過去回想:悲劇はそれでも無窮と共に イチ
イアソンは、シューリが五歳の時に、『メフェリト』へ引っ越してきた。
『メフェリト』での住居は、イアソンを『メフェリト』へと誘ってくれた張本人―――統治貴族のアルドワーズが用意してくれた。
まるで貴族のような家。妻のヒューナも、シューリも、ついでについてきたハーディもその待遇には驚いていた。
また、同時に『メフェリト』の最高研究機関『賢者の柱』で研究室を持つことができた。
さすがにいきなり主任研究員になれるわけではなかったが、『どこの主任研究員の研究室にも属さない』独立した地位をアルドワーズは用意した。
曰く、『君が研究を進め、様々な魔道具を作り出せば、次第に周囲も君を認めるだろう』とのことだった。
なぜ、アルドワーズからこんなにも信用されているのか理解が出来ていないイアソンだったが―――
―――僕も、エイグリッヒのように………!
内心、帝都で親友と交わした約束を思い出し、純粋に張り切っていた。
※ ※ ※
「で、魔道具の開発って………何をする気だ?」
ピカピカの真っ白な研究室で、備え付けのイスにふんぞり返るハーディは、妙に自信ありげに仁王立ちをするイアソンに視線を送る。
「―――そのことについて………僕にアイデアがありますよ師匠」
「へぇ………あのイアソンがねぇ………」
内気な弟子の、意外な発案に、少しだけ口角を上げるハーディは、そのままイアソンにアイデアの内容を催促する。
「今の『魔道具』って、ある程度魔力を扱える人間とか、魔法にそれなりに知識のある人間しか使えませんよね?」
「そうだな」
そう、この時代の魔道具は、使用者が魔力を『込めて』初めて使えるものや、術式の刻まれた道具のことを差す言葉だったのだ。
後者は主に魔法使いが愛用する『魔道具』で、一般人が使える『魔道具』とは基本的に前者を差す。
しかし、前者の魔道具にも致命的な欠陥があった。
『魔力を込める』という行為―――これが問題だった。
魔法を使える者なら、無意識のうちに行うことのできる行為。―――しかし、一般人にとってはとてもハードルの高い行為だった。
そもそも、『魔力を込める』という行為が簡単にできるなら、魔法使いの素質がある。―――つまりは、『魔力を込める』という行為にはある程度の練習が必要なのだ。
この『使うのにコツがいる』という観点から、魔道具は一般には浸透しない道具なのだ。(ちなみに、魔力総量が少なすぎて扱えない人間もいる)
「―――なら、だれでも使える『魔道具』を作りませんか?」
「………………はぁ?」
自信満々にそんなことを宣うイアソンに、ハーディは思いっきり怪訝な顔をした。
「ちょっ………師匠、そ、そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですかぁ………」
イアソンはそんなハーディをみて、いつもの表情に巻き戻る。
「………スマン、否定材料が次から次に湧いてくるものだからつい」
「うっ………!?」
『否定材料』という言葉に顔を引きつらせながら後ずさるイアソン。
「………」
そんな弟子を見て、ハーディは少し黙り込み―――
「まずそもそも―――」
容赦なく言葉を続けた。
「『魔法』は『魔力』という燃料がなければ顕現しない。―――それは『魔道具』も一緒だ。その観点から現実的ではない」
ハーディはいつになく真剣な眼差しでイアソンを見つめる。
「『魔法』は生き物ではない。自分から『魔力』を吸って自分から発動することはない」
受動的現象。
それは、『基本的に何から刺激を得て反応を返す現象』。ゆえに、存在自体が、『使用者を選ぶ』のだ。
誰も彼も『魔法』のような『魔道具』を使えるわけではない。
「イアソン。お前のその考えは、私の考えに―――ひいては、すべての魔法使いと真っ向から衝突する」
「っ………」
普段は少しおどけた様な態度をとるハーディ。
しかし、彼女は『魔道具』―――『魔法』のことになると、このように真面目な表情でイアソンを追い詰める。
「――――――――――だがまぁ」
のだが………
「その他もろもろの『否定材料』をすべて飲み込んで、あえて言おう」
この時のハーディはいつになく不敵に笑っていた。
「面白い」
シュッとハーディは拳を前に突き出した。
「珍しく自分からアイデアを出した可愛いバカ弟子のために―――私も全魔法使いにケンカを売ろうじゃないか」
「………………師匠」
イアソンは呆けたように放心した後、ハッと我に返る。
「ありがとうございます。―――二人で魔法使いの………エイグリッヒの鼻を明かしてやりましょう」
「だな。―――アイツの驚く顔はさぞかし面白いだろうな」
こうして、のちに歴史に刻まれる偉大な研究が始まった。
そして―――
『悲劇』という名の運命が回り始めた瞬間でもあった。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、現在、コミケに向けての作業をしています。
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