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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
無窮の記憶編

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慰霊の式典 サン

「あった………」


 ハーディは、『賢者の柱』・イアソンの担当していた階にて、とある部屋に入る。


「………変わらないわね」


 そこは、亡きイアソンの研究室。


 広い室内は、多くの机が設置してあり、どれも『魔工具』の部品と思わしきパーツが転がっていた。


 また、壁際には本棚がびっしりと並んでおり、『魔工具』に刻む術式や、魔法についての本が多く並べられている。


「………」


 ハーディは、それらの探求の跡地を抜け、研究室のさらに奥―――イアソンの書斎へ足を踏み入れた。


 書斎は、むき出しの白い床が見える研究室とは違い、一面濃い赤のカーペットが敷き詰められている。部屋の中央には、大きな机。高級そうな木材で作られた、やたら引き出しの多い机だ。


 壁際には、研究室のように本棚が設置してあるが、こちらは魔導書ではない、研究に関する多くの知見が記された本が目立つ。


「………昔から調度品とか置くようによく言ってたなぁ」


 本棚、机、カーペット………実際に使用している家具などは高級なものが多い。


 しかし、絵画や骨とう品など、ある程度お金を持っている者なら容易に手に入るであろう調度品の類は一切見当たらない部屋であった。


「弟子のプライベート漁るようで悪いけど………許してね」


 懐かしむように部屋を一瞥したハーディは、次に部屋の中央にある机に近づく。


 悪びれた様子もないハーディは、次々と机の引き出しを開けて―――


「………ないわね」


 机の中身が空であることを悟った。


「そりゃ敵陣のど真ん中。『フォーラム(やつら)』が関わってるならイアソンの物は回収するわね」


 シュケリが捕まっている最上階。その最上階の主任研究者『セラドン』。―――その繋がりがある以上、『セラドン』は十中八九『フォーラム』の構成員だろう。


 そんなヤツの居る『賢者の柱』の一室が目を付けられるのは当然だ。


「―――でも、甘いわね」


 ニヤリと、少しだけ口角を上げると、ハーディは机の下を覗いた。


「引き出しの奥に当たるスペース」


 イアソンが使っていた机は、一般的なデスクタイプ。


 サイドに三段ほど引き出しがあり、足置きのあるスペースに、天板にくっつくように大きい引き出しが一つあるタイプ。


 ハーディは、サイドの引き出しの脇を、足置きのあるスペースに沿ってなぞっていき―――


「ここね」


 引き出しの一段目の奥に当たる部分を軽く押す。


 すると、『カチッ』という軽快な音と共に、五つ目の引き出しが現れる。


「うん、ない」


 引き出し丸ごと取り出し、中身がないことを確認すると、再び『隠された引き出し』を見つめる。


「―――あのビビり弟子がこんなに簡単なら苦労しないわ」


 次は、『隠された引き出し』の下をなぞり、軽く押す。―――再び引き出しが現れて、


「次はここね」


 二段目に隠された引き出しを見ずに、今度はその()()()()()()()()()()()を取り出す。


「あったあった」


 そして、三段目の隠された引き出しを取り出したあと、引き出しの無くなった()()()へハーディは視線を送った。


「全く………めんどくさい」


 ハーディは、枠組みの下を軽く押し出し―――


「見っけ」


 スライドした板の奥から、二冊の本を取り出す。


「ホント………用心深いというか、臆病というか、ビビりというか………」


 呆れかえるハーディは、二冊の本を手に、立ち上がる。そして、彼女は本を開いた―――



 ※ ※ ※



「ハッ………ハッ………ハッ………ハッ………」


 ヨミヤは違和感を抱いていた。


―――人が………居ない………?


 現在、二十九階。


 少年は二十一階から、ここの階に来るまで、一度も人の気配を感じて居なかった。


―――式典の日だから? いや、だとしてもおかしい。


 現在、外で行われている式典に居る者もいるだろうが………街にとっても、『フォーラム』にとっても重要な施設だと思われるこの場所に、まったく人が居ないことは考えづらい。


「………………罠か」


 ヨミヤの思考に、『誘導されている』可能性が浮かび上がる。


―――でも、ここに来るまで人との接触は避けてきた。ここに来ることは誰も知らないはず………


 そこまで考えを巡らせ、ヨミヤは頭を大きく振った。


「………ここまで来て止まれるか」


 少年は『探知』の魔法を張り巡らせて、地を蹴る。


 一段、また一段と階段を蹴り飛ばして―――


―――三十階!!


 シュケリの居る階にたどり着く。


 『追跡』の魔法にて、居場所を探知。階段を上り、すぐに右手の通路を駆け出す。


―――もうすぐ………!!


 受付のような広い場所を突っ切り、通路を左に曲がり、すぐに右に曲がる。


 探知にて、人が居ない事を確認しつつ、シュケリの元まであと数メートル。


「………!」


 目の前に分厚い鉄扉が見えてきた。


「こんなもので―――」


 蝶番と思われる扉の左側を、熱線を縦に薙ぎ払うことで両断。


 そして、少年は義手を振りかぶり―――


「『大爆発(グラン・イクス)』ッ!!」


 強化された義手で重厚な鉄扉を殴り飛ばした。


「シュケリさんッ!!」


 扉の向こう側は、細い廊下になっていた。扉のすぐ左側は機材と思われる白のコンソール。


「シュケリさん………!」


 細い廊下を辿っていけば、すぐ左側にガラス張りの部屋が見えて―――


「………………………え?」


 ガラス張りの部屋………その向こう側に彼女は―――シュケリは居た。


 ()()()()()に囲まれて。


「………シュケ、リ………さん?」


 白いガラス張りの部屋に、所狭しと転がる魔獣の死骸。


 その中央にて、少女は居た。


 虚ろな目で―――



 ()()()()()()()()



「………………」


 少年には理解できなかった。


 到底、目の前の景色を理解することが出来なかった。


 しかし、白い胴衣を魔獣の血で濡らす少女の姿が、少年に現実逃避を許さなかった。


『………ぁ』


 不意に、虚ろな目の少女と目が合い―――


「シュケリさんッッッ!!」


 ヨミヤは我に返り、ガラスにへばりつく。


「待ってて!! 今すぐこのガラスを壊すからッ!!」


 そういって、シュケリに気を使い、魔法を使わずガラスを砕こうとするヨミヤ。


『ぁ………いやっ………だめっ………』


 そんな少年の姿を見て、シュケリは弱弱しく首を振った。


『見ないでっ………』


 普通のガラスよりも何十倍も頑丈な『強化ガラス』。そんなガラスを魔法を使わずに破壊しようとして、ヨミヤは手こずっている。


 ―――そんな少年に、シュケリの声は届かない。


『やだっ………やだっ………』


 足もロクに動かない中、シュケリは後ずさり―――そして、無惨に死んだ魔獣の死体に退路を断たれる。


『ッ………!!』


 少女は白目を剥いたまま死に果てる魔獣を怯えた目で見て………


 ゴッ!!


 鈍い音と共にガラスへ亀裂が走る。


『だめっ………こんなの………見られたくないっ………だめっ………』


 少女の全身から、汚泥のような()()が滲み始める。


 そして―――



『だめーッ!!』



 少女はハッキリと拒絶の意を示した。


「!?」


 驚愕の表情と共に、ヨミヤの拳が、ガラスをたたき割る寸前で静止する。


『やだっ!! 私………私………ッ!』


 まるで子どものように頭を振るシュケリ。―――そこに、いつもの感情が希薄で………それでいて冷静な彼女は居ない。


「何言ってんのシュケリさん!! オレ、シュケリさんが心配で―――」


『だめなのッ!! こんな姿―――貴方に見られたくないッ!!』


 拳を下すヨミヤ。―――そこで、少年は改めて少女と目を合わす。


 暗く沈む瞳に大粒の涙を浮かべ―――彼女は血のこびり付いた口元を隠す。


 華奢な身体を精一杯少年から放し―――彼女は魔獣の死骸へ寄り掛かる。


 そして―――細い脚は、指先から足首にかけて、



 汚泥のような液体に()()()()()



「!!?」


 その光景に、ヨミヤは再度驚愕に目を剥く。


『………ッ!!』


 少年のその表情に、少女は顔を強張らせる。


「シュケリさん―――」


 ヨミヤが、何かを言いかけて―――


「よーし、間に合ったァ!!」


「ッ!?」


 ()()()()()が現れた。


「いやぁ、部下にアレコレ指示出してたらさぁ、危うく『セラドン』に言われたことすっぽかすトコだった」


 まるで、十年来の共にでも話しかけるようにヨミヤに語り掛ける人物―――


「シルバー………」


「おやぁ、俺の名前覚えててくれたんだ? 嬉しいねぇ!」


 人魔統合機構フォーラム、第一軸『ヒュニマニズム』責任者―――シルバー・パール。


 シュケリとヴェールを連れ去った張本人が今、少年の前に姿を現した。


「………どうしてお前がここにいる」


 ヨミヤは警戒しながらも、男に問いかける。


 すると、シルバーは顎鬚を撫でながらおかしそうに口角を上げた。


「『フォーラム』は色んなトコに()が合ってねぇ―――」


 シルバーは、ゆっくりと()を指さした。


「他の主任研究者のトコに『フォーラム』の機構員を紛れさせるなんて容易いんだよ」


「………そうゆうことか」


 少年の脳裏に、ナーガマ―の研究室にて毛布を届けに来た助手が思い浮かぶ。


 完全に少年の油断だった。


 普通に考えれば、ナーガマ―ですら機構員の可能性があるのだ。―――その助手なら、なおのこと警戒するべきだったのだ。


「―――ハーディさんのファンだってナーガマ―さんが言ってたから、その助手も大丈夫だろうと思ってたよ」


 その結果、辛酸を舐めさせられた相手が肝心な時に現れてしまった。


 心の中で、油断した自分自身を殴り飛ばすヨミヤは―――けれどすぐに目の前の相手に意識を集中させた。


「―――お前に一つ、面白い話をしてやろうか?」


 今にも飛び掛かりそうなヨミヤへ、シルバーはおもむろにそんな提案をした。


「………聞くわけないだろ」


「そうゆうなって。―――そこの『メインプラン』についての話さ」


「!?」


 シルバーは視線をシュケリへ向ける。ヨミヤも、そんなシルバーにつられて彼女へ目を向ける。


『………』


 対して、当のシュケリは、頭を抱えて顔を伏せている。


「俺は働くのが嫌いなんだ。―――今からする話でお前が諦めて帰ればそれに越したことはない」


 シルバーは嘯く。


 『フォーラム』の目的を語ると、


 『メインプラン』―――シュケリのすべてについて語ると。


 きっと、ヨミヤを『取るに足らない』相手だと認識しているからこその提案。


「………」


 少年からの返事はない。


 それでも、男は語り出した。


 不幸に彩られた一人の研究者と、()()の過去を―――

閲覧いただきありがとうございます。

日曜日の喫茶店って混みますよね。

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