過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に ジュウサン
「一命は取り留めました」
診療所の一室。
回復魔法を使える医者たちが絶えず魔法を行使し、シューリは命を繋いだ。
「本来………死んでいてもおかしくない負傷でしたが―――先ほどおっしゃっていた、最初に回復魔法をかけた方が優秀だったのでしょう」
「………」
無言で胸を撫でおろすイアソンだったが。
「しかし―――」
続く医者の言葉で男は言葉を失った。
「脳に多大なダメージが残りました。おそらく―――
深刻な後遺症が残ると思われます」
「………ぇ?」
漏れ出る言葉にもならない声は、あまりにも情けなかった。
「今、娘さんの意識はありませんが―――このまま意識が戻らないことも………仮に意識を取り戻したとしても、寝たきりの可能性があります」
医者曰く、
魔法はイメージの産物。よって、想像のしづらい脳内のダメージまでは癒しきれない。―――仮に癒すことが出来ても、人間の脳の構造を完璧に把握している医者などいない。
よって、脳機能が完全に治りきらないことは症例として非常に多いらしい。
「先生………この間、妻を亡くしたばかりなんです………」
「えぇ………知ってますよ―――担当医は私なんですから………」
イアソンは知っている。
いくら、目の前の医者に縋ったところで、今しがた伝えられた事実は覆ることはない。
「じゃあ………じゃあお願いです………娘を………娘を………妻の残した―――たった一人の娘なんです………!!」
それでも、ひび割れた心はもう、立ち上がることもままならない。
何かに縋りつくことでしか―――自らの心を保つことができない。
「イアソンさん………」
医者は、足元に縋りつく男を振り払うことができない。
「イアソンさん………一度、休みましょう。今日はベッドを貸し出します。―――私も、最善を尽くしますから」
医者はイアソンの肩に優しく手を置き、近くにいた看護師に、目くばせでイアソンをベッドに運ぶように指示をだす。
その夜、魔族が襲撃してきた事件で街中が大騒ぎになる中、イアソンはまるで現実から逃げるように意識を闇に沈めた。
※ ※ ※
後に『魔法都市襲撃戦争』と呼ばれた戦いは、当初、魔族の圧倒的な戦力に敗北濃厚とされていた。
住民たちは、魔族が陣地を築く南とは反対の北門から街を脱出し、『メフェリト』から五キロほど離れた場所に仮設の町をつくり、避難していた。
しかし、魔族も、『メフェリト』の住人の予想を裏切り、戦争は長引く。
要因は二つ。
一つは、エイグリッヒの開発した『転移魔法』のおかげで、次々と帝国側の戦力が『メフェリト』に集結したこと。
一つは、『転移魔法』を駆使したエイグリッヒによる敵陣地への直接攻撃が、決定打にならないものの、地道に魔族側の戦力を削っていたから。
「西門と東門の様子は?」
「はい、特に敵影なし。―――交代で見張っておりますが、各方面にある森林に潜んでいる様子もありません」
「よろしい。―――定期的に森の中に侵入し、敵兵が潜伏しているかどうか確認しろ」
「はい!」
エイグリッヒは報告にきた騎士を下がらせ、また新たに入ってきた騎士の話に耳を傾ける。
「街に残っている住民についてです! ―――診療所などの動かすことのできない住民を覗けば、ほとんどの住民が仮設の町へ一時避難しました!」
「わかった。―――移動の難しい住民の居る場所をリスト化しておけ。今度、帝宮の方に増員の要請をしておく。―――新たに来た者には仮設の町の警備に当たらせろ」
「はい!」
エイグリッヒは現在、この陣営の指揮官をしている。
敵の本隊の規模からみても、本来の指揮官は、より戦場を理解している近衛騎士団長の仕事なのだが、現在は帝王から直接任務を仰せつかっているらしく、仕方なくエイグリッヒが指揮を執っている。
「………『転移』の陣を設置がてら、イアソンの顔を見に来ただけなんだがなぁ」
そう、ヒューナの死を手紙で知ったエイグリッヒは、『新しく開発した転移魔法の『陣』を主要都市に設置してくる』というもっともらしい口実を作り、『メフェリト』まで来ただけなのだ。
―――ヒューナ………シューリ………
シューリの状態を、エイグリッヒは、イアソンの様子を見に行ったハーディから聞いていた。
「………」
親友の家族の悲しい末路に、エイグリッヒは目を伏せる。
「エイグリッヒっ!!」
そんな時、ハーディが慌てた様子でエイグリッヒの居る部屋に入ってきた。
「師匠………? どうしたんですかそんなに慌てて………」
「主戦場になってた平原に―――とんでもないのが出たッ!!」
「あれは―――」
街の南門。―――外壁の上まで登ったエイグリッヒは、自分の目を疑った。
「あれは―――なんですか………師匠………」
そこには、街の外壁を優に超える液体がいた。
近くの森林を丸ごと飲み込み、スライムのように溶けている液体。―――その中身は半透明で、液体の中がわずかに流動しているのが見て取れる。
「あの見た目は………『ウーズ』よ………どう見たって」
「バカな………『ウーズ』といえば、不意打ちでしか獲物を得られない低級魔獣のハズ………」
「アレを見なさい………」
放心するエイグリッヒの隣で、ハーディははるか下―――ウーズの足元を指さした。
「アレは―――」
そこには、人間、魔族………様々な種族の死体が転がっていた。―――そして、今まさに、その死体を巨大なウーズが飲み込んだ。
「なるほど………そこら中にある死体を食って―――あそこまで巨大化したのか」
「それだけじゃない。―――アイツ、取り込んだ物、生き物、全部をコピーして………分裂する」
その時だった。
巨大なウーズが少しだけ膨張し―――次の瞬間、破裂と共に、ウーズと同じ色をした魔獣が現れた。
「『ハーピィ』………?」
ウーズの中より生まれたのは、有翼の魔獣『ハーピィ』―――その形だけを模倣した、ウーズと同じ体色をもつ『何か』。
それが、数えきれないほど生み出されて―――そのすべてがエイグリッヒとハーディの居る『メフェリト』に襲来した。
「不味い………!!」
「みな、伏せてろッ!! 俺と、師匠が何とかする!!」
ハーピィもどきとの距離、およそ五〇〇メートル。
エイグリッヒも、ハーディも空間魔法によってしまっていた杖を引っ張り出し、杖に刻まれたルーン文字をなぞる。
「切り刻む無数の鎌鼬」
「空を焦がす豪火球」
エイグリッヒが発動するのは、風の上位魔法。
一太刀でハーピィを両断する風の刃が上下より無数に顕現。まるでかみ砕くように対象をバラバラにする。
ハーディが発動するのは、炎の上位魔法。
火球の完全上位魔法。太陽の如き輝きを放つ火球を操り、ハーピィの大群の真ん中で巨大な爆発を巻き起こす。
魔力というのは、扱う量によって、制御の難易度が違う。
そして、上位の魔法になればなるほど、消費する魔力―――制御しなければならない魔力の量は増える。
よって、熟練の魔法使いでも、上位魔法を扱うのは難しい。
ましてや、状況的にも、精神的にも、魔力の制御に集中しずらい戦場でなど、もってのほかだ。
「エイグリッヒ………雑魚共は大したことないけど………数が尋常じゃない」
周囲の騎士の羨望をほしいままにするエイグリッヒとハーディは、しかし、事態の悪辣さを憂いていた。
「ですね、物量に………殺される」
二人が睥睨する視線の先には、大地を覆うほどの魔獣が―――ウーズより生み出された魔獣もどきが闊歩していた。
「今すぐ戦場に居た騎士達を呼び戻せ!! 全軍をもって、街に居る住民、仮設の町の守りを固めろ!!」
「し、しかし、それでは魔族に好き勝手されてしまいます!!」
「こんな状況では、魔族もまともに動けん!! ―――我らも、目先の勝利より、人命を優先して動くんだ!!」
怒鳴るように指示を飛ばすと、伏せていた騎士達は、駆け足でその場から立ち去る。
「………」
「………」
残された二人は、静かに戦場を俯瞰した。
「魔族の奴ら、判断が早い………もう撤退してる」
「俺らにこの後始末を任せる気か………」
望遠の魔法でも使っているのだろう。ハーディが、逃げていく魔族の様子をエイグリッヒに伝えた。
「街の守り………もって何分だと思います?」
「そうねぇ………あの大群だと………『十五分』。耐久出来れば頑張った方じゃない?」
「そうですよね………」
ため息をつくエイグリッヒは、けれど、杖を払い―――眼前の『ウーズ』を見据えた。
「師匠………付き合ってくれますよね?」
「まぁね………さすがにあんな化物に可愛い馬鹿弟子を単身突撃させるわけにもねぇ?」
背中を伝う冷や汗と共に、二人は外壁から飛び出した。
閲覧いただきありがとうございます。
最近、ヨミヤ君の出番がなくて申し訳ないです。




