二人の偉人、二人の子ども
「毛布、人数分………置いとくっすね!」
「ありがとう、ジュ―」
ナーガマ―の助手の一人だというジュ―・マールが別室から三人分の毛布を運んできた。
それをナーガマ―は穏やかな笑顔で受け取る。
「いえいえ! それでは自分は失礼するっす!」
「あぁ、気を付けて帰るんだよ」
時間は夜。
シュケリが上の階にいると知っているヨミヤはじれったくなる心を必死に抑える。
―――少しでも救出の可能性を上げるためだ………
心の中を悟られぬように抑えるヨミヤは、ナーガマ―から毛布を受け取る。
「………おや」
ナーガマ―は、そんなヨミヤの右腕を見て、動きを止めた。
「ははは………そうか、君は―――」
「………? どうしたんですか?」
信じられないとばかりの表情を浮かべるナーガマ―に、ヨミヤは首をかしげる。
「いや………まさか君が、ウラルーギの知り合いだとは思わなくてね」
「………………え?」
思わぬ人物がナーガマ―の口から飛び出て、少年は思わず硬直する。
「………ちょっと待ってください、なんでナーガマ―さんがウラルーギさんを―――?」
「簡単ですよ。私が『魔工義手』の開発者だからです」
「………………まさか!?」
思い出すのは、奈落から這い上がった後。帝都に向かう馬車の中。
ウラルーギはその時に、この義手の被験者を探す依頼を請け負ったと語っていた。
「私が、ウラルーギに義手の被験者を探すよう依頼した張本人です」
出会って数時間。目の前の人物が自分の大恩人だと気づいたヨミヤはフルフルと震える手で、しっかりとナーガマ―の手を握った。
「この腕がなければ、オレはとっくに死んでいました。―――本当に、本当に………ありがとうございます………」
「ははっ、おおげさですよ」
「おおげさなんかじゃありません」
ぎゅっと手を握ってくるヨミヤに、困った顔を浮かべるナーガマ―は、やがて諦めたように息を吐いた。
「………まぁ、装着者にそこまで言われるなら、開発者冥利に尽きますね」
『データが中々送られて来ないことには結構困りましたけどね』という言葉に、ヨミヤが『うっ』と言葉を詰まらせたのは別の話だ。
※ ※ ※
「ちょっといいかしら?」
ヨミヤから溜まりに溜まったデータ(というより感想)を聞いたナーガマ―はヨミヤから義手を拝借し、メンテナンスを行っていた。
「なんでしょうか?」
そんなナーガマ―へハーディが声をかけた。
「ヨミヤ君から、金属片が高速で射出される『銃』という魔工具の存在を聞いたのだけれど………」
「ああ、あの物騒な魔工具のことですか」
手を止めたナーガマ―は、かけていた眼鏡を外し、ハーディへ向き直る。
「あの魔工具………開発者は誰かしら?」
ほんの少しだけ、怒気のこもる声。
そんなハーディの様子に首をかしげながらも、ナーガマ―は素直に口を開く。
「あの魔工具は少し前にセラドンが開発したものですね。以前に魔族の侵攻があった住民には割と受け入れられていた魔工具です」
「『セラドン』………イアソン・スライではなく、そのセラドンが開発したのね?」
「ええ………それがどうかされたのですか?」
「………いえ、なんでもないわ」
「?」
『悪かったわね』と背を向けるハーディ。ナーガマ―も不思議そうな顔をしているが、それ以上は言及しない。
「………」
だが、ハーディはピタリと止まったまま動かなかった。
「………」
うつむくハーディ。その瞳には迷いが見て取れた。
拳を握り、その手をそっと胸に置き―――
「ナーガマ―」
ハーディはそっと口を開いた。
「なんですか?」
ハーディは、目を閉じ―――震える息を吐き出して、目をゆっくりと開いた。
「イアソンは………どうなった?」
「………」
ハーディの言葉で、ナーガマ―は硬直し―――
「………知らないのですか?」
『信じられない』という風に漏れ出た言葉の後、ナーガマ―は眉間を軽く押さえた。
「………………落ち着いて聞いてください」
「………」
ハーディのまっすぐな目に、ナーガマ―は頷き………言葉を続けた。
「イアソン博士は三か月前に――――――亡くなりました」
「―――ッ!!?」
足元がグラついているような感覚だった。
それでも、何とか立てていたのは―――心のどこかでこの言葉を覚悟していたからだろうか?
「街の郊外で、魔獣に襲われ―――そのまま」
「そ………う。ありがとう、おしえてくれて………」
ポケットに入っている血濡れの手紙が、死因の嘘くささを物語っていたが、今のハーディにはどうでもよかった。
※ ※ ※
エイグリッヒからもらった『鳩』が、血だらけの手紙を持ってきたときから覚悟をしていた。
イアソンが―――幼い頃から面倒を見ていた弟子が死んでいることを。
「………生意気なガキンチョ共が………先に逝くじゃないわよ」
気づけば、里を出てから共に旅をした子ども達は、居なくなっていた。
「………いや、遅かれ早かれ、私は一人だったな」
しかし、悲しみの中の鬱陶しい理性が、人間とエルフの寿命の差を突き付けてくる。―――エイグリッヒもイアソンも、人間の中でも高齢だっただろうと。別れは近かったと。
「ハーディさん?」
時間は深夜。
義手の調整に呼び出されていたヨミヤが別の部屋から帰ってきた。
「ヨミヤ君………」
虚ろな目でヨミヤへと顔を向けるハーディの目元は………少し赤かった。
「………話を聞くぐらいなら出来ますよ?」
「バカねぇ………貴方より幾つも上なんだから。気持ちの整理ぐらい一人で出来ます」
「気持ちの整理はつくでしょうけど――――――辛いのに変わりはないでしょう」
「………いいのよ」
「………そうですか」
ヨミヤは静かにハーディの言葉に頷くと―――ハーディの座っている机の隣に、ゆっくりと座った。
「………何?」
「別に、疲れたんでここで寝るだけです」
「寝るなら別の部屋があるって言ってたわよ」
「ナーガマ―さんの義手調整手伝ってたら疲れたんで、ここで寝ます」
「えぇ………」
そういうと、ヨミヤは机に顔を伏せ始めた。
「オレ、眠り深いんで、いくらでも独り言いってもいいですよ」
「………………本当におバカねぇ」
少年の拙さすぎる優しさに思わず苦笑を浮かべるハーディだった。
その夜。
ハーディは二人の弟子の思い出話を、一人語り続けた。
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