過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に ジュウニ
「シューリィィィィィィィィィィ!!」
頭部から血を流し、地に伏す娘にイアソンは無我夢中で駆け寄った。
「シューリッ!! しっかりしろシューリッ!!」
原因は、街に攻め入った鬼頭族・アガレスが砕いた地面から飛び散った礫だった。
迫る騎士たちを排除するために振るった棍棒が、地面を砕き―――破片がシューリを襲ったのだ。
「クソッ………すぐに医者に―――」
視界がぼやける中、イアソンは必死にシューリの身体を掻き抱きあげて立ち上がる。
『おい、人間』
その時だった。
人間一人にはあまりに大きい重圧がイアソンにのしかかる。
『『賢者の柱』ってのはどの建物だ? ―――素直に答えれば見逃してやる』
言うまでもない。言葉の主はアガレスだ。
アガレスは巨大な体躯をしゃがむことで折り畳み、イアソンの顔を覗いている。
「………」
イアソンは、アガレスの言葉に間を置き―――
「邪魔だ」
頭上のアガレスを怒りの形相で睨みつけた。
「お前のせいで娘が重傷なんだッ!! 邪魔をするなァッ!!」
イアソンは、アガレスのことなど無視して走り出す。
『あ~………戦えないヤツを殺す趣味はないんだがなぁ………』
つまらなそうに棍棒を振り上げ―――アガレスは一切の容赦なく、その鉄塊を振り下ろした。
「ッ!?」
アガレスの棍棒は、イアソンのすぐ隣の地面を砕き―――
「ぐぁッ!?」
その余波で、イアソンは軽々と吹き飛ばされる。
『人間って小っちゃくて殺しにくいんだよなぁ』
イアソンを殺せなかったことをめんどくさがるアガレス。彼は、ゆっくりと立ち上がると、無言でイアソンの元まで歩み寄る。
「シュー………リ………シューリ………」
いとも簡単に殺されかけている現状に歯噛みしながら、イアソンは一緒に飛ばされた娘に手を伸ばす。
『じゃあな』
イアソンの状態など気にも留めず、アガレスは自身の脚を持ち上げ―――イアソンを踏みつぶそうとする。
その時だった。
「絶対氷結の法」
「………?」
アガレスが凍った。
突如として地面を走った氷が全身を瞬時に包み、足を振り上げた状態で、完全に凍結したのだ。
「―――久しぶりだなイアソン」
「お前―――っ!!」
イアソンの名を呼ぶのは、かつて帝都で別れた親友―――エイグリッヒ・ベイルリッテその人だった。
「ちょっと待ってろよ」
エイグリッヒは、そういうと、一人氷漬けのアガレスの前に立ち―――
「創造する岩槌」
魔法名の発声と共に、地面の石畳が溶けるように持ち上がり―――アガレスと同じ大きさの円柱が出来上がる。
「ㇵァッ!!」
そして、形を成した槌は、氷漬けのアガレスを強烈に打ち据える。
アガレスを捉える氷塊は亀裂を走らせ、瞬く間に砕けて―――
『がァッ!?』
岩槌をまともに喰らったアガレスはその巨体をゴロゴロと転がし、地面に伏した。
「さすが第一階級………芯まで氷漬けには出来なかったか………」
優雅に歩きながら、エイグリッヒはアガレスへ声をかける。
「帝宮魔導士筆頭エイグリッヒ・ベイルリッテ―――こういえば俺が何者かわかるな?」
『チッ………』
顔を上げるアガレスはエイグリッヒを見上げて舌打ちをする。
『―――魔族よりよっぽど化物が出てきやがったか』
「『外にいる部隊』ごと全滅したくなければ今すぐ本陣へ戻れ」
『あぁ。戦うのは好きだが―――さすがに異常事態で部下を失くしたくなねぇからな』
氷漬けにされて、特大の岩槌に砕かれ―――それでもアガレスは問題なく立ち上がると、大きく跳躍。街の外壁を軽々飛び越えて行った。
※ ※ ※
「イアソンッ!! 大丈夫か!?」
アガレスの撤退を見届けると、エイグリッヒはすぐにイアソンに駆け寄るが―――
「僕はいいッ!! 娘を―――シューリの治療をッ!!?」
「なッ―――シューリが居るのか!?」
「一緒に飛ばされて―――あそこにいる!!」
イアソンの指さす先へ視線をやり―――エイグリッヒは一人の少女を見つける。
が―――
「こ、これは………―――」
シューリの顔面―――右半分が消し飛んだも同然の顔面を見て、流石のエイグリッヒも息を飲む。
「………クソ!!」
しかし、目の前の女の子が、幼き日のシューリと重なり、エイグリッヒは彼女の隣に膝をつく。
「………………息はあるッ!」
微かに息があることを確認したエイグリッヒは、ある種の奇跡に感謝しながら杖を取り出す。
―――魔力を練り上げろ………ッ! 高位の魔法を、より高度に―――発現させろ………ッ!!
己の魔力を体内で練り上げる。練り上げて、より濃度の高い魔力で―――
「治癒の御手」
現代で最も治癒効果のある高位魔法。
『適正系』の能力を持っていても、世界で行使できる人物は両手の指で事足りる魔法。
しかし―――
―――魔力が足りないッ!!
そんな高位の魔法を、よりによって『魔力を練り上げる』ことでより魔力の消費量を多くしてしまったエイグリッヒは、魔法の途中で地面に手をつく。
「イアソンッ!! まだ立てるな!?」
「当たり前………だろッ!!」
ホントは、頭部から流れる血のせいで目の前がふらつくイアソン。
しかし、イアソンはそれでも、意志力だけで立ち上がる。
「俺の魔力ギリギリまでシューリちゃんに回復魔法をかけた!! お前は急いで診療所に彼女を連れていけ!!」
「分かった!!」
イアソンは何度も転びそうになりながら―――それでも、大粒の雨の中、懸命に走った。
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