過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に ナナ
「シューリ、勉強で分からないところはあるか?」
ヒューナの死から数か月。
イアソンは、シューリが許す限り、彼女と時間を過ごした。
「………大丈夫。―――昔から勉強だけは得意だったから」
「そうか………」
シューリのことについて、イアソンは知らないことばかりだった。
例えば、シューリは父親に似て、とても聡明であった。学校の勉強では常に学年上位。―――彼女が勉強で困ることなど一度もなかった。
「―――私のことはいいから、お父さんは、頑張って仕事戻りな? せっかくすごい発明したんだから」
「あ、あぁ………努力するよ」
シューリの知らない一面を見るたび、自分の不甲斐なさを直視させられているようでいたたまれなくなるイアソンであった。
しかし、それでもイアソンはヒューナとの時間をあきらめることはなかった。
―――ヒューナの遺してくれたたった一人の娘だ。
例え、彼女がイアソンのことを何となく避けていたとしても………それでも、彼は『今から』娘との時間を重ねることを決心していた。
※ ※ ※
その日は、珍しく外部から大道芸の一座が公演に来ていた。
「ハーディさん、アレ………見に行きませんか?」
「いいわよ。―――イアソンもいいね?」
「シューリが行きたいなら」
珍しくハーディの休みとシューリの休日が重なり、久々に二人で買い物に行こうと話になった。―――その話に、イアソンは半ば強引に乗っかり、晴れて家族全員での外出となったのだ。
「うぁ………綺麗………」
時間はすでに夜。ハーディの『足元に気を付けなさいな』なんて言葉を背中で受けながら、シューリは『賢者の柱』前広場にて特設されたステージに駆け寄る。
そこには、半透明の長いスカートをはためかせ、華麗に踊る娘たちが居た。―――月明りを乱反射するその舞いは、とても幻想的であった。
「きれいねぇ………」
その光景には、ハーディも思わず息を漏らすほどの美しさだった。
だが―――
「………」
ただ一人、イアソンだけはその光景を眉をひそめながら見つめる。
三人が大道芸を見た日。
買い物から帰ってきた三人は、手早く夕食の準備をして、すぐに三人そろって夕飯を囲んだ。
「………」
「………」
「………」
いつもの沈黙の食卓かと思われた。
「………ねぇ」
―――しかし、静寂は以外にも、シューリによって破られた。
「どうしたんだシューリ」
少し驚いたような顔で言葉を返すイアソン。―――彼の正反対に座るハーディも見たような反応だ。
「私………―――」
ためらうような声。まだ幼さの残るシューリの顔は、けれど、ゆっくりと二人を視界に入れる。
「あの踊り子になりたい」
決死の告白だった。
見たものにすぐ憧れる幼子のような言葉。―――それを重々承知しているのだろう。シューリの瞳は静かに揺れていた。
「「………………………」」
衝撃の一言に、凍り付くのはシューリの保護者である二人であった。
まさに寝耳に水だろう。
驚きで一向に言葉のでない二人だったが―――
「………………そ、そう」
声を引きつらせながらハーディはかろうじて返事をした。
「………まぁ、いいんじゃない。―――どんなことに挑戦するのも貴女の自由よ」
ハーディは驚きに胸中を支配されながら、何とか自分の思いを言葉に出す。
「私は反対しないわ―――気のすむまでやりなさいな」
「ハーディさん………」
今までのシューリをよく知っているハーディは、快く娘の夢を応援する。
のだが―――
「僕は反対だ」
男は、娘の夢を後押しすることはなかった。
「………ぇ」
父の言葉に、シューリは動きを止めた。
「………本気かイアソン?」
ハーディも、イアソンの言葉に耳を疑った。
「本気ですよ師匠」
「………理由は?」
視線を鋭くし、目を細めるハーディは男に理由を問う。
対するイアソンは少しだけ息を吐き―――言葉を吐いた。
「………冷静になってください。実の娘が上半身裸も同然で大衆の前で踊るんですよ? ―――正気の沙汰じゃない」
そう、イアソンは踊り子の恰好―――特に、上半身の露出が非常に多いことを気にしており、大衆に―――下心丸出しの男達に娘が見られることを嫌がっているのだ。
「あれは一応北の地方の古くから伝わる舞踏よ? それをまるで『下品』みたいに―――」
「そうですね。僕から見れば『下品』です。伝統的なんてどうでもいい」
「っ………あなたねぇ………―――」
イアソンのあまりにもあんまりな物言いに、ハーディもすかさず言い返す。
「仮にも娘が『なりたい』って言ったものをそんなに罵倒するなんて―――」
「罵倒ではなく、事実ですよ。―――師匠はシューリがあんな格好で踊ることに抵抗はないんですか?」
始まる口喧嘩。
初めてのことだった。
ハーディがイアソンを拾い、共に旅をして、共に暮らして、共に働いた。―――数えきれない年月をともに過ごして初めて………イアソンとハーディは本気で喧嘩をしていた。
ハーディは知っていた。
娘が勉強以外、何もできず………何にも興味を持てなかったことを。
イアソンは決意した。
妻の遺したものを、必ず守ると。誰にも尊厳を奪わせないと。
「「………」」
想いの違いが、二人を初めて仲違いへと導いた。
「………っ!!」
そんな二人を見たシューリは―――
「―――シューリ!?」
夜の闇の中、家を飛び出した。
閲覧いただきありがとうございます。
夢って、身内に打ち明けるときって緊張しますよね。
だって、一番応援してほしい人に否定されたら辛いもの。




