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虹色魔導師は目立ちたくない  作者: プリン伯爵


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軍事施設でも目立ちたくない④

疲れる。

毎度の事ながら兵士の総入れ替えは面倒だ。

ミネルバにとって兵士の総入れ替えというのは面倒でしかないイベントの一つであった。



一年に一度、幹部クラス以外の兵士を法皇庁に務める者と入れ替える。

表向きは軍事機密を握られないようにする為、と言うが実際のところ、法皇庁からの監視である。


バグラム要塞の総指揮はミネルバにあるが、それ故に万が一ミネルバが謀反を起こせば甚大な被害が出るだろう。

それを防ぐ為に法皇庁は毎年人員の入れ替えを行っている。

もちろん入れ替える人員の中にはアザトースの息が掛かった者も含まれていた。



そんな面倒なイベントも終わりを告げ、ミネルバは事務仕事を終わらせる為自室へと向かう。

道中の廊下ですれ違った末端の兵士が憧れの目線を向けてくるがもう慣れたものだ。



ミネルバは司令官の立場にあり、バグラム要塞という巨大な軍事施設のトップである。

それ故に末端の兵士は憧れ羨望の眼差しを向けてくるのだ。



自室へ辿り着く頃には複数の部下が自分の後ろを歩き色々と言葉を投げ掛けてくる。

中には指示を仰ぎたい部下もおり適当に返事をする。



部屋へ入り椅子へと腰掛けるとやっと一息付けた。

今日は軍議もある。

あれはとても面倒なのだ。

法皇庁の連中は今すぐにでも別大陸へと攻め込むべきだと主張するが、それは時期尚早に思える。


何よりまだ兵器の類いが完成していないのだ。


それに今回の軍議にはアザトース自ら出席するというではないか。

今まで滅多に出席した事などないにも関わらず一体何のつもりなのか。

まあしかし予想は付く。


あの精鋭と呼ばれたアザトース子飼いの部隊、殲滅機関ヴリトラが任務に失敗したと聞いている。

恐らくそれが原因で何処か思う所でもあったのだろう。


「はぁ、法皇庁の奴らも無茶を言ってくれる……。別大陸へ攻め込むのを早めるだと?ふざけた事を。あちら側の戦力も把握出来ていないのにリスクが大きいのが分からんのか?クソっ!」

ついつい大きな独り言が漏れた。

相手の事を良く知らずに攻め込むなどとよく言えたものだ。

法皇庁の連中は戦いとはなんたるかを理解していない。

それがまた腹が立って仕方がなかった。


「戦艦もまだ三番艦までしか出来ておらんのに、せめて五番艦まで完成してから攻め込めばまだリスクは減らせるのだがな。」

独り言が収まる気配がない。

どうもイライラが募ると独り言を溢してしまうのはミネルバの悪い癖だ。


戦艦が五隻完成した暁には十分な戦力を保有していると言ってもいいだろう。

だがまだ三隻しか完成していない。

一隻でもかなりの戦闘能力を持つが、やはり念には念を入れた方がいいはず。


今回の軍議も荒れる事になるだろうとミネルバはまたため息を吐いた。



独り言も収まり、さあ書類仕事を終わらせるかと手を動かしたその時、手元の通信魔道具が光った。

また何か面倒事かと耳元に当てる。


「なんだ?」

「少しご相談したい事があると、研究棟の者が玄関口まで来られておりますが。」

「ちっ、すぐに行くと伝えておけ。」


研究棟の者、それもまたミネルバの悩みの種である。

研究者というのは厄介な人種だ。

どんな物事より研究を優先する所が気に食わない。


ただ相談事と言われれば出向かない訳にもいかず、イライラしながらも席を立ち部屋を出た。




部屋に戻って来たのはそれから20分程経った後だった。

相談といいながら結局のところ、研究費をもう少し増やせないかというしょうもない陳情であったのだ。

そんなもの経営部門と相談しろと一蹴してやりたかったが、総責任者は自分である事を思い出し面倒ながら適当に相手をしておいた。



やっと落ち着ける、そう思いながら椅子に腰かけ背もたれに身体を預けたミネルバだったが、何となく部屋の中に違和感を覚え、辺りを見回す。

しかしこれといって何もない。

ただ何となく本棚の辺りが気になり、見つめる。


「ん?本棚にこれだけの隙間があったか?」

数秒見つめた後、疲れているからか本がいくらか減っているように見えたが、気のせいかと無理やり納得させ書類仕事に取り掛かった。





数時間は経っただろうか。

集中しすぎて覚えていないが、いきなり鳴り響いた警報の音で、書類を食い入るように見ていてもたれた頭を上げた。


施設内に鳴り響く警報は何か緊急事態が起きた証でもある。

また面倒なと舌打ちを一つ零し、席から立ち上がった。



扉を開けると慌ただしく動き回る兵士が目に入った。

何があったのか聞こうと近くを通りがかった兵士を呼び止めると、この施設内に侵入者が現れたそうだ。

なかなか命知らずな侵入者もいたものだと更に話を聞くと、銀髪の女らしい。

銀髪というのも珍しいが、侵入者が女と言うのも珍しい話だ。


興味深いと思ったが、まず脳内を刺激している、けたたましく鳴る警報をどうにかするように伝えその場を後にした。



ミネルバが向かったのは地下だった。

侵入者といえどもここには簡単に入る事は出来ない作りになっている。

それどころかミネルバ以外は数人しか立ち入る事を許可されていない場所だ。



堅牢な扉の前で棒立ちになると、いつものように手を認証魔道具に翳す。

ゆっくりと開く観音扉を見つめ、完全に開いたのを確認しミネルバは歩を進めた。



左右にはガラスの筒に入れられた作りかけの実験体がいくつも置かれている。

しかしミネルバの目的はソレではない。


真っすぐに歩き続けやがてある部屋の前で足を止める。


ガラス張りの壁の向こうには裸の女がいた。

ただ普通の者であれば別の意味で目を背ける事だろう。


その女は身体中に紋様が刻まれている。

さながら全身タトゥーをしているようだった。



「ソフィア、お前の出番は近い。ローブを纏い部屋から出て来い。」

ミネルバが声を掛けると不思議そうに首を捻ったが、しばらくすると支度を始めた。

不思議そうに首を捻るのも理解できる。

そもそもソフィアを外に出す事など今回が初めてなのだ。


彼女は唯一といっていい、ある実験の成功例である。

そんな貴重な被検体を外に出すなど、研究者がここにいれば烈火の如く怒った事だろう。

しかし今はミネルバしかいない。



ソフィアにも侵入者探しを手伝わせる事にする。

そうすれば最も効率的に索敵する事が出来るだろう。



何せ彼女はある実験の成功例、この大陸唯一の虹色魔導師なのだから。



ローブを身に纏い、顔を見られないよう深く被ったフード姿のソフィアが部屋から出てきた。

ミネルバを見つめ、その後辺りを見回す。


部屋から出たのが初なのだからこの反応は当たり前といえる。



しかしそのソフィアが一点を見つめてボーっとしていた。

何かあるのかとミネルバもその方向を見たが何もない。



ただソフィアはその方向を指差しこう言った。

「その人もミネルバの知り合い?」

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