一匹狼 ニ
私は、魔王軍に所属する、一人の兵隊だった。―――入りたくて入った訳ではなかった。
私は、生まれた時から『一匹』だった。
『集団行動』が昔から苦手で、周囲から孤立し続けた。―――となれば、はみ出し者が受ける扱いは、魔族でも人間でも変わりはなかった。
家では、言うことの聞けない『愚図』。
外では、集団行動のできない―――秩序を乱す『クズ』。
きっと、私の種族が、獣魔族の中でも、集団での戦闘を得意とする狼魔だからというのもあるだろう。
どこにでもある、クソッタレで、ありふれた普通の生い立ちだった。
でも、だからだろうか。
はみ出し者の一匹狼でも、『フォーラム』の一員として―――偉業を成し遂げることができると………そう証明したかったのかもしれない。
※ ※ ※
「お前………」
目の前の人間は、倒れなかった。
見事な体裁きで、迫る爪を悉く打ち落とし、必殺の一撃を全て空振りさせてくる。
「オラァッ!!」
それどころか、爪を迎撃するスピードが徐々に上がり―――あろうことかアザーの顔面に拳を放ってくる。
「………ッ」
目の前の人間―――赤岸タイガの拳を首を捻るだけで回避して見せたアザーは変わらず、当たれば魔族の膂力と風の刃で相手を肉塊にできることを確信して爪を容赦なく振り下ろし続ける。
―――これは、相手のスピードが上がった訳ではない………
アザーは、タイガと拳と爪の無限の打ち合いを行いながら、思考を続ける。
―――むしろ、この動き方は………『先読み』で出鼻を挫かれている………
アザーは知る由もないことだが、タイガは格闘技の動画を見ただけで、その技を吸収出来てしまう程、格闘技の才能がある。
この、『見る』という行為で、アザーの近接戦のクセを見抜いてしまったタイガが、徐々にアザーを押しているのが、今の現状だ。
「………面白い」
今までの人間とは違った『匂い』を感じ取ったアザーは、本気を出す。
「いいだろう。―――今までのように簡単に殺せないことはわかった」
アザーは、突如として不意打ちの上段蹴りを敢行。
「………ッ!!」
咄嗟に反応が間に合ったタイガが、蹴りをガードしようとするが………
「ガッ………!?」
顔の側面まで迫った蹴りが、突如として軌道を変え―――タイガの肩口の傷にアザーのつま先が突き刺さった。
―――それは、蹴りの途中で膝関節を捻ることで攻撃の方向を大きく変える技術。
格闘戦に秀でたアザーだからできる技であった。
「どけ………」
「ッッッ!!?」
アザーは、蹴り上げた脚が接地すると同時に跳躍。―――空中で身を捻りながら踵を振り回し………タイガの顔面に体重と遠心力の乗った後回し蹴りが炸裂する。
面白いようにバウンドして、遥か後方へ吹っ飛ぶタイガを他所に、アザーは鉄爪を胸の前にかざした。
「私をここまで本気にさせたのは、シルバーに続いて―――お前が二人目だ」
瞬間、アザーの身体が徐々に、筋肉による膨張を開始する。
同時に、全身から獣のような青い毛が生え始め―――あっという間に膨張した身体を包む毛皮となる。
ほんの数秒後には、まるで巨大な狼がそのまま二足歩行したような形態―――獣魔形態に移行したアザーがタイガを見下ろしていた。
「………ハッ、まるで犬っころじゃねぇか」
強がるタイガの表情に、いつもの不敵な笑みはない。
「本気を出せる敵に出会えたこと―――感謝するぞ」
閲覧いただきありがとうございます。
最近は、獣人が戦うのも熱いなぁなんて思ってます。




