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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編

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125/270

過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に 覚悟

「………」


 騎士が去り、荒らされたまま放置されたイアソンの家。


 そのリビングの中央で、イアソンは一人起き上がった。


「………また、まただ」


 幾度と知れない喪失感と―――無力感。


 またしてもイアソンは何もできなかった。大勢の騎士に囲まれ………指一つ、魔法一つ撃つことすら叶わなかった。


 時刻はすでに夕刻。


 傾いた陽が、イアソンを容赦なく突き刺していた。


「何度………何度失えばっ………」


 握りこぶしを床にたたきつけ―――板材すら割れぬ自身の非力を呪う。


 想起するのは、娘を守れなかった戦争。


 妻に、自分の作品を見せることが叶わなかった自分自身。


「クソっ………」


 そうして、顔を伏せようとして―――



『あなたのやりたいことは何?』



 不意に、ヒューナの声が響いた。


「!!?」


 閉じかけていた瞳をあらんかぎり瞠目し、顔を上げる。


「ヒューナッ!!」


 家族との思い出が詰まるリビングを見渡し―――ついにヒューナの姿を見つけることはできなかった。


「ヒューナ………」


 少し落胆の声を落とし………イアソンは少しだけ顔を上げた。


「ボクの………やりたいこと………」


 亡き妻の声が問いかけてきたことを胸の中へ落とし込む。


「………」


 正直、シュケリとの未来なんてわからない。


 そもそも、生物としての根幹が違う。―――一人の研究者として不安も疑念も、疑問も尽きない。


 だが、


―――もう、『失う』のは嫌だ。


 今、この瞬間、イアソンのやりたいことは明確だった。


「………待ってろシュケリ」



 ※ ※ ※



 翌日・深夜。


「お待ちを」


 『賢者の柱』の一階エントランスにて、イアソンはエレベーター前の守衛に引き留められる。


「イアソン様………滞在許可証は………?」


 そう、『賢者の柱』は本来、夜の時間帯は立ち入り禁止なのだ。


 夜まで残り、研究に没頭したければ統治貴族直々の『滞在許可証』なるものが必要なのだ。


「あぁ………すまない。少し忘れ物をしてしまってね」


 若い青年守衛は、そんなイアソンを見ると………


「なるほど。街一番の賢者でも、そうゆうこともあるんですね」


「そう呼ばれるのは恥ずかしいものがあるが………私はこんなものだよ」


「それは親近感が沸きますね。―――俺なんて、ドジばっかでよく怒られるもんですから………イアソン様もそうなら、また頑張れそうな気がします」


 明るく振舞う守衛の青年に、どこか申し訳なさを感じながら、イアソンは『頑張ってくれ』と言い残し、自身の管理する階までエレベーターで昇った。



「よし………」


 白衣の下に、鉄製の書皮で覆われた『魔導書』と、『()』を差したイアソンは、指に触媒の指輪を光らせながら自身の研究室を出た。


 最初に自身の管理する階にむかったのは、エレベーター前の守衛の目をごまかすため(エレベーターはどの階にエレベーターが居るのかわかるため)。


 同時に、カバンの中にしまっていた装備を整えるために自分の研究室に立ち寄った。


「………いくか」


 準備が整ったイアソンは、さっそく、魔導書を開き自身に隠密の魔法をかける。


―――効果時間は約五分。


 今から何分後に魔法をかけなおすのかをしっかり確認し―――イアソンは研究室を後にした。


 できるだけ足音をたてないようにイアソンは歩を進める。


 目指すはセラドンの管理する階―――最上階だ。


―――今度は………守る。


 しかし、現実は甘くはなかった。


「………多い」 


 セラドンの管理する階に到着すると、想定以上の警備があちこちに配置されていたのだ。


―――見つかりはしないが………身を隠して魔法を再度かけるのも難しいな。


 手元の、シュケリの位置を画面に映す魔工具は、現在、一つ上の階を示している。


―――仕方ない………本当は使いたくないが………


 イアソンは魔導書を引き抜き―――『幻影』の魔法を発動する。


 すると―――


「おい!! 侵入者だ!!」


 ()()()()()()()を発見した守衛の意識が、一気にそちらへ向く。


―――今だ。


 イアソンはその隙に、一番手近な部屋へ滑り込むように入室する。


「………居ないな」


 室内の人影を確認し、一息つくイアソン。


「………ここは」


 そこで、部屋の内装がとても豪華であることに気が付く。


「………」


 明らかに他の部屋とは『違った』。


 イアソンは、部屋の中央にある、ひと際豪華な机に近づき―――その引き出しを開ける。


 そして、そこから適当な書類を手に取り、中身を確認する。


「やっぱり………セラドンの部屋か」


 書類には『セラドン』の文字。


 イアソンは、手に取った書類を机の上に置き―――さらに引き出しの中を物色する。


―――奴らは『サンプルの状態』が良ければ、何か目的を持って『何か』をするはずだ。


 イアソンはセラドンの発言の違和感を探るように、何段もある引き出しを物色し続け―――


「これか―――」


 とある資料を見つけて、イアソンは目を見開いた。


「これが本当なら………………!!」


 イアソンは、すぐさま資料をバックパックの中に詰め込み―――誰か入ったのかばれないように、丁寧に机のものを引き出しに戻した。


 そして、自身に再び『隠密』の魔法をかけて部屋を出る。


―――『人魔統合機構フォーラム』………『ウーズ』を使った計画………


 イアソンの見た資料に載っていた情報から、自分たちはかなり前から存在を知られていたことを知り、歯噛みしながら、彼は息を殺してシュケリの元を目指す。



 ※ ※ ※



―――わたしは、


 無機質に、冷たく、目が痛いほど光を反射する真っ白な部屋の中心。


 その中心にあるイスに、私は座らされていた。


―――ワタシは、


 施設に連れてこられて、色々検査をされた。


 簡単な会話から、瞳孔の動き、身体構造の有無―――果ては、()()への反応など。


―――私は、


 そして、その先でワタシは、大量の魔獣を食べさせられた。


「私は、ダレ………?」



「………」


 シュケリの居る部屋の前。


 分厚い扉に、パスワードを要求される扉に行く手を阻まれ、イアソンは足を止めていた。


「………」


 男は慌てない。


 冷静に、研究員らしき男が部屋に入るのを見ると、すぐに後ろを追走。


 隠密の魔法を使っているため、足音だけ立てないように注意する。


「………」


 そして、部屋の中で、扉が閉まるのを見届けて―――


「………!!」


「なっ………!?」


 後ろから研究員に組み付き、視界を塞ぐ。


「お、お前ッ!!」


「『寝てろ(スリープ)』」


 そして、すぐに睡眠の魔法を発動する。


 同時に、魔法をかけられた研究員は深い深い眠りにつく。


「さて………」


 イアソンはすぐに部屋を見回し―――まるでショーウィンドウのように、別室に隔離されているシュケリを発見する。


「シュケリ!!」


 すぐにガラスに近づき、シュケリに呼びかけるイアソンだったが―――


「………」


 呼びかけに反応もなく、シュケリはただ一点を見つめて茫然としていた。


―――クソッ………何かされたのかッ………!!


 呼びかけは無駄だと判断したイアソンは、すぐに窓ガラスを割ろうと、思いっきり拳を叩きつける。


「固い………ッ!!」


 ガラス一枚すらまともに割れない自分を呪うイアソン。―――しかし、すぐにこのガラスが普通のガラスではないという結論にたどり着き、冷静に距離を取る。


「なるべく、一点に圧力をかければ―――」


 引き抜くは腰の『銃』。


 直線状にシュケリが入らないように位置を調整し―――構える。


―――大きい音が鳴るけど………仕方ないッ!!


 近くに見える扉は、これまたロックの掛かった扉。―――開けることは不可能とすぐに思考を切り替えて引き金に指をかける。


「っ!!」


 刹那―――発砲。


 一度で割れはしないものの、ガラスにわずかにヒビが入る。


「もう一度………」


 幾度かの発砲が重なる。


 そうして、ガタガタになったガラスを、イアソンは今度こそ拳で粉々にする。


「シュケリ!!」


 駆け寄るイアソン。


 しかし、それでもシュケリはイアソンに反応を示すことはない。


「クソ………一体何を………!!」


 とりあえず拘束を解き、イアソンはシュケリを腕の中に抱える。


「シュケリ! シュケリ!! しっかりしろッ!!」


 とにかく大きい声でシュケリの名を呼ぶイアソン。――――――瞬間、少しだけシュケリの首が動き、


「い、あ………そ………ん、さ、ま………?」


 今にも掻き消えてしまいそうな声で、シュケリは確かにイアソンの名を呼ぶ。


 対して、イアソンもシュケリの言葉に大きく頷く。


「あぁ………僕だ!! イアソンだ!! 大丈夫か!!?」


「いあ、そん………さま………、あ、あぁ………イアソン様………」


 そして、焦点の合ってきた瞳で、確かにイアソンを認識すると………シュケリは、すべてが心の中に浮かび上がってきたようにイアソンの名を連呼した。


「大丈夫か!?」


「はい………シュケリは大丈夫でございます………」


 シュケリの口からハッキリと言葉が紡がれると、イアソンは安心したように肩を落とす。


 が―――刹那、けたたましい警報が施設中に響き渡った。


「イアソン様―――」


「そうだな………時間がない―――脱出だ」



 ※ ※ ※



「追えッ!! 逃がすなよ!!」


 『賢者の柱』二十七階。


 通路を駆け、追っ手から逃げるイアソンは、魔法で強化した腕力でシュケリを担ぎながら、振り返り―――躊躇することなく発砲。


「ぐぁッ!!」


「がッ!!」


 先頭二人の守衛を倒し、地面に転がすことで残りの追っ手の足を止める。


「………ッ! 『氷壁(ウォール)』ッ!!」


 そして、すぐに銃をしまうと、魔導書を展開。―――氷の壁を作ることで追っ手の行く手を塞ぐ。


「居たぞ!!」


 しかし、すぐに真横の別の通路より敵が押し寄せるのを確認し、イアソンは後方の階段へ飛び出す。


「『氷壁(ウォール)』!!」


 同時に、階段と通路を氷の壁で分断。―――敵の様子など伺うことなく階段を下り出す。


「イアソン様!! わ、私を連れては逃げるのに不便です!!」


「まるで『置いていけ』って言ってるみたいだね」


「その通りでございます!!」


「それじゃあ、ここに乗り込んだ意味ないでしょ!!」


 五段ほど階段を残し跳躍するイアソンは、勢いよく着地し走り出す。


「クソ………無駄に高いよなこの建物………」


「イアソン様――――!!」


 刹那―――後方より膨大な殺気が………否、



 『死の確信』がイアソンを襲った。



「よけてェ!!」


 それは、きっと旅をしていた頃の『勘』とも呼べるものだった。


 旅先で出会う―――イアソンを簡単に殺す者達。そんな存在の一撃から身を守るために身に着けた『勘』だった。


「ッ!!」


 幸い、強化魔法を使っていたおかげでいつもより俊敏に回避をすることができた。


 しかし―――


「ぐッ………!!」


「きゃっ………!」


 地面を砕いた一撃は、余波をもって二人を吹き飛ばし、見事に階下の踊り場に転げ落ちる。


「クソ………何が………」


 頭を振り、周囲を確認するイアソンは―――先ほどまで自分たちが居た場所に誰かが居るのを認識した。


「いやぁ、タダの研究者だと思って舐めてましたよ。―――イアソン博士?」


 真っ黒な格好に、だらしない服装の大男。―――その手には身の丈を超えるほどの長剣が握られている。


―――コイツ………!!


 イアソンは、その男の佇まいを見て―――確信した。


「強い………」


 まるで、自分の何十倍も強い魔獣を前にしたかのような威圧感がイアソンに降り注いでいた。


「そういえば、あの化け物エルフのお弟子さんでしたね」


 ヘラヘラする男とは正反対に、イアソンは必死に思考を回す。


―――不味い………こんなヤツ相手に背中を見せて逃げたら………殺される。


 気絶するシュケリを抱えて逃げる。―――抱えている間に殺される。


 不意をつく魔法を使う。―――魔導書を開く間に殺される。


 銃で真正面から戦う。―――避けられて殺される。


―――クソ………


 脳内の選択肢がドンドン消されていき、焦りばかりが募る。


「―――アルドワーズの奴が残念がってたけど………ここまで反抗されたらもう………殺すしかないからなぁ」


 剣を肩に担ぎ、めんどくさそうに宙を見つめて男は一人呟く。


「じゃあ、悪いけど―――死んでくれ」


 瞬間、男は掻き消える。


「ッ!!」


 もちろん、イアソンに目で追うことはできない。―――よって、彼は、


 ()()()()()()()


「はッ………所詮学者様だねぇ!!」


 男はイアソンをあくまで見下して、接近した。


 魔法の発動前に、イアソンを殺すために。


―――()()()()!!


 イアソンはほくそ笑み………魔法の発動を()()


「僕は学者だが………」


 魔導書を捨て、銃を引き抜き照準を男に向けて―――


「ハーディ・ペルションの弟子だッ!!」


 必殺の一撃を、一歩下がることで、真っ二つになることを回避する。


 そして………剣がイアソンを裂き―――イアソンの弾丸が男の()()を貫いた。


―――心臓を外した………ッ!!


 それは、生じた衝撃や痛みが引き起こしたミスか。―――確殺の一撃は、男の命まで届くことはなかった。


「チッ………さすがだなッ!!?」


 『だが』と言葉を続け、男は刃を返す。


「まだだッ!!」


 イアソンの瞳は、まだ勝負を諦めていなかった。


―――自分が失敗することなんて………腐るほどあった。


 男は、度重なる失敗に、積み上げられる悲劇に―――臆病になっていた。


 故に。


「『破光(フラッシュ)』ッ!!」


 保険をかけておいた。


 『目くらまし』という名の保険を。


 閃光は瞬く間に、両者の視界を白く染め上げ―――視覚に痛みをもたらす。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 今度こそ男は目を両手で押さえ………剣を取り落とす。


「はッ………所詮脳筋だね………」


 イアソンは視界がぼやける中、シュケリを抱え、その場を後にした。

閲覧いただきありがとうございます。

この話で過去編終わりにしようと思ったら終わりませんでした。

次で終わらせます。

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― 新着の感想 ―
イアソンというのも凄い人ですね。この場面を読んでいて、行動力と胆力に驚嘆させられました。シュケリに対する真摯な気持ちも同様ですが。敵の腕力に必死で対抗する様は悲痛でした。どのような顛末を迎えたのか。目…
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