イレイザー
多くの人々が住まう町からそう遠く離れていない森の深部。
飛び散った血液が草木を濡らし、血液の持ち主だった複数のオークは無惨な姿で倒れて息絶えている。
オークどもの息の根を止めた男は地面に転がるオークやそれらに死の淵を垣間見せられた冒険者達に目もくれず、ただ目的の物がある場所へ向かって歩を進めていく。
偶然にも窮地から救われたこのパーティーのヒーラーを担っている少女が過ぎ去ろうとする男を呼び止めようとする。
「あ、あの……待って下さ――」
少女が言い切る前にパーティー内で一番経験を積んでいてリーダーを務めている剣士が手で少女の口を塞いだ。
「やめておけ」
「で、でも、私達はあの人に助けられたんですよ? お礼くらいしないと」
「助けられたわけじゃない。俺達はたまたまアイツの通り道に居ただけだ」
「お知り合いですか?」
「お前、アイツを知らないのか?」
「はい」
ヒーラーはつい最近、冒険者になってパーティーにも加入したばかり。情報不足のヒーラーへ剣士は冒険者にとって知っているのが普通になつつある事を教える。
「アイツをよく見て頭に叩き込んでおけ」
「はい」
既に後ろ姿となっている男の情報を剣士が口頭で補足していく。
「暗闇でも目立つ銀髪。左目だけだが、魔の者と契約を交わした証である真紅の瞳。一見細身だが、引き締まった肉体と動き易さを重視した軽装。背丈は高く、歳は二十前後の青年。アイツはイレイザーだ」
「イレイザー?」
「イレイザーというのは通称だ。アイツは目的の為なら手段を選ばない。邪魔するものはそれがモンスターであろうと人間であろうと表情一つ変えず全て排除する異常者だ」
「全てを排除する異常者……イレイザー」
進んで命を救ってくれたと思っていたヒーラーは剣士から聞いた情報と先の戦闘の残骸を目にし、イレイザーを見る目が尊敬から恐れへと変わっていった。
恐れや敵視されるのには慣れている。彼がそれをなんとも思っていないのは他の者に対して無関心だから。
◇
小さな山の麓の村。後にイレイザーと呼ばれる事なる少年クロムが生まれ育った村だ。
穏やかで村人も優しい人ばかり。良き両親や村人に囲まれてクロムは幸せに包まれていた。
クロムが十歳の頃、更なる幸せが訪れる。
妹リシアが生まれたのだ。家族が一人増えた事にクロムは嬉しさが込み上げてきた。
「大きくなったら一緒に遊ぼうな、リシア」
リシアが生まれてからクロムはいつだってリシアの事を気にかけ、毎日のように話をする。
山へ足を向けた日にも。
「今日は山で木の実を沢山とってきたんだ。リシアも欲しい物があったら遠慮なく言って。僕が必ずとってくるから」
おつかいで町へ行って町の子どもと喧嘩して顔を腫らして帰ってきた日にも。
「安心して、リシア。僕は誰にも負けない。僕は強くてかっこいいお兄ちゃんになるって決めたから」
嵐の日にも。
「大丈夫、怖くないよ? どんな事をしてでも僕がリシアを守ってあげるから」
来る日も来る日もクロムはリシアと話をして四年が経つ。
リシアはすくすく育ってこの頃にはクロムにべったり。
どこへ行くのも何をするのもクロムと一緒。
幸せに満ち溢れた日々。
しかし、その幸せは唐突に終わりを迎えた。
夜中に響き渡る半鐘。非常時に鳴らす鐘の音だ。
クロムが気付いて窓から外を確認した時には地獄絵図だった。
知能を持ったモンスターが率いる群れが村を襲っていた。
家々は焼け、村人は陵辱されるか食い殺されている。
その光景の中に両親もいた。
「お父さん……お母さん……」
今にも気が狂ってしまいそうな光景を目の当たりにする。
両親は居なくなった、次は自分かもしれない。そう思うと恐怖で体が震え足が竦むがそれはすぐに取り払われた。
「クロお兄ちゃん……」
一緒に寝ていたリシアが起きてきて泣きそうな顔をしてクロムの服をギュッと掴んで震えていた。
クロムの頭にいつかリシアへ話した言葉が蘇る。
『どんな事をしてでも僕がリシアを守ってあげるから』
クロムは恐怖を捩じ伏せ、リシアの手を取ってキッチンへ向かい、床板を開けて地下収納へとリシアを入れた。
「いいかい? リシア。僕が戻って来るまで絶対に声を出したり、ここを開けちゃダメだぞ」
「クロお兄ちゃんは?」
「さっき、外を見た時にモンスターと戦ってる人達がいたんだ。その人達に助けてってお願いしてくる」
「シアも一緒にいく」
「ダメだ。いくらリシアのお願いでも、危ない目に遭うかもしれないからこのお願いは聞いてあげられない」
「ヤダ! シアも一緒にいく!」
「頼むから言う事を聞いてくれ。お父さんもお母さんも居なくなって、僕が残された家とリシアを守らなくちゃいけないんだ」
大粒の涙を流して説得するクロムの必死さにリシアは地下収納へ体を丸めてすっぽりと収まると小指を立てた手を突き出してきた。
「シア、クロお兄ちゃんの言う事聞く。だから、絶対戻ってきてね? 約束」
「うん、絶対戻ってくる。約束だ」
指切りをした後、床板を閉めたクロムはモンスターに見つからないように物陰等を上手く使って、窓から見えたと思われる人達の所へ辿り着いた。