夜と銀の交差で輝く ゴ
『メフェリト』にて、タイガ達が魔族に囲まれている頃。
「………これで終わりですか?」
農業都市『ムスカリ』。その街のとある焼けた小麦畑の真ん中。
とある魔族の死体の上で、ヒカリはザバルとフェリアに視線を送った。
「まさか………第一階級魔族のアガレス・パフォードを………一瞬で………」
「これまでエイグリッヒしかなかった第一階級魔族撃破記録を………この短期間で………」
帝宮魔導士の二人は、目の前の光景が未だに信じることが出来ず、半分放心状態であった。
「………?」
そんなとき、ヒカリのポケットから、茶羽とタイガに渡された平水晶が反応を示した。
アガレスの亡骸から降りて、地面に剣を突き刺して平水晶に応答すると―――タイガの声が水晶より響いた。
「今から、こっちの状況を一方的に伝える。質問はナシだ」
「………はぁ?」
突然連絡をよこし、質問を禁じられたヒカリは、状況が理解できずに訝し気に声を上げる。
―――まぁ、タイガのことだし………何かあったんだろうな………
が、勝手に自分を納得させてタイガの言葉を待つ。
「調査先がだいぶヤバい所かもしれない。―――今、真道がはぐれた。かなり嫌な予感がする。追いかけようとしたら魔族に囲まれた。………手が空いてたら真道のトコに行ってやってくれ」
「アサヒ………」
黄金色だった小麦畑は、すでに面影はない。
ヒカリは、それでも、まだ健在である他の畑に目を向けながら、親友から授けられた転移の魔廻石を強く握った。
※ ※ ※
「ぇ………?」
それは誰の困惑した声だっただろうか。
傷だらけで動くことのできない少年だったかもしれないし、『勝てるはずがない』と決死の覚悟で敵に立ち塞がった少女のものかもしれない。
ただ、一つ明確なのは―――
『勇者』と呼ばれた少年が、敵の刃を受け止めていたことだ。
「ッ!?」
突然現れた少年―――剣崎ヒカリに自身の剣を防がれたことで驚愕を露わにする。
「オラァッ!!」
ヒカリは、防いだ剣を無理やり力づくではじき返す。
シルバーは、その勢いに負けて、大人しく後方に大きく退避する。
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙が三人の間に流れる。
誰もが、誰かに、何かを抱えている関係。
「………………」
不意に、ヒカリはボロボロで、義手すら失くしたヨミヤへ視線を向ける。
「………なんでお前が居るかはわかんねぇけど」
呟くように、ヨミヤへ言葉を向けるヒカリは、彼から視線を外し―――剣をシルバーに向けて構えた。
「―――なんかやることあんだろ? さっさと行けよ」
再会の一言は謝罪などではなかった。
ほんの少しの沈黙後、ヨミヤはその眉を盛大に曲げる。
「はっ………久々の再会だってのに………随分な物言いだな………」
「真道………治療を頼む」
息も絶え絶えに発言するヨミヤの言葉にヒカリは言葉を返すこともなく、突然の事態に固まっているアサヒへ言葉をかける。
「ぇ………あ、うん………」
ハッと我に返るアサヒは、事態の飲み込めないまま、とりあえずヨミヤの傍にしゃがみ、魔法で治療を始める。
「ヨミ………動かないでね」
おそらく全力で治療をしてくれたのだろう。
ものの数秒で、ヨミヤの全身の傷がふさがり、元通り動けるようになる。
「ありがとうアサヒ………」
ゆっくりと身体を起こすヨミヤは身体が自由に動くことを確認して―――立ち上がる。
「―――ごめん、オレ………行かなきゃ………」
アサヒに背を向けるヨミヤ。―――その動きは酷く緩慢であった。
「ヨミ………やっぱり、帰ってくることは―――できない?」
それはともすれば、甘美な誘いであった。
自分のやるべきことも、過去の怒りも、行動も、何もかもを否定する甘く―――それでいて、自分を全て放棄するかのような選択肢。
ヨミヤにとっては、目の前の少女は、それだけ大きな存在だった。だが―――
「帰ることは………できない」
まっすぐと前を向き、少年は振り返ることはしなかった。
「オレはやっぱりヒカリのやったことは許せない。―――器が小さいことはわかってる。でも、ここで帰ったら、オレはオレ自身を否定することになる」
斜め前に居るヒカリの背中を確かに睨みつけながら、ヨミヤは一度瞑目する。
「―――ヒカリは殺したほど憎い。けどもう………その感情に身を任せることはしない」
少し振り返り、ヨミヤは自分を見上げる少女へ目を向ける。
「今は………今だけは………それよりも大事なことがあるんだ」
「ヨミ………」
少女を見つめる少年の瞳に、すでに暗闇はなかった。
そんな少年の姿に、アサヒは少しだけ下を向いて涙を流し―――すぐに顔を上げた。
「………そっかぁ」
少女はスッと立ち上がり、ヨミヤの近くまで行くと、その左手をゆっくりと持ちあげた。
「―――じゃあ、この魔法を………持っていって」
アサヒは優しい声色で、ヨミヤにそう告げると、ゆっくりと呪文を唱え始めた。
「フェオ・ギューフ・ラド・シゲル・ウイルド―――『注ぐ治癒』」
それは中級の回復魔法。
徐々に傷を癒す回復魔法で、回復魔法を使える治癒士はあまり使わない魔法。
『徐々に回復』というのは、緊急の現場では使い勝手が悪いからだ。
その魔法を、アサヒは茶羽と共に改良した。
魔法に注ぐ魔力の量によって、回復魔法の出力が左右されるようにしたのだ。
この改良によって、膨大なアサヒの魔力量で、大抵の傷なら瞬時に回復するようになった。
「さ、一緒に―――」
そんな経緯がある魔法を、ヨミヤはアサヒと共に詠唱する。
「「フェオ・ギューフ・ラド・シゲル・ウイルド―――『注ぐ治癒』」」
魔法が顕現する。
この時、この時点をもって―――少年の『領域』に治癒の魔法が記憶された瞬間だった。
「アサヒ………」
「………私のことはいいよ。ヨミは、ヨミのしなきゃいけない事―――してきて?」
眉端を吊り上げながら、少女は気丈に笑い―――少年の背中を押した。
「アサヒ………………ごめん!!」
今度こそ、少女を置いて少年は走り出した。
「そこは、『ありがとう』でしょ………バカ………」
どこかで、一滴の涙がこぼれた。
―――まだシュケリ達は上か!?
『柱』に向かって走るヨミヤ。
その時、
「行かせるわけないだろ!!」
高速で迫ったシルバーが、容赦なくその剣をヨミヤに振り下ろした。
「チッ………!!」
即座に迎撃の構えに入るヨミヤだったが―――
「俺を忘れるなって」
二人の間に入ったヒカリが、シルバーの剣を受け止めた。
「誰だお前は」
「そっちこそ」
そして、一回の瞬きの間に何合も斬りあいがあり―――最終的にヒカリがシルバーを押し返す。
「―――礼は言わないぞ」
「ハッ、そんな立場じゃねぇよ。―――さっさと行け」
短く言葉を交わした後、因縁の少年達は別れを告げた。
閲覧いただきありがとうございます。
お正月ってセールやってて良いですよね。




