開戦 イチ
「しかし、なんでまたヴェールちゃんはこんなに待遇がいいのかしら?」
ハーディは、高級な調度品が数々置かれた部屋の内装や、豪奢なドレスを身にまとったヴェールを順番に見回しながらふと、疑問を口にする。
すると、シュケリの胸で泣いていたヴェールが、未だに鼻を啜りながら理由を教えてくれた。
「………なんかあの人達、魔族の新しい仲間を探してるみたいで色々世話を焼いてくれたの」
曰く、豪華な部屋での軟禁状態だったらしい。
たまに外に出る機会があれば、それは『行政府』の秘密の部屋にあるフォーラムの『集会場』で『受容思考』という機構の指針となる考えをひたすら聞かされていたヴェール。
「―――ずっと同じ言葉をブツブツブツブツ言ってて………正直、怖かった」
ヴェールは、自分が見た光景を思い出したのか、再びシュケリの胸に顔をうずめてしまう。
「ふふっ………怖かったですねヴェール………」
まるで絞り出すように言葉を紡ぐシュケリは、ゆっくりとヴェールの頭を撫でる。
「ですが………ヴェール………ドレス、とても………似合ってますよ………」
どんどんと語気が弱弱しくなっていくシュケリ。
「お姉ちゃん………?」
そんなシュケリの様子に気が付いたヴェールは、一度シュケリから離れ、彼女の顔を覗く。
「ごめん………なさい………ヴェール。わたし………貴女に、ウソを………ついていました………」
シュケリの様子を見ていたハーディは、ゆっくりと彼女の傍に膝を下す。
「まずいわね………やっぱり、『ウーズ化』が思ったより進行してる………!」
「お姉ちゃん!!」
ヴェールは、縋るようにシュケリの身体を揺らすが―――その時、彼女の身体から染み出ているウーズ特有の『分泌液』が自分の手を汚していることに気が付く。
「ハーディ、様………私の状態を………ヴェールに………伝えてはくれませんか………?」
「………」
その願いは、まだ何も知らぬ少女に………けじめをつけたいというシュケリの想いだ。
本当は、『ウーズ化』の影響で人型を保つのもキツく、自我を保つので精一杯なはずなのに―――汚泥の少女は、目の前の幼い少女に全てを打ち明けようとしている。
自分を差し置いて―――他者のために願うのだ。
「………わかったわ」
ハーディは、その願いを汲み取り―――今までの経緯をヴェールに打ち明ける。
ヴェールは、ハーディの話す一言一句を真剣に聞き、静かに頷く。
―――そして、すべてを聞いて、
「………」
シュケリの汚れる手を―――強く握った。
「魔獣とか………ウーズとか………よくわかんない」
涙を瞳に貯めて―――ヴェールは、まっすぐシュケリを見つめた。
「乗合商業馬車でも、ヨミヤと………お姉ちゃんが魔獣から守ってくれたもん」
「ヴェール………」
「牢屋でも、連れ去られた時でも、いつも私を守ってくれたのはお姉ちゃんだもん! ウーズなんて知らない! わかんない! お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん!!」
ヴェールは、必死にシュケリの上体を起こし―――ギュッとシュケリを抱きしめる。
「―――――――――あぁ………私は………なんて………恵まれてるのでしょう………」
きっと、彼女は―――多くの人間から見れば『不幸』なのかもしれないが。
それでも、今の彼女に………そんなことは関係なかった。
「オーケー。―――じゃあ、ここからは『抗う』としましょう」
ハーディは、抱き合うシュケリとヴェールを、包み込むように優しく抱きしめた。
「ハーディ………?」
「そんな不思議そうな顔しないのヴェールちゃん。―――フォーラムの好きになんてさせないんだから!!」
今までの空気を蹴り飛ばすように、ハーディは立ち上がると、おもむろに懐にしまってあった『シュケリの研究資料』を取り出した。
「イアソンが残したこの資料があれば………」
それは、人生の大半を魔法に費やしてきたエルフだからこそ、できる芸当。
「ハーディ様………一体………?」
『何をするのか』。精一杯言葉を費やし、そう問いただすシュケリに、ハーディは術式を地面に描きながら答えた。
「シュケリちゃんの自我を取り戻す魔法」
彼女は、類まれなる魔法の知識を総動員し、資料にある術式から構築してしまったのだ。
『他者と他者の記憶を繋ぐ魔法』を。
ハーディは、ヴェールや自分とシュケリの記憶を魔法でつなぎ、彼女の記憶を刺激することで自我を取り戻そうとしているのだ。
「まぁ………今構築した魔法だけど―――時間もないしぶっつけ本番ね」
その出鱈目な魔法技術は、素人のシュケリの目からしても異常なものだった。
そんな出鱈目なハーディに、困ったように笑うシュケリと、『シュケリが助かるかもしれない』という希望に目を輝かせるヴェール。
しかし―――
「みぃぃぃぃぃぃぃつけたぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
突如として、『何か』が外から壁をぶち破って乱入してきた。
「ッ!? 模倣ッ!! 浮遊ッ!!」」
ハーディは、書きかけの術式を魔導書へ『転写』すると、すぐに二人を浮かして、その場から全力で動かす。
「きゃあッ!!」
「っ!!?」
二人がベッドの上に突っ込んだのを見て、自分もゴロゴロと地面を転がり、必死に態勢を立て直す。
「っ………、一体なんなのよ………」
ヨロヨロと立ち上がるハーディ。―――そんな彼女が見たのは、
「なに………これ………」
一言で形容するなら、『鉄の巨人』
より細かく説明するならば、五メートル以上はありそうな『鉄の箱』に、脚部と、四本指の腕部がついた、全長八メートル以上はある巨人だ。
背中からは、重厚な、『鉄の筒』とでも言うべき何かが装着されていた。
『ハーディ・ペルション………弟子に嵌められ街を去った負け犬エルフが………『メインプラン』は返してもらうぞ………』
そんな『鉄の巨人』から、男の声が響く。
「………?」
どうやら、ハーディを知っているようだった。が―――
「………………誰、アナタ?」
『なっ………あぁ………』
最近、酒のせいか、年のせいか、記憶力が悪いエルフは、目の前から響く声に、とんと覚えがなかった。
『おのれ………聡いだけしか取り柄のないエルフ風情が………コケにしおって………』
「うっさいわね。その言い方じゃ、アンタがアタシより『バカです』って言ってるようなものじゃない」
『チィッ………!!』
口の減らないハーディに、舌打ちの出る声は―――ため息の後、落ち着いた声で言葉を続けた。
『………セラドン・グラス。お前の弟子が開発した『銃』を―――引き継いでやった男だよ』
その言葉に、ピクリとハーディの動きが止まる。
『本当にバカな男だよ。―――この研究があれば、いくらでも世界を相手に戦えるのに』
「―――バカはお前だ」
ハーディの表情が変わる。
「お前は、『銃』を公表する意味を全くもって理解していない」
虚空。
ハーディが独自に持つ、道具を自在に出し入れすることのできる空間。
その虚空より、身の丈ほどの大杖を引っ張り出したハーディは………大きく杖で地面を鳴らした。
『ハッ………何を言っているかわからんが………いいだろう。お前の弟子の研究で、先にお前を殺してやる』
「ちょうどいい。私も愛弟子愚弄されてイライラしていた所だ―――掛かってこい。鉄屑にしてやる」
閲覧いただきありがとうございます。
普段と戦いのときで口調が違うキャラって好きです。




