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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編
124/270

過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に 秒読

 シュケリとイアソンが出会ってから、数年が経った。


「ん………今回も問題ないですね」


 皮肉にも、『メフェリト』に来てから一番平穏に過ごせていた時間だった。


「ありがとうございますシェイ様」


 本日は定期健診の日で、シュケリは一人で診療所を訪れていた。


「いいよ。―――シュケリさんの具合は一人の人間としても、私個人としても大切だからね」


 この頃になると、イアソンから一人で行動することを許されたシュケリは、一人で定期健診に訪れることが多かった。


「………」


「………どうしたのシュケリさん?」


 シュケリは、笑顔でシュケリと言葉を交わすシェイをジッとみて、


「いえ―――人間ではない………『ウーズ』である私を、イアソン様とシェイ様は受け入れてくれる。私は恵まれているな………と、不意に考えてしまって………」


 言葉は幸福を謳っている。


 しかし、その言葉とは裏腹に、その表情はほんの少しだけ影が差している。


「………」


 シェイには、その表情の意味が明確にはわからなかった。―――わかるのは、その言葉は本心であること。暗い表情は、その本心故のものだと。


 それだけはシェイにも察することができた。


「シュケリさん、どこで誰が聞いているか分からない。―――今日はもう帰ってしっかり休みなさい」


「………はい、ありがとうございました」


 シュケリは、いつもの感情の少ない表情に戻ると、深々と頭を下げて診療所を後にした。



 世界は残酷だった。


 ある男から最愛の妻と娘を奪った。


 ―――そのせいで男は狂い………男は自身の手で敬愛する師匠を追い出した。


 そして、今度は………やっと手に入れた平穏すら蝕もうとしている。


 世界は―――ひたすら男に『悲劇』を強いた。



 ※ ※ ※



 その日は朝から曇天が都市を覆っていた。


 丁度、その天気はハーディが横領の疑いで事情聴取を受けたあの日の空と同じだ。


「おはようございますイアソン様。―――今日は遅いのですね?」


「おはよう。………普通に寝坊したね」


「………昨日、遅くまで起きてたからでは?」


「全くもってその通りでございますお嬢さん」


 白衣とカバンを手に持ち、部屋から慌ただしい様子で出てくるイアソンは、あっさり自分が寝坊したこと自白する。


 そんなイアソンに、微笑みながら、シュケリはテーブルにパンの乗っかった皿を出す。


「こんなこともあろうかと、軽めの朝食にしておきました。―――座ってでも、走りながらでも食せます!」


「さっすが気が利くお嬢さんだこと―――行ってきます」


「いってらっしゃいませ」


 イアソンは、パンを咥えて家を出ようとして―――



 突如として、破壊された家の扉がイアソンに向かって飛んできた。



「ッッッ!?」


「イアソン様ッ!?」


 そのまま扉の下敷きになったイアソンは、扉共々、二・三メートル後方へ飛ばされた。


「イアソン・スライ!」


 すると、今度は騎士達が次々と家の中に侵入してくる。


「な、なんですかあなた方は!?」


 扉を自力でどかすイアソンは、すぐに侵入してきた騎士達に抵抗しようとするが―――


「全員動くなッ!!」


 抜剣してきた騎士達に刃を向けられて、イアソンも、シュケリもその場から動けなくなる。


「イアソン・スライ―――お前に、魔獣隠匿の嫌疑がかけられている」


「「!!?」」


 騎士のまさかの言葉に、イアソンもシュケリも言葉を失くす。


「ッ………いったい、どこにそんな証拠があるのですか………」


 しかし、ここで沈黙をしてしまえば、肯定と受け取られかねないと悟ったイアソンは、無理やりにでも言葉を紡いだ。


 そして、イアソンのそんな言葉に答えたのは―――意外な人物だった。


「証言があるのだよ………イアソン君」


 騎士たちの間から現れるのは、『メフェリト』統治貴族―――アルドワーズ・ネーロ。


「アルド、ワーズ………様………!?」


 イアソンとハーディを『メフェリト』へと勧誘した張本人だ。


「君と………そこの『シュケリ』とかいう少女がとある診療所に通っていることは知っている。―――今回はそこの()()()からのタレコミさ」


「!?」


 シュケリには、心当たりがあった。


 それはつい先日のこと。―――シェイとイアソンが『ウーズ』である自分を受け入れてくれることに感謝を述べたことがあった。


 きっと、今回はそこから情報が漏れたのだ。


「………そんな」


 今まで、シェイは診察中に『ウーズ』の話題を出さないようにイアソンとシュケリに厳重注意をしていた。


 それを今まで守り続けてきたこそ、この数年間を平穏に過ごすことができたのだ。それなのに―――


「いや、それはおそらく聞き間違いだ。―――そうに決まっている!!」


 イアソンはそれでも、声を上げた。


 証言は、証拠になりえない。………突き付けられる刃に屈することなく主張をしたが―――


「では、真偽のほども含めて、これからじっくり話しましょう」


 イアソンとシュケリは知らなかった。


 この件の裏に、『フォーラム』が関わっていることを。


 『ウーズ』の話題が、よりにもよって、『フォーラム』に所属する看護師に聞かれていたことを。


 そして、診療所に押し掛けた『フォーラム』が、すでにシュケリの診療記録(カルテ)を入手していたことを。


「あぁ………ただし―――」


 アルドワーズは、イアソンに向けていた背中を翻すと、指を立てて彼に告げた。


「『魔獣が人語を操る』なんて、とても貴重なサンプルです」


 横目でシュケリへと視線を向けたアルドワーズは、やがて再びイアソンへ目を向けた。


「―――大人しく彼女を引き渡すならば………『メフェリト』随一の頭脳を持つ貴方の罪は、()()としましょう」


「は………?」


 それは、正真正銘アルドワーズの気遣いでもあった。


 『魔道具』を、『魔工具』へと進化させ、『メフェリト』の発展の一助となった男への評価だった。


 だが―――


「そんなの―――」


 すぐにイアソンは否定の言葉を吐き捨てようとした。


「イアソン様」


 ―――吐き捨てようとしたイアソンの言葉をシュケリが遮る。


「シュケリ………?」


 自分の声を遮断されたイアソンは、不思議そうな顔でシュケリを見つめる。


 対して、シュケリも、イアソンの疑問にこたえるべく、彼の近くにゆっくりと近づいた。


 当然、騎士はそれを止めようとするが―――アルドワーズに静止の合図を出され、寸でのところで止まる。


「イアソン様は、これからたくさんの人の生活を支える品々を作るお方。―――ウーズ如き(わたし)の進退で、それを邪魔するわけには行きません」


「何を………言っている………?」


 シュケリは、イアソンの前で立ち止まり―――笑顔を見せた。


「私は元々『存在しなかったもの』―――気にする必要はありません」


「シュケリ………君は………まさか………」


 シュケリのやろうとしていることに気が付いたイアソンは首を振る。


「今までありがとうございました―――父のようにお慕いしておりました」


「やめろ………やめるんだシュケリ!!」


 イアソンは慌てて彼女の腕を掴もうとするが―――


「動くなッ!!」


 近くにいた騎士に取り押さえられて、床へ転がされる。


「アルドワーズ様………私はあなた方について行きます。―――なので、イアソン様にこれ以上………酷いことをしないでください」


「………あぁ、約束しよう」


 アルドワーズの元へ向かったシュケリは、あっという間に騎士に囲まれて―――家から出て行った。


「シュケリッ!! 待つんだシュケリッ!!」


 必死に叫ぶイアソンは、けれど、何人もの騎士に取り押さえられて動くことすらままならない。


「フン………いい気味だなイアソン・スライ」


 そんなイアソンを見下ろす人物が一人。


「セラドン………!!」


 それは『賢者の柱』の主任研究員の一人、セラドン・グラスだった。


「昔からお前は気に入らなかったんだ………今、この光景が嬉しくてたまらない」


「シュケリを………どうする気だッ!!」


 地面で押さえつけられるイアソンの前でかがんだセラドンは、愉快そうに笑みを作ると、わざとらしく肩をすくめる。


「さぁね。それは()()()()()()の状態にもよるなぁ。状態が悪ければ、体中いじって―――殺すかもなぁ」


「お前………!!」


 イアソンが動けないのをいいことに、彼を煽るセラドンは、やがて立ち上がってイアソンに背を向けた。


「お前たち。―――もう少ししたらその男を解放しろ。………癪だがアルドワーズ様のご意向だ」


「「「ハッ!!!」」」


 騎士達に手早く命令するセラドンは、そのままイアソンの家を後にした。

閲覧いただきありがとうございます。

今週末は、仕事が立て込んでいるので、更新できないかもです

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