過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に 邂逅
「今まで、ありがとうございました」
『四肢の喪失者の手足になる魔工具』―――魔工義手の研究を始めて数年。
初めての試作品を開発したこの日、ナーガマ―とイアソンの共同研究は終わりを迎えた。
「………本当にいいのか?」
「………ええ」
理由は、イアソンが他の研究に手を回すため。
「イアソン博士が作ってくれた下地と、多くの魔法知識があれば、私も一人で出来ます。―――それなら、あなたは………他の研究をしたほうがいい」
ナーガマ―は確信していたのだ。
イアソンが人々の暮らしに役立つような魔工具をドンドン開発できることを。
「しかし、ウラルーギも本格に商売を始めてしまって………一人じゃ大変なんじゃ」
「大丈夫ですよ。―――それに、ウラルーギは定期的に資金や材料を届けに来てくれます。………一人じゃない」
この頃になると、ウラルーギの商売の才能が開花し、研究資金を調達しに周辺の町に行商しに、このボロ小屋を留守にすることが多くなっていた。
「………そうか、わかった。―――なにかあれば遠慮せず連絡をくれ」
「ありがとうございます。―――この数年間、貴方に師事しているようで………とても楽しかったです」
※ ※ ※
「おはようシューリ」
「………」
ナーガマ―との共同研究が終了した翌日。
イアソンは仕事を休んで、朝からシューリの病室を訪れていた。
「さ、今日は一週間に一度の『散歩』の日だ」
イアソンはそういうと、シューリのベッドの傍に設置してあった、正方形の箱が二つ縦に繋がったような装置に手をかける。
「よっ………」
下の箱を手前にイアソンが引っ張ると、小気味いい音と共に箱の形状が変化し浮遊する椅子のような形状をとる。
「シューリ………少し動くよ」
イアソンはそういうと、シューリの下に敷いてあったマットに手を触れる。
―――すると、マットに刻まれていた術式が発動し、シューリごと浮遊を開始する。
「………」
慎重にシューリを浮遊椅子まで移動させると、イアソンは魔工具の術式を止める。
「さて、行こうか」
手軽に植物状態のシューリを移動させたこの魔工具は、『移動椅子』。
『魔法都市襲撃戦争』での動けない患者達の避難問題を解決すべくイアソンが魔工義手の開発と同時に作り上げた医療用の浮遊椅子だ。
「………また行くんですかイアソンさん」
その椅子で部屋を出ようとしたところ、シューリの担当医―――シェイ・ハージルにイアソンは声をかけられる。
「だって、刺激を与え続ければ、可能性は低くとも意識をハッキリさせることもできると―――そういったのは貴方じゃないですか」
「それはそうですが………誰も街の外まで行け―――なんて言ってませんよ」
一般人であるなら、植物状態の人間と散歩をするとなれば、街の中を歩く。
しかし、イアソンは『シューリに刺激を多く与えたい』という理由だけで、街の中を歩いた後―――街の外まで散歩に行くのだ。
「大丈夫ですよ。―――こう見えて、若い頃は色んな旅をしてきたんですから」
エイグリッヒやハーディほどではないにしろ、イアソンはそこらへんの魔法使いと同じ程度には魔法が使える(能力がないため、長い間は戦えない)。
その中途半端な力が、逆に『外に行く』という心理的ハードルを下げてしまっていた。
「………わかりました。―――くれぐれもお気をつけて」
シューリの状態は、『植物状態であること』以外は、健康体そのものだった。
よって、シェイからも一応長期の外出許可も出ている。
「ほら、シューリ。『メフェリト』があんなに遠いぞ」
『メフェリト』と『ランスリーニ』を繋ぐ街道。右手に『西の山脈』と、小さな森を眺めながら、二人はゆったりと歩く。
「………」
しかし、イアソンは景色など見ることもせず、視線だけで周囲を見渡している。
魔獣の襲撃を警戒――――――しているわけではない。
「あれ………イアソンさん!!」
イアソンを呼ぶ声に視線を向けると、『ランスリーニ』方面から大型の馬車が何台もやってきているのが見えた。
声の主は、馬車と共に歩く人の群れから抜け出し、一目散にイアソンに駆け寄ってくる。
「君は―――ネイ………だったか」
声の主の女性は、以前に少しだけ『ダント』をシューリに教えていたネイだった。
「うわぁ、シューリちゃん久しぶり!」
馬車の正体は大道芸の一座だったのだ。
「………数年ぶりだな」
「ですねぇ。『魔法都市襲撃戦争』以来………ですかね?」
すっかり傷の癒えたシューリの頭をグリグリ撫でるネイは、感慨深そうに言葉を紡ぐ。
「ホント、あの時無理やりシューリちゃんのお見舞い来てよかったですよ~。危うく次の再会が今日になるところでした」
「………また是非、見舞いに来てくれ。絶対シューリも喜ぶ」
「もちろんですよ!」
ネイは『じゃあこのあと公演があるので』と、シューリを抱きしめた後、『メフェリト』に向けて歩き出す。
「ネイ君」
「はぁい?」
過ぎ去るネイの背中に声をかけたイアソンは―――
「―――ここに来るまでにエルフを見なかったか?」
真剣な眼差しでネイに質問を投げた。
「『ランスリーニ』から『メフェリト』までの道で………ですか?」
ネイの不思議そうな顔に、イアソンは神妙に頷く。
「う~ん………」
ネイは思い出すように顎に手を置いて、
「見てないですね。エルフなんて、みたら忘れないでしょうし」
「………そうか」
ネイの言葉に、イアソンは人知れず肩を落とし………ネイと別れる。
※ ※ ※
「こんなところに―――泉なんてあったんだな」
『メフェリト』近郊の小さな森。
その中に入ったイアソンは、見慣れない綺麗な泉を発見していた。
―――ちなみに、『森』は通常、魔獣が多く生息する環境下のため、一般人は入らない方がいい。
しかし、ここは街の近くということもあり、騎士団が『ウーズ』を警戒して魔獣の掃討を定期的に行っている。
そのため、イアソン一人でも、シューリを守りながら探索をできる程度には安全だった。
「シューリ………きれいだな」
草の生える水辺に、木々に覆われる泉は、頭上から注ぐ陽の光を反射している。水の透明度が非常に高く、底にたまる砂利が透けて見えていた。
「………」
そんな泉を一人、イアソンは見つめる。
―――師匠………
想いを馳せるのは、自分の手で街から追い出してしまった師匠―――たった一人の『母』。
―――………今なら『移動椅子』もある。師匠を探す旅にも出れる。
イアソンは謝りたかった。
必死にイアソンを支え、道を間違えようとしたら諭してくれて、自分が道を間違えたまま進もうとすれば、共に歩もうとしてくれた―――たった一人の母に。
―――いや、シューリの負担が大きすぎる………それに、入院費や移動椅子の開発で私財を使い込んだ………旅に出る準備も、旅費もない。
移動椅子の取っ手をギュっと握り、イアソンは冷静になる。
―――………そもそも、師匠を裏切った僕には、この罪悪感を抱えて生きる方が『罰』になるのかもな。
自嘲的な思考で口元を歪めるイアソン。
おそらく、色々なことを考える余裕が生活に出てしまった。
故に、イアソンは魔獣の出るこの場所で、思考に意識を飛ばしてしまった。
故に、始まるのは悲劇にも皮肉にも映る『無窮の奇跡』。
不意に、イアソンの服を誰かが握った。
「………?」
今、この場所には、イアソンの服を握る人物は居ない。
―――たった一人を除いて。
「シュー………リ………? シューリ―――!!?」
イアソンが、シューリに視線を落とせば、今、まさに、『植物状態』のシューリがイアソンの服を握っていた。
「シューリ、お前―――!!?」
すぐに屈んでシューリの顔を覗こうとしたイアソンだったが―――
「ァ――――――」
か細い力のシューリがイアソンを押した。
「っ………!?」
屈んで不安定な態勢だったイアソンはそれだけで尻もちをつき―――その場から強制的に移動させられる。
刹那――――
シューリの頭上から、透明なウーズが落下してきた。
「――――――」
無論、動くこともできないシューリは、無抵抗のままウーズに捕食され始める。
「シューリ………?」
状況を理解できなかったイアソンは――――――けれど、その表情を絶望に染めて、
「シューリィィィィィィィィィィイィィィィィイィィィィィィイィィィィィィィイィィ!!!!!」
娘の名を必死に呼んだ。
その時だった。
「――――――――――」
シューリを捕食していたウーズが突如として光始めた。
「シューリッ!! シューリィィィィィ!!!」
しかし、そんな現象にもお構いなく、イアソンは娘を取り返そうと立ち上がり―――
「ッ―――!!?」
次の瞬間、とんでもない魔力の氾濫が、風圧となりイアソンを吹き飛ばした。
イアソンは、そのまま頭部を地面に―――地面に埋まっていた岩に強打してしまい、意識を飛ばした。
「シュー………リ………」
娘に手を伸ばしながら―――
※ ※ ※
これはいくつもの偶然が重なりあった『奇跡』だった。
一つ目の偶然は、イアソンがシューリに『追跡魔法』を使うための『付与』をしていたこと。
二つ目の偶然は、シューリを襲ったウーズが、一度も捕食をしたことのない生まれたての『クリア・ ウーズ』であったこと。
三つ目の偶然は、イアソンの娘を想う感情が非常に強かったこと。
そして、この『奇跡』は、前代未聞の事態を引き起こす。
「ん………」
後頭部の痛みを振り払うように、頭をふりながらイアソンは身体を起こす。
「………」
周囲は、気を失う前の綺麗な泉。
「………」
イアソンは前後の記憶がハッキリとせず、懸命に記憶の糸を辿り―――
「シューリッ!!」
すぐに立ち上がり周囲を見渡した。
そして―――
「シューリ………なのか………?」
桜色の髪の少女が、イアソンに背を向けて立ち尽くしていた。
「………?」
少女は―――シューリに非常によく似た少女は、ゆっくりとイアソンに振り返り―――
「お………父さん………?」
「!!?」
シューリとそっくりな声でイアソンの名を呼んだ。
かくして、悲劇と無窮は『邂逅』を果たした。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、無窮とは、無限という言葉と同じような意味合いです。




