魔法都市メフェリト ヨン
「明日は『魔法都市襲撃戦争』から二十年の終戦記念日なんですよ」
黒い木製の長机に座るヨミヤとハーディは、ナーガマ―の出したコーヒーを啜りながら彼の話を聞く。
「………」
ヨミヤは『魔法都市襲撃戦争』という、ここに来る前に見た新聞記事に書いてあった単語を思い出す。
「そう………あの戦争からもう二十年なのね………」
「ええ。―――今年は二十年という区切りの年であることから、式典が行われるのです」
ナーガマ―は机に寄り掛かりながら、立ったまま言葉を続ける。
「式典では、『賢者の柱』での主任研究者である私と、セラドン両名が出席します。つまり―――」
「式典の間は最上階からその『セラドン』とやらが居なくなる」
「そうです」
ハーディの言葉にナーガマ―は確かに頷く。
「あの………」
そこで、話を聞いていたヨミヤが声をあげる。
「さっきも新聞に書いてあったんですけど………『魔法都市襲撃戦争』ってなんです?」
「おや………」
『魔法都市襲撃戦争』―――この単語を知らないヨミヤに少々驚いた様子のナーガマ―だったが。
「あの戦争を知らぬ子が生まれる時代になったのですね」
事情を知らないナーガマ―に、感慨深い視線を向けられた。
ちなみに、ハーディは指名手配の件がバレてから、ヨミヤが自ら事情を説明してある。そのため、ヨミヤが『魔法都市襲撃戦争』を知らない理由も把握している。
「『魔法都市襲撃戦争』とは、約二十年ほど前に起きた戦争です」
ナーガマ―は手元のコーヒーを、カップを揺らして掻き回す。
「『メフェリト』の発展を危惧した魔族が突如として仕掛けてきた戦争ですよ」
ナーガマ―曰く、三万近い数の魔族が都市を襲い、大勢の被害者を出した戦争だったそうだ。
「帝宮魔導士エイグリッヒ・ベイルリッテ様が当時発案したばかりの転移の魔法で援軍を間に合わせ、都市壊滅を免れたんですよ」
「エイグリッヒさん………」
思わぬ人物の登場に驚くヨミヤ。そんな彼の隣では、ハーディが懐かしそうに微笑んでいた。
「援軍の到着で戦争は勝利に終わる―――はずだった」
「………はずだった?」
「そう。―――終わるはずだったんですよ」
ピタリと、カップを揺らす手を止めたナーガマ―は、やがて、コーヒーを飲んだ。
「両軍が疲弊しきった戦争終盤………奴は現れた」
ハーディはコーヒーを飲んでいるナーガマ―の代わりに語り部を引き継ぐ。
「特殊強化魔獣『無窮乖離』ウーズ・ブレーク」
ハーディの言葉に、ナーガマ―も―――その名を口にしたハーディすら眉をひそめて居た。
「―――突如として現れた災害のような魔獣が都市を襲ってね。都市は致命的打撃を受けた」
「………」
理不尽な強さを誇る怪物―――『特殊強化魔獣』。
ヨミヤの脳裏に、なぜか奈落で出会ったロックリザードと、坑道で戦ったスケルトンが想起された。
しかし、脳内の怪物たちを無言で振り払い、ハーディの言葉に集中した。
「ま、その場にエイグリッヒもアタシも居たから結局は何とかなったんだけど」
「そうですね。―――街の住人として、エイグリッヒ様にもハーディ様にも感謝してもしきれません」
「いいのよ。―――それに、あの出来事の『本質』はソコじゃないでしょ?」
「―――ですな」
「………?」
疑問符を浮かべるヨミヤに、ハーディは語って聞かせる。
曰く、『ウーズ』は獲物を捕食し、肥大化成長を遂げる。
曰く、『ウーズ』は多くの獲物を取り込む前に、その鈍重な動きのせいで討伐または他の魔獣に捕食される。
しかし、当時の戦場には、死体が大量に転がっていた。
「まさか―――」
「そう、その『ウーズ』はね、取り込んだの。数万にも達するほどの死体を」
結果、『特殊強化魔獣』と呼ばれるまでに肥大化した『ウーズ』は誕生した。
「結果論として討伐できたものの、今でも魔法都市は『戦争』によって引き起こされた悪夢を忘れぬよう、毎年犠牲者を追悼しているのですよ」
「ま、今年は二十年の節目らしいからいつもより盛大に式典をやるみたいね」
「………なるほど」
そんな中身のないことしか言えなかった。
あまりに皮肉が利きすぎていた。―――魔族も自らが滅ぼされぬよう戦ったのだろう。人類も身を守るために戦ったに過ぎない。
その結果が、さらなる悪夢を招いた?
「………」
「………いいのよヨミヤ君。もう終わったことなの」
気づけば、隣まで来ていたハーディが、ポンポンとヨミヤの頭を軽く叩いていた。
「正直、そこまで真剣に聞いて貰えると思わなかったわ」
ヨミヤが下から見上げたハーディは困ったような笑みを浮かべていた。
「ホント………優しいわねぇ」
「………優しくなんかないですよ」
「ふふっ、『優しい』って勝手に思い込んでおくわ」
「………」
まるで息子に微笑む母のように笑うハーディ。
「そこまで真剣に考えてもらえたのなら、私たちはそれだけでいいですよヨミヤ君」
ナーガマ―も、ヨミヤの様子に穏やかに笑っていた。
そんな二人から、ヨミヤは恥ずかしそうに顔を背けた。
閲覧いただきありがとうございます。
個人的に思うのは、体験者から聞く戦争の悲惨さは、とても心に来るということです。