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君に会いたい

作者: 山村


 県内最大の生徒数を誇るマンモス校・西涼学園高校の文化祭、通称“西涼祭”は地域の祭りをも凌駕するほどのものとなる。案内パンフレットだけでも一センチほどの厚みがあるくらいだ。

 俺の所属するボランティア部は例年通り数日間に渡る西涼祭の校内案内をすることとなる。

 県内最大の生徒数を誇る我が校は大きくて広く、そして何故かは分からないが普通の学校と比べると迷路のような複雑なつくりとなっている。パンフレットの案内図通りに進んでも迷うこと必至。故に俺らは大活躍するのだ。因みにそんな俺らボランティア部の一年生が真っ先にやらされるは校内探検による校内の把握である。

 閑話休題。そんな複雑な構造だからこそ“案内係(ボランティア部)”と書かれた腕章を見て結構話しかけてくれる人は多く午前中だけでもくたくただった。


「あのー、すみませーん」


 声を掛けられ振り返るとメイクをして派手な見た目の女の子が俺を見つめていて、所謂ギャルだ。着崩している制服はこの学校のものではない。どこの学校かは分からないが、まぁ俺に声を掛けるということは大抵が校内案内を必要としている人なのだから十中八九この学校の生徒ではないだろう。

 俺は努めて明るく笑顔で返事をする。


「どうしました?」

「キミ、案内係だよね? 案内してよ」

「どこまで案内しましょうか?」

「全部!」

「全部?」


 突飛な回答に思わず目を剥く。期間内に全部の出し物を見て回るなんてディズニーランドのアトラクションを制覇するより難しいと言われているんだぞ。


「アッハハハ! 顔面白いことになってるよー」

「そりゃあ全部って言われたらなぁ……」

「それもそっか」


 一頻り笑うと猫のような丸い目を細めてデコレーションされた人差し指の爪を俺に向けた。


「じゃあキミのオススメに連れてってよ」

「……分かったよ」


 お勧めと言っても毎年催し物が違うのでどれが良いかなんて分からない。素直にそう言うと彼女はまた声を上げて笑うと再び嬉しそうに目を細める。


「じゃあ一緒に色々見て回ろーよ」

「一人で回ればいいじゃん」

「キミは困ってる女の子を放っておくの!?」

「……分かったよ」

「やったー!」


 渋々。本当に渋々だが、暇人に付き合ってやることにした。これも困ってる人の手助けだと思って。


 友達にするように案内してほしいと言う彼女に案内係の腕章を奪われ、渋々リクエストに沿うこととなった。

 彼女はテンションの促すままにいろんなことを話してくれた。ずっと憧れだった西涼祭に来ることが出来て興奮していることや甘いものが大好きだからクレープやタピオカが食べたいといったことなど。


「うっそ! 同い年なんだ。じゃあ敬語は要らないね!」

「最初から使ってなかっただろ」

「細かいことは気にしなーい!」


 テキトーを絵にかいたような女の子だが、それが好ましかった。

 それから俺らは気分の赴くままに様々な出し物を回った。

 俺がタピオカを喉に詰まらせかけて彼女に背中を叩いてもらって危機一髪助かったり、クレープ屋をはしごしたり、写真部の展示作品の美しい景色に二人して感動したり、写真部の熱々のたこ焼きで彼女が舌を火傷したり、ゴルフ同好会のパターゲームで、ゲリラ的に行われている百人一首&カルタ大会の札を必死に探したり。本格的なお化け屋敷で彼女に抱き着かれて正直ちょっとドキドキしたのは内緒だ。

 彼女はよく食べよく動きよく笑っていた。彼女につられるように俺も沢山食べて動いて笑った。中でも意外だったのは彼女は涙もろく演劇部のヘンテコな内容の劇で泣いていたことだ。



『皆々様、本日は西涼祭初日にお越しいただきありがとうございます。明日もぜひ西涼祭にご参加ください』


 代わるがわる一日中ラジオを流し続けていた放送部による初日終了のアナウンスが流れ、時間も忘れて学園祭を楽しんでいたことに気が付いた。


「今日はすっごい楽しかった~」

「楽しんでくれて俺も嬉しいよ」

「君は楽しかった?」

「ああ。すごい楽しかった」


 彼女に呼応するように俺も笑う。出し物の三分の一も回れていないがそれでも充足感のある半日であった。腹がよじれるほど笑ったし、いつもならば大して感動しないようなものにも感情を揺さぶられた。財布の中身も半分になってしまったが、それでいい。

 嘘やお世辞ではなく。小学生の頃から西涼祭には通っていたがそれでも、今までで一番楽しい西涼祭だった。


「コレもありがとね」


 目を細める彼女の左腕にはレジンとビーズで作られた可愛らしいブレスレッド。雑貨屋をやっているクラスに寄った際に彼女が見つめていたのでプレゼントしたのだ。相当ほしかったのか今も嬉しそうにブレスレッドを見つめている。

 こんなに嬉しそうにしてくれるのであればプレゼントした甲斐があったというもの。


「そだ。コレ返すね」


 俺の手に腕章を乗せる。そういえば彼女に取られたままだったのを思い出した。

 彼女のようなお所謂ギャルの子とこんなに仲良くなるなんて思ってもみなかったので実に新鮮な半日だった。


「今さらなんだけどさ、キミ名前何?」

「えっ! ああっ!」


 そういえば彼女の名前を聞いていなかったことに気がついた。お互い名前も知らないのにあんなに楽しい時間を過ごせたのは凄いことだ。これも祭りのテンションなのだろうか。またしても二人で笑い合った。

 最初は渋々だったのに、今はこんなにも名残惜しい。理由には気づかない振りをして。

 俺はこの後クラスミーティングがあるからと、送れるギリギリラインの校門の前で気になったことを尋ねた。


「そうだ。明日も来るのか?」


 俺の質問に彼女は気まずそうに眉を八の字にする。この表情で察せない程俺も鈍感ではない。


「……もう来れない」

「そう、なのか……。ま、まぁ仕方ないよな。授業とか色々あるもんな。でもさ、別にもう会えなくなるわけじゃないし、また会おうぜ」


 予想通りの回答に俺は下手くそなフォローをすると彼女は力なく笑った。また会おうって言ってほしかった。


「? どうし……!?」


 すっと顔を伏せたかと思うと次の瞬間にはバッと顔を上げる。目力のある迫力のある顔だ。


「キミ! 結構アタシのタイプ!」

「はいぃ!?」

「じょーだんだよー!」


 そう言うと大きく笑って手を振りながらそのまま走って行ってしまった。あっけにとられたが俺も大きく手を振り返した。


「ありがとね」彼女の声がすぐ耳元で聞こえた気がした。


 クラスミーティングの前に今日の活動成果を報告するためにボランティア部に寄った際、後輩に話しかけられた。


「そういえば先輩。いつもなら初日から案内係やるのに今日は一人で行内回ってたんですね」

「ん? いや、女の子を一緒に回ってたよ」

「え? 他の人からも聞きましたけど先輩ずっと一人だったらしいじゃないですか」


 彼女の一人でも作った方がいいですよ~。といういつもだったらお前が言うなとツッコミを入れている後輩の冗談も俺の耳には届いていなかった。ただただ俺は今日一人で過ごしていたという事実を理解しようと必死だった。



 後日調べて知ったのだが数年前の西涼際の日に小学生の女の子が交通事故で死んでいたそうだ。西涼祭に行くの途中でのことだったらしい。当時俺も同じく小学生だった為あまり記憶に残っていないが親が執拗に学校の送り迎えをしていたのは覚えている。

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