名案
家々に火を放たれている事が幸いし、夜でも周囲がハッキリと見える。
行く手にはスケルトン一匹。それ以外、近くにモンスターの姿はない。
だが、この状況でもクロムは踏み出せないでいた。
「クロお兄ちゃん……シア、怖いよぉ……」
「大丈夫だよ、リシア。僕がついてるから」
クロム一人ならスケルトンの目を盗んで柵を越えられただろう。しかし、背にはリシアが居る。
いくらリシアが幼くて軽いといっても十四歳のクロムが子ども一人背負って行動するには動きに限界がある。
リシアを隠れさせて戦うという選択肢も考えたが、そもそもスケルトンなんて見るのは初めてでどうやれば倒せるのかなんてわからない。
別の退路を探すとなると複数のモンスターに出会すリスクがある。
この状況下でクロムが最善だと思ってとった行動は――。
「よく聞くんだ、リシア。骨の奴があの場所から離れたら、ここから真っ直ぐ進んだ所にある草むらへ走るんだ。柵の隙間を潜り抜けられるし、草むらも前に僕と遊んだ場所だから行けるだろ?」
リシアを背から下ろし、指をさして教える。
「う、うん……でも、クロお兄ちゃんは?」
「僕は骨の奴をひきつける」
「シア、クロお兄ちゃんと一緒がいい。一人は嫌」
「大丈夫。すぐに合流するから。だから、僕が言った事をちゃんとやるんだ」
「……うん」
自分が囮になって先にリシアを逃がす作戦。リシアさえ逃がせて自分一人になればどうにでも出来るとクロムは考えたのだ。
「それじゃ、僕は行くよ」
「うん……」
暗い表情のリシアを尻目にクロムは布を取り払った短剣を握り締め燃え盛る家を挟んだ先へ警戒しながら向かった。
位置につき家の陰からスケルトンの同行を覗き見ると左右へ定期的に顔を向けているのが見てとれた。
「やっぱりアイツは村人を逃がさないようにする為の見張りか」
一度顔を引っ込めたクロムは周りに使えそうな物がないかと物色する。
水が入った樽が二つ、十メートル程のロープ、錆びた鍬、薪の束、干し藁。どれも村では常備している物ばかり。武器と呼べる物は持っている短剣と錆びた鍬くらいのものだった。
クロムは考える。
気を引くだけならまだしも、戦闘になった場合に短剣や鍬で戦ったとして勝てるかどうか。そして、短剣や鍬はスケルトンに有効なのかを。
導き出した答えは否。
戦闘経験の無い自分がどんな武器を持っていたとしても真っ向勝負では勝てないと判断した。
ならば、どうやって気を引いた上で直接的な戦い避けて村を出るかをもう一度考える。
「そうだ!」
クロムは頭に過ぎった記憶から名案を思いついた。
村の住民は生計を立てる為に時折狩りに行く。その狩りにクロムは何度もついて行った事がある。
狩りといっても大半は罠を仕掛ける仕掛け猟。ここでそれが生きた。
猟で仕掛ける罠なら大抵の物はクロムにも作れる。その罠をあり物で工夫するのなんて造作もない。
いつだって村の住民は工夫して生きてきたから。
隠れている家の倒壊が始まる。これ以上考えている時間はない。
クロムは名案に賭けて行動に出た。
短剣で樽の一つに三箇所の穴を開けて水を抜く。穴の位置は上に一つ、下の左右に一つずつ。
下方の穴にロープを通して結び付け通路の真ん中へ置き、ロープの反対側の端を持って隣の家の軒下を潜って持っていたロープの端に鍬を括り付けて燃えている家側の地面へ突き刺す。
ロープは弛ませておくのがポイント。そしてこの罠が失敗した時の為に予備の罠を作る。
まだ火が回っていない隣の家の中へ入って入口正面にある階段の段差を薪で埋めてスラロームを作り、水が入っている樽を横倒しにし転がして二階へ昇った所へ移動して転がり落ちて来ないように薪を一本挟んでおく。一階へ戻り左右の断つべく家の中にあった家財を積み重ねた。
予備の罠を作り終えたクロムは元に位置戻って作戦を開始。
干し藁を燃やして薪の一つに火を付けて松明代わりにし、それを持ってスケルトンの目に付くようにする。
スケルトンが居る通路へ飛び出して火のついた薪を振りアピールをした。