過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に 転換
診療所。
現在、シューリの入院しているこの診療所は、患者を一つの部屋に集めて、関係者全員が固まっていた。
「みなさん、大丈夫です!! この建物は今大勢の騎士達に守ってもらっています!!」
シューリの担当医の男が、患者を安心させるように声を上げている。
「………」
そんな中で、イアソンは死んだ目で眠り続けるシューリの手を握り続けた。
その焼く三十分後、建物のガラスを割るほどの爆裂音が響き―――外を蠢いていたウーズの分身が消え去った。
患者の容態を確認するため、無理やり家に帰されたイアソンは、診療所の外に転がる無数の騎士の死体を横目に帰路についた。
※ ※ ※
一週間後。
「………」
イアソンは、必要最低限の身支度だけ済ませて、寝室からノロノロと出た。
「おはようイアソン。朝食作ったけど、食べる?」
キッチンでは、いつもより口調の優しいハーディが、朝食を作って待っていた。
「………」
が、イアソンは、ハーディの言葉に一切反応を返さず、そのままゆっくりと家を出た。
「………まぁ、ヒューナに続いてシューリもあんなんになったら―――」
イアソンの背中を寂しそうに見つめるハーディは、深くため息をついた。
「………いや、落ち込むのはナシにしよう」
しかし、今しがた家を出て行ったイアソンの様子を思い出し―――強く前を向いた。
「とりあえず、日持ちのいいものでも作っとくか」
すっかりレパートリーの増えた自分の料理を皮肉に感じながら、ハーディは再び料理を始めた。
「………おはようシューリ」
娘の病室を訪れたイアソンは穏やかな口調でシューリへ声をかけた。
「診療所の建物はおよそ修繕が終わったみたいだね」
目を開けている娘に―――それでも何も反応を返さないシューリに、イアソンは喋り続ける。
「やはり『魔法都市』の異名は伊達じゃない。街の半分はすでに復興しているそうだ」
―――植物状態だった。
「色々落ち着いたみたいだからね………シューリの入りたがっていた一座の様子を見に行ったんだ」
目を覚ましたのは、戦争終結から二日後。
『息をする』『排泄をする』など、生きる上で欠かせないことは勝手にできる。しかし、『会話』『運動』など、およそ人間らしいことは一切できなくなっていた。
「みんな無事だった。戦争が始まったときに、すぐに仮設の町の方へ避難したそうだ」
再び絶望を叩きつけられたイアソンだったが、今は、医者の助言により、ひたすら外部からの刺激―――特に会話を通してシューリに情報を伝えていた。
「………シューリのことを伝えたらな、『今度お見舞いに行く』って」
不意に、イアソンの脳裏に、『ダント』の衣装を身に着けていたシューリの姿がよぎる。
「なんで―――なんで君たちなんだろうなぁ………」
娘の手を力いっぱい握り―――男は大粒の涙を流す。
「ヒューナも………シューリも………幸せに暮らす権利があったはずだ………なのに………なのになんで………」
頭の中に浮かぶのは、帝都に居た頃の記憶。
街の片隅で、密かに―――けれど確かに幸せな時間を過ごした日々。
妻の顔が―――娘の顔が―――泡沫のように浮かんでは消える。
あるいは、幸せの記憶が、滴る雫となって静かに流れ出ているのか。
―――なぜ
次第に、昔日の幸福な夢を描いていた心は、冷徹な思考に塗り替わっていく。
―――なぜ失わなければならない
否、塗り潰されていく。
―――ヒューナは病に殺された。
思考の方向性が、歪む。
―――僕に知識がなかった。
歪む、歪む、歪む。
―――シューリは魔族に傷つけられた。
イアソンの人生に、転換期など腐るほどあった。
―――僕に力がなかった。
しかし、決定的な転換期はココだったのだろう。
―――そうだ、まずは力をつけよう。
イアソンが―――『悲劇の男』が一人になってしまった………転換期は。
―――僕の『知識』をもって………『力』を生み出す………!!
閲覧いただきありがとうございます。
寒くて死んじゃいそう。
 




