魔神が現れても目立ちたくない①
紫色の服を纏った女性はゆっくりとアルビスらに近付く。
身体から漏れ出る魔力は到底人間とは思えなかった。
この場にいる全員が殺される、と感じ取れる程に力の差は歴然だ。
「ねぇ、名前は?私を外に出してくれたのだから相応のお礼をしようかなって。」
「……アルビスだ。」
「アルビス……ふぅん。そうね、お礼は何が良いかしら?私の支配領域まで来てくれたら好きな物をプレゼントするわよ?」
さっき地下で殺そうとしていた癖に、とは言わなかったが顔に出ていたのかヘラが申し訳無さそうな顔を見せる。
「ああ、もしかしてさっき私が殺そうとしたのを怒っているのね?ごめんなさい、私もお腹が空いてたからつい……ね?」
「じゃあ礼に俺達を見逃してくれねぇか?アンタをあそこから出してやったんだ、それくらいはいいだろ?」
「別に構わないわよ。でもそんなものでいいのかしら?この私を助けたのよ?もっと良いものを言いなさいな。」
「……支配領域って言ったな。それはどこにある?」
「魔界よ。」
魔界と聞いて一瞬でも着いていこうかと考えた自分が愚かだと気付いた。
魔界に関しては人間が立ち入る場所ではないと昔から言われている。
いくら十悪の彼らが各所で悪事を働くとしても魔界にだけはノータッチであった。
「魔界なんて俺らには過ぎた場所だ。アンタだけで行ってくれ。」
「あらそう?私を助けたという対価はとても光栄な事よ?魔界にこればそれなりの地位が与えられると言うのに。」
それを聞くとなんとなく惜しい気もするが流石にアルビスと言えども人の身を辞めるつもりはない。
「じゃあそうだな……この城を覆ってる天球ってやつを壊してくれねぇか?流石に俺らじゃ突破できなくてな。」
「そんなんでいいの?……ああ、昔勇者が作った代物か……ふん、忌々しい。」
空を見上げたヘラは憎しみを込めた声を放つ。
どうやら天球の事はある程度知っているようだ。
「まだこんな物が残っていたのね。あれだけ破壊してやったというのに。いいわアルビス、あれを壊して差し上げましょう。」
「ま、待て!貴様そもそも何者なのだ!ここは帝城だぞ!!」
ヘラが手を空に掲げようとしたその時、割って入ったのはアインだった。
いくら敵わないであろう者でも何もせず見ている訳にもいかない。
瘴気に顔を歪めながら、ヘラに対峙した。
「貴方は誰なのかしら?」
「帝国十二神が一人アインだ!とても敵わないであろうがここは我らが守る地。好き勝手される訳にもいかぬ!」
「ふぅん、いいわよいらっしゃい。私もさっきいくらか腹を満たしてきたからそれなりには魔法が使えるわ。」
いくらか腹を満たす、それは城内にいた人間を殺してきた事を意味する。
それが分かったのかアルビスは嫌そうな顔をした。
「最初から全力でゆく!!這い寄る混沌!」
アインが魔法名を唱えると、すぐそこにいるはずなのに気配を感じられず姿も見えなくなってしまった。
十二神はそれぞれ隔絶した力を持つと聞いていたアルビスだが、まさか目の前にいるのにいきなり気配も姿もなくなる魔法を使えるとは思わず少し吐息を漏らした。
「あら、何処に行ったのかしら?さっきまでそこにいたのに。」
ヘラも見失ったようで辺りをキョロキョロ見回している。
アインが使う魔法。
ほぼアインだけが使える魔法とも言えるものだが、アサシン一族の長だけが使える魔法を行使したのだ。
能力は気配遮断。
姿も気配も殺気すらも消してしまえる暗殺者向きの魔法と言える。
長と次の長になる者だけにしか教えられない伝統魔法であり、いくら闇属性に秀でていても使えない特殊な魔法だ。
アインはその魔法を使い瞬時にヘラの後ろへと回り込んだ。
いつもであればそこからナイフを投げるか首を掻っ切るかして殺すが、相手は異様な瘴気を放つ存在。
出来ることなら近付きたくはないアインは少し距離を取って次の魔法を唱えた。
「死を司る死神の鎌!」
相手の命を刈り取る魔法はヘラへと真っ直ぐ飛翔し首を刈り取る。
はずだったが、ヘラに当たると同時に死の刃は砕け散った。
「そこにいるのね?ふふふ、まさか闇属性魔法を使うなんて……私の事を本当に知らないのね。」
ヘラはアインがいる方向に手を向けると、魔法を発動する。
「死になさい死刃。」
音速で飛ぶ刃はアインがいた場所のすぐ後ろにある壁を切りつけ大きな傷跡を付けた。
「ぐぁああ!!」
うめき声が聞こえたと思うと、ヘラが魔法を放った方向にアインが現れた。
片腕を地面に落としたまま。
「あら、外したわね。やっぱり見えないってのはずるいわ。本当だったら首と胴体が分かれていたのに。」
ヘラはそんなアインを見て残念そうに溢す。
アルビスは本当に敵対しなくてよかったと胸を撫で下ろした。
「拙者の魔法が……何故掻き消える……?」
「そんなの当たり前じゃない。私はこれでも魔神よ?同じ闇属性の魔法が通用すると思ったのかしら?」
「ま、魔神だと?どういう事だ、何故ここに現れた!」
「ん?貴方何にも知らないのね。もしかして私がここに封印されていた事も知らなかったの?」
ヘラはアインに説明する。
ここに長きに渡り封印されていた事、その封印をアルビスらが解除した事。
黙って聞いていたアインだったが、次第に悲壮な顔を見せる。
「そんな馬鹿な……城の地下に魔神を封印だと……何を考えておられるのだ陛下は。」
「陛下って皇帝の事よね?まああの血筋は秘密主義だから仕方ないわよ。貴方末端なのでしょう?」
「末端な訳があるものか!拙者はたった12人しかおらぬ帝国最高峰の魔導師の1人だぞ!」
「ええ~最高峰がその程度なの?呆れるわね、昔はもっと強い魔導師がゴロゴロいたのに……。貴方程度が最高峰だなんて。」
ヘラはもう興味を無くしたのかアルビスの方を振り向いた。
「さ、じゃあアルビスの願いを叶えるわ。天球の破壊よね?見てなさい、あんな勇者の遺物などこの手で粉々にしてやるわ。」
ヘラが手を空に掲げるとどす黒い闇が徐々に集まってくる。
次第に黒い球に変わると、ヘラが魔法名を唱えた。
「全てを黒に変えるがいいわ漆黒の矛。」
黒い球は槍へと形を変えると、空に向かって飛び出した。
天球の膜に触れると同時に電気が走ったような音を響かせる。
拮抗しているのかバチバチと音を立てながらゆっくり矛の戦端が膜を破らんと突き進む。
遂に天球の限界が来たのか盛大な音を立てながら青白い膜は粉々に砕け散った。
それと同じくして黒い槍も粉々に砕け散る。
「あ~まだ全盛期の頃に比べれば全然魔力が足らないわ。」
天球を破れるだけで十分に思えるが、全盛期はもっと凄い力を持っていたようだ。
アインは砕け散る天球の結界を呆然と見上げていた。
「じゃあ魔界に行くけど、アルビス貴方は来ないのね?」
「あ、ああ。もし機会があればアンタを訪ねるさ。」
「ふふ、それでもいいわ。私の封印を解いた功績は大きいし、いつでもいらっしゃい。歓迎するわよ、配下と一緒にね。」
また妖艶に微笑むとヘラは歩いて城の外へと出て行った。
残されたアルビスらもさっさとこの場は離れた方がいいだろうと、ヘラとは別の方向に逃げた。
アルビスやヘラがその場を去って数分後近衛兵とシャーリーが駆け付けたが、ヘラがいるタイミングで来なかった事が唯一の救いだっただろう。
「アイン殿!?誰か!救護兵を呼べ!!!アイン殿!腕が……!」
「拙者……腕を切られただけで済んでよかった。あれは……人間が敵う相手ではない。」
その呟きはシャーリーには理解出来なかった。
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