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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編
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過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に キュウ

「………どうしたのかしら?」


 踊り子の女性は、荷物を抱えたまま振り向く。


「私………私、先ほどの公演でやっていた踊りに興味があって………」


 シューリはそれだけ言って、やがて、話の終着地点を見いだせず、声が尻すぼみになってしまう。


「………ああ!」


 そんな少女を見て、踊り子の女性は少しだけ不思議そうな顔をした後、何かに納得したのか声を上げた。


「公演の片づけが終わったら、明日の稽古があるから見ていく?」


「え………」


 憧れを持って声をかけるシューリのような女の子には慣れているのだろう。シューリにとっては願ってもいない提案を女性はしてくる。


 シューリは、『稽古の見学』という提案に、少し戸惑いを見せた。


「い、いいんですか………?」


「ええ。―――旅しながら芸をしてるものでね。それを嫌がって中々人集まらないのよ~。だからそうゆうのは大歓迎♪」


 可愛らしくウィンクをする女性に、シューリは咲いた花のように笑顔をみせる。


「ぜ、是非お願いします!」



 ※ ※ ※



 『ホテル』


 それは、統治貴族が直接運営する宿屋のことだ。


 普通の宿屋と違い、とても豪勢なつくりで、建物自体も街のどの宿屋よりも大きい。


 宿泊料もかなり高く設定されている。そのため、自然にお金を多く持っている人間が多く泊まる宿屋だ。


 しかし、何の意味もなく宿泊料を高く設定しているわけではない。


 この宿屋の目的は、主に『街が招いた客人をもてなす』ことにある。


 例えば、他の街の貴族を招いたときなど、『ホテル』を利用するのだ。


 ちなみに、『メフェリト』の統治貴族から直々に興業の依頼をされた大道芸の一座は、この『ホテル』に宿泊していた。


「ぁ………」


 そんな『ホテル』の一室。


 普段は『大宴会場』として、パーティを催す大部屋で、踊り子は翌日の公演に合わせて踊っていた。


 そんな光景に、シューリは目を釘付けにされていた。


「………………」


 踊り子は、例の衣装を着ているわけではない。


 故に、シューリが夢中になっているのは、見た目の華やかではない。


―――みんな、明日の本番に向けて必死だ………


 何度も曲を止めて、入念に立ち位置や、タイミングの打ち合わせを行う踊り子たちの目は、素人の目から見ても、皆真剣だった。


 『今日行った公演だから』、『やり慣れているから』。


 そんな奢りは、どこにも見受けられなかった。


 踊り子達の、公演への姿勢にシューリはどこまでも夢中だった。


―――こんな人たちと………………踊ってみたい………


 気づけば、シューリはそんな想いを抱いていた。


「どう? 思ったより地味でしょ?」


「いえ………とても………たのしい、です!」


 不意に、シューリをここまで連れて来てくれた踊り子―――ネイが後ろからシューリに声をかける。


「そう………? 変わった子ね?」


 シューリの言葉がお世辞であることを疑うネイだったが、彼女の稽古を見学する様子は、控えめに言っても『ガチ』だった。


「………まぁ、そんなに気になるなら―――」


 シューリに聞こえないぐらいの声で、そういうと、ネイは近くのイスに掛けられた本番用のスカートを手に取った。


「シューリちゃん………やってみる?」


「ふぇ………?」


 体育座りで稽古を見ていたシューリの頭上にスカートをかぶせながら、彼女に踊りの体験を提案するネイ。


「で、でも………公演前の皆さんのお邪魔なんじゃ………」


「いーのいーの。―――公演と同じぐらい見学者に媚び売るのも大切なんだから!」


「え、えぇ………」


 緊張と、後ろめたさと、申し訳なさと、様々な感情がごちゃ混ぜになった脳内は、状況をイマイチ整理できないまま、シューリはされるがままネイに着替えさせられる。


 そして、あれよあれよという間に、簡易ステージの上に立たされてしまうシューリ。


「いい? シューリちゃんがみた踊り―――『ダント』という踊りは、キラキラなスカートに目が行くと思うけど、大事なのは『ステップ』なの」


「は、はい………」


 緊張の面持ちのまま、ネイの説明を聞くシューリ。


 ちなみに、他の踊り子もノリよくシューリの踊りの練習に付き合ってくれるようで、全員そろってネイとシューリの後方でいつでも踊れる態勢でいる。


「トントントン………曲に合わせてリズムよく足でステップを踏んで、正確にスカートを振るタイミングを測る。―――全員がこれができて初めて、『ダント』という踊りは完成するの」


「………ステップ」


 ネイの説明を聞き、シューリは軽くステップを踏んでみる。


「でもね、逆にこの『ステップ』さえ出来て居れば、『ダント』は踊れるの」


 ネイ曰く、『ダント』は個人で踊る場合、スカートの振り方、ステップの踏み方………様々な技を組み合わせて踊るものらしい。


 ―――最悪、ステップさえ完璧なら、感覚に合わせて踊ってもいいらしい。


「ま、公演に絡まなければ割とフリーな踊りだから―――踊ってみようか?」


「え、いや………え? む、むりですよっ………!?」


「大丈夫大丈夫! ステップの感覚なんかは、私の見ながら踏んでくれればいいし。―――何より、音に乗ってスカート振る楽しさ………味わって欲しいしね!」


「―――っ!」


 音楽が流れ始め、流されるようにシューリは踊り出す。


「わ………、わわ………!」


 最初はステップすら危うい。


 何度も転びそうになりながら、ゆっくりとステップを踏むネイを必死に模倣する。


―――………慣れてきた!


 次第に、ステップのみなら違和感なく踏めるようになっていき………


「………っ!!」


 意識の余白が、スカートの動きまで行き届くようになる。


―――ネイさんは………!


 ステップを乱さないようにしながら、目だけでネイを追いかけ、今度はネイのスカートの動きを夢中でマネする。


―――右裾振って………左裾振って………ステップ踏みながら………体の側面を向けて―――


 思考していた脳内は次第に空白になっていく。


―――右、左………


 脳内とは反比例して、身体は勝手に動き、


「………………」


 気が付けば、シューリはまるで月明かりに照らされるアゲハ蝶のように、『輝き』と一体化していた。

閲覧いただきありがとうございます。

ダンスって難しいですよね。

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