで足を切りつけられる。
上半身を両断する袈裟斬り―――受け止めるが、脇腹に一撃をもらう。
「グっ………………」
間一髪で身をよじり、内臓の損傷を避ける。
「………魔法使いか。なら、発動する前に―――殺す」
ヨミヤの言葉に、彼の本来のスタイルを見抜いた女は、一気にラッシュを叩きこもうとする。
が―――
「悪いね」
次の瞬間、女とヨミヤの間に爆発が生じた。
「ガッ―――!?」
当然のごとく、不可避の爆発だ。女は弾かれたように後方へ飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。
「詠唱とか、いらないんだ」
ヨミヤは、剣を地面に突き刺し、ポケットから取り出した黒林檎を齧り、傷を癒す。
「ば、馬鹿な………魔法名なしの発動………? そんなの、聞いたことも―――」
「それより、なんでそんなに、この人………追っかけてるんですか?」
「うるさい!! 白々しい!! お前もこのクズの仲間だろッ!!!!」
「えぇ………」
正直、めんどくさい。
ヨミヤだって先を急ぐ身なのに、こんな態度をされたら今の彼はそう感じてしまう。
「………………」
―――だが、女の今の様子………具体的には、何かを強く『憎む』感情………むき出しの殺意に、ヨミヤは個人的に思うところがあった。
「わかった」
ゆえに彼は、ただ殺意を込めて睨んでいる女に背を向けた。
「あ、アニキ!! ゲロ強いっすね! オレ、感動しちゃいました!!」
「………………」
そして、モヒカンの近くに剣を捨てて、無言で男に近づいた。
「………………あ、アニキ? い、一体なにを―――」
そして、次の瞬間、モヒカンの顔面を思い切りぶん殴った。
「はがぁ――――!!??」
「ふぅ………これでいい?」
そして、気絶したモヒカンの首元を掴み、ズルズルと女の元まで持ってくる。
「な、何を………な、仲間じゃ―――」
「いや全然。先ほど知り合った仲です」
「な、あぁ………………」
己の早とちりを悟ったのだろう。口をパクパクさせていた女は、やがて、疲れたように顔を下げた。
「そうか………勘違いか………―――それでも、お前は人間だろう。私たち魔族はお前たちの敵だ」
諦観に似た表情で、言外に『殺せ』とそうヨミヤに告げていた。それはひとえに、己と彼の力の差を感じたからだろう。
「だから………殺すなら最初から全力で殺してますって………モヒカンをぶん殴って連れてきたのは、あなたに何があったのか聞きたかったからですよ」
ヨミヤはあきれたように、顔面を腫らしたモヒカンを女の前に突きつける。
男の顔面が目前まで迫り、女は顔を逸らす。―――そして、深いため息をついた。
「なんなんだお前は………」
「さぁ………? オレも実は急いでるんですけどね」
目の前で複雑な表情で苦笑する少年に、力なく横たわる女は静かに口を開いた。
閲覧いただきありがとうございます。
ヒロアカが最終回を迎えましたね。ずっと追いかけていたので感慨深いものがあります。