港町カンデラで目立ちたくない⑤
港を出た船の中では緊張感が走る。
優秀な生徒達とはいえ、やはり実戦となると違うものだ。
船の中といえどもそれほど広くない。
サンドラは近くで海を眺める少女ロゼッタに話し掛けた。
「ロゼッタさん、でしたか?貴方も相当な魔導師かと思いますが今回のような魔物討伐は初めてですか?」
「ああ、貴方は……サンドラだったわね。……こないだは冒険者如きだなんて言ってしまって……ごめんなさい。」
何か心変わりでもあったのだろうか。
それともジリアンの教育がなされたのか。
どちらにせよ謝罪してきたのであればサンドラは受け入れるつもりだ。
「お気になさらず。アタクシも不躾なお願いをしてしまったものですから。」
そこで会話は終わるかと思えたが、ロゼッタは何か聞きたい事でもあるのかチラチラとサンドラの方を見てくる。
「サンドラ、貴方は冒険者のランクで言うとどのランクなの?」
しまった、と思ったがもう既に遅い。
サンドラはこの国での冒険者ランクというのを調べてなかった。
特級と答えてもいいが、この国の評価制度が違うのであれば怪しまれるだろう。
「ああ……そう、ですね。ちなみにロゼッタさんから見てどの程度だと思われますか?」
「んーそうねぇ、ジリアン先生に挑もうとするくらいだし、一級……いやその上の英雄級ってのも有り得るわね。」
なるほど、とサンドラは頷く。
背中には冷や汗が流れているが、これで一つ分かった。
特級の位置にあるのは英雄級というランクらしい。
しかし名前からしてかなり有名な者ばかりが手にしていそうなランクである。
バカ正直に言ってもいいが、目立つ行動を避けたいサンドラは誤魔化す事にした。
「ロゼッタさんは人を見る目がありますね。本音を言えばランクは秘密にしてあります。いらぬ諍いを避ける為、といいますか。やはりアタクシがジリアン様に挑もうとしたように、無謀な輩が突っかかってくるものですから。」
「へぇ、意外とそういうものなのね。てことは少なくとも一級以上でしょうね。それなら今回のクラーケン討伐も役に立ちそうじゃない。」
「ええ、もちろんです。海の上という事は一面至る所に水がありますし、青色の属性を得意とする者が本領を発揮できる場でもあります。」
適当な事を言ったつもりはないが、ロゼッタは感心したように頷いている。
どうせなら冒険者について、もう少し聞いておきたい所だ。
「ロゼッタさんは冒険者の事をどの程度知っていますか?アタクシは自分の事以外あまり興味がなかったので冒険者事情に疎く……。」
「アタシも昨日ジリアン先生に注意されて、友人に聞いたのよ。冒険者の中でも英雄級ともなれば宮廷魔導師と同レベルの魔法を使えるそうよ。」
という事は宮廷魔導師というのは自分と同程度の実力者ばかりなのか、とサンドラは危惧する。
「でもね、これはフェイル……ああ、アタシの同じクラスメイトから聞いたんだけれど、英雄級の更に上、神話級と呼ばれる冒険者は格が違うそうよ。」
「格が違う、というのは?」
「言葉通りの意味よ。アタシもよく知らないけど、神獣すらも単独で屠る化け物だそうよ。」
神獣を単独で屠るなど、サンドラには口が裂けても言えない。
特級冒険者といえども神獣というのは別格の相手だ。
何人もの特級冒険者がいてなんとか倒せる、かもしれないような相手である。
「アタクシもその神話級と呼ばれる冒険者と会ってみたいものです。」
「各地を転々としてるみたいだし、アタシもよく知らないわ。まあ冒険者やってたらいつかは何処かで会えるかもね。」
「なぁにぃ?冒険者に興味あんの?」
冒険者の話に夢中になっていて気付かなかったが、すぐ近くにジリアンが来ていたらしい。
「ええ、神話級と呼ばれる冒険者に少し興味が湧きまして。」
「あーアイツらかぁ。会わないほうがいいかもなぁ。三人の内二人は人格破綻者だし、もう一人は人との接触を嫌うから会うのは難しいと思う。」
そんな化け物が三人もいる事に驚いたが、人格破綻者というのはどのレベルだろうか。
エーリンも大概変わり者なのだが、その程度であれば問題はない。
それ以上となると接触は控えた方がいいだろう。
「凶神と荒神って二つ名で呼ばれてる二人は気を付けた方がいいぜ〜。本物の狂人だからさ。」
「人殺しを厭わないとか?でしょうか?」
「似たようなもんかな。逆らう者は誰であろうと牙を剥くのが凶神。戦う事が三度の飯より好きなのが荒神。って覚えておけばいい。アンタみたいな腕の立つ冒険者が近寄ればそれこそいきなり戦闘が始まってもおかしくないかもね〜。」
聞けば聞くほど厄介そうだ。
出会わない事だけ祈っておこう。
「皆さん!そろそろクラーケンが現れた海域です!ご準備をお願いします!」
会話に割り込む形で船員が駆け寄ってきた。
さて、ジリアンの実力を測る時だ。
どの程度なのか……サンドラは楽しみで身体を震わせる。
「で、出たァァァァ!!!」
先程の船員が悲鳴を上げ船を停止させた。
例えクラーケンを討伐出来たとしても船が壊されれば、乗っている者達の命はない。
船を守る事は最優先事項だ。
すぐさまジリアンは船を守るように結界を展開させた。
ロゼッタや他の生徒も足元に魔法陣を展開し戦闘に備える。
突如船体を揺らす程の衝撃が伝わり、サンドラは少しよろけた。
上を見上げればジリアンの結界を激しく叩くクラーケンの足が見えた。
吸盤一つとっても人間の顔を同等のサイズであり、全長はとてつもない巨体であることは想像できる。
そのうち何度も叩きつけていたクラーケンは痺れを切らしたのか、水面から頭がヌッと現れる。
ギョロッとした二つの目玉はサンドラ達を睨みつけていた。
「頭が出てきたぞ!!総員攻撃開始!!」
「穿つ電撃の一矢!」
「火炎放射!」
「精霊の刃!」
ジリアンの合図と共に生徒達は各々得意な魔法を撃ち込んだ。
だが悲しいかな生徒の二人は剣を構えたまま棒立ちであった。
恐らく魔法での戦いより剣を扱う方が得意なのだろう。
しかし三人の学生が放った魔法は全て中級魔法。
当たり前のように中級魔法を放てる技量の高さは流石ジリアンの生徒と言えるだろう。
三属性の魔法をその身に受けたクラーケンはほんの少し仰け反ったが、それだけであった。
無傷のクラーケンの双眸は船上にいる者全てを睨みつける。
先程違うのは、怒りを露わにしている事だけであった。
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