過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に ゴ
妻のヒューナが、『リベース症』と診断されて、早十年以上が過ぎていた。
当時、余命五年と診断されたヒューナは、ハーディの作った魔道具のおかげで宣告された余命よりも遥かに長生きをしていた。
「………」
功を焦りに焦り、周囲のことを顧みなかった僕………イアソン・スライを、見捨てることなく家族との絆を繋いでくれた師匠には、感謝してもしきれない。
今もほとんど研究室にこもりきりだが、定期的に家に帰り―――そのついでにヒューナのお見舞いにもいっていた。
「―――これでどうだ………?」
白い照明が灯る研究室。僕は一人で魔道具に組み込む術式の研究をしていた。
時間は夜。ほとんどの人間が帰路につく時間帯。
師匠には、毎日家に帰ってもらい、シューリの世話やヒューナのお見舞いをお願いしている。
「………これって」
外は例年類を見ない程の大雨。―――この日、僕は歴史に名を刻むほどの偉業を成し遂げた。
「せ………せいこう………した?」
目の前には、一つの照明。―――しかし、魔力を込めれば灯る『魔道具』とは似て非なる物。
照明の下についているボタンを押せば、自身の魔力を使うことなく灯る。明かりがつく。
「や、やった………! やったやったやったッ!!」
この日、のちに『魔工具』と呼ばれる全く新しい機構の『魔道具』が完成した。
「―――そうだッ!! 今すぐヒューナに………!!」
貴重品の入ったカバンすら忘れて、僕は照明の『魔工具』だけを持ち、研究室を出ようとして―――
「イアソンッ!!?」
飛び込むように部屋に入ってきた師匠と正面からぶつかり、『魔工具』を取り落とした。
「ああっ………!?」
衝撃で、『魔工具』が破損。僕は情けない声を上げてパーツを拾おうとしたところで―――
「―――イアソン!! ヒューナが………ヒューナが………」
普段見ることのない師匠の焦り声に、僕は『魔工具』のパーツを拾うのを思わずやめてしまう。
そして―――
「ヒューナが―――危篤状態だっ………!!!!」
僕は、師匠の言葉を信じることが出来ず、半ば引きずられるように研究室を後にした。
※ ※ ※
「………………失礼します」
診療所の関係者が、ゆっくりと部屋を後にする。
「おかあさぁんッ!!」
「―――ッ!!」
後に残されたのは、母の亡骸に泣きながらしがみつく、大きく背を伸ばしたシューリと、強く目を瞑り、歯を食いしばる師匠と―――
「………………………」
現実を受け入れきれない僕だけだった。
「―――ここ最近、魔力が消失する頻度がかなり多くなっててね………枯渇による体力の消耗が激しかったんだ」
直接の死因は、『衰弱死』だったそうだ。
いくら、消失する魔力に対する対策をしたところで、本人の体力は枯渇による大きな体力の消耗に耐えられなかったのだ。
「なん………なん、で………」
目の前の現実が、ジワジワと胸の中心を侵食し―――僕の心臓を握りつぶす。
それが苦しくて、苦しくて苦しくて苦しくて、
「ぁ………ああぁぁ………」
僕は立っていることが出来なくて地面に膝をつく。
そして、地面に額を擦り付けるように蹲り、両手で胸を掻き抱く。
「あ”あ”ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
まただ!!
また! 僕は! なんにもできない!
愛した人の力にもなれず!
愛した人の願いも叶えて上げられない!!
―――僕の、魔工具を見せてあげることが出来なかった!!
あの夜、二人で約束をしたのに! 家族との時間を犠牲にして、最愛の人の傍にいる時間も無駄にして!
何も、何も何も何も何も何も何も―――何もできなかった!!
「イアソン………」
歴史の一ページが刻まれた日は、皮肉にもヒューナの命日となった。
そして、この日を境に、すべての歯車は狂い始めた。
閲覧いただきありがとうございます。
昔から物語の登場人物に感情移入をしすぎてしまう性格で、酷いときには泣ける映画の予告編を映画館で見ただけで泣いてました。




