負傷しても目立ちたくない⑦
銀髪で美しい華奢な女性が出て来たせいか、シルビアはなんの冗談だと顔を顰めた。
明らかに戦闘面で先のレオンよりも劣る、といまいちヤル気を満たせてくれない相手だ。
「誰かは知らんがさっさとマリスを出せ。」
「何!?貴様我を知らんのか!?……そうか、人の姿のままであったか。」
「何をブツブツ言っている。いいからさっさと下がれ。」
「良かろう!改めて名乗ってやるぞ人間。我は白銀の神狼フィンブル!そこらの神獣と同じと思うと痛い目に合うぞ。」
フィンブルが神獣だと名乗るとシルビアは目の色を変えた。
ただの女性であれば戦う価値もないと感じていたが、神獣と聞けば話は変わってくる。
神獣など戦いたくてもそう出会えるものではない。
それに目の前にいる自称神獣は、明らかに異質だった。
今までにも何度か神獣と遭遇した事のあるシルビアでも、人間の言葉を軽く操り人の姿までも真似ることが出来た神獣など見たことが無かったのだ。
「神獣……それが本当なら願ったり叶ったりだ!!!」
シルビアの目は見開き、大剣を握る手に力が入る。
マリスと戦えない事は残念だが、異質な神獣と戦えるなら十分だと、シルビアのヤル気にスイッチが入った。
「……しかし、マリスに言われたのでな。貴様を殺すなと。だからハンデだ、我はこの姿のまま戦ってやる。」
「……フザけた真似を……余をバカにしているのか?」
シルビアが怒りの表情を見せると、フィンブルは逆にクツクツと笑いを浮かべた。
「バカにしている?違うな、事実なのだ。我と生身でやり合える人間など本来殆どおらぬ。……それこそ虹色魔導師くらいの力がなければな。」
「言わせておけば……ならお前が本気になるよう全力で行かせてもらう。」
フィンブルは人を煽るのが得意だ。
ただ普通に言葉を並べているだけなのだが、どうもその言葉のチョイスに悪意が感じられる。
煽りすぎたせいかシルビアさんは顔を真っ赤にしている。
多分さっきのレオンさんとの戦闘など比較にならない程本気を出してくるぞ。
「全てを断つ!破断!!!」
レオンとの戦いで見せたシルビアの奥義ともいえる技だが、フィンブルは片手を面倒くさそうに一振りすると真空の刃は搔き消えた。
「なっ!ならばこれでぇぇぇ!!!鳳凰断絶剣!!」
シルビアは先程の破断よりも力を込めた一撃を放つ。
しかしフィンブルはそれすらも片手で受け止め握り潰した。
文字通り、シルビアが放った真空の刃を握り潰したのだ。
どの技も通らないと思ったのか、シルビアは駆け出し空へと飛び上がった。
「天空落とし!!!」
大剣の重さを利用した一撃だ。
当たれば人間の頭蓋など砕いてしまいそうな重量級の一撃だったが、フィンブルはそれを片手で受け止めてしまった。
「なんだ、意気込んでいたのにこの程度とは。」
「ぐぅぅあああああ!!!!」
シルビアはかなり力を込めているようにも見えたがフィンブルはビクともしなかった。
膂力も何もかもが比にならない。
それよりもフィンブルはこれ程までに強かったのかと再度認識させられた。
「つまらん。この程度で最強を名乗るとは……度し難い。死ぬがいい!!」
え、今死ぬがいいって聞こえたけど?
殺すなって言った事忘れたのか?
フィンブルは掴んだ大剣ごとシルビアをぶん投げた。
1人の人間を投げ飛ばすだけでも相当な力が必要なのに、人間並みと思われる大剣ごと王城に向かって投げた。
戦いにすらならなかった。
見ていた者の感想はこれ一択だろう。
戦いを挑むことすら烏滸がましいと思える一戦だった。
当人のフィンブルに至っては無駄な時間だったと思っているような怠そうな表情をしていた。
そんな時だ、僕は一瞬だけ膨大な魔力を感知した。
即座にフィンブルの元まで駆け寄り、温存していた魔力を全て使い魔法を展開した。
「夢幻の創造×10!」
範囲は僕とフィンブルのみを守るサイズだ。
撃ってくるとしたら確実にこの場所。
防御魔法を十層重ねて展開した。
フィンブルは僕の一連の動きを見て不思議そうな顔をしていたが、それもすぐに険しい表情に戻った。
王城の辺りがチカッとほんの一瞬だけ光ると、ガラスの砕け散る音が響き渡る。
超長距離魔法が僕の魔法に直撃した音であった。
「何っ!!」
近くにいたレオンは僕の結界が割られた事に気付いたのか反射的に自身の顔を守るようにして腕をクロスさせる。
十層に展開したのは正解だったようで、2枚の結界だけが残っていた。
僕の最硬の結界を8枚も砕いたのだ。
もしもまた全体に張り巡らせていれば、死んでいたかもしれない。
「礼を言うぞマリス。流石の我でも今の一撃は防ぎきれんかっただろう。」
「礼は後だ。撃ってきた場所に反撃を頼む。」
「ククク、人使い……いや獣使いの荒いやつめ。」
ブツブツ文句を言いながらもフィンブルは王城に掌を向ける。
「疾走れ、銀色の一閃。」
銀色の光線は音速で長距離魔法を放たれたと思われる王城に向かって一直線に伸びた。
実際に当たったかどうかは判断が付かないが少なくとも、こちらが場所を特定したことは理解したはずだ。
「全軍、突撃ぃぃぃ!!!!」
フィンブルの攻撃を開戦の合図として、マゼラン王が突撃の指令を下す。
王国軍の黒騎士隊もシルビアが投げ飛ばされたせいで、いまいちどうしていいか分からず右往左往していた。
僕はというと、全魔力を使ったせいで立つことすらままならない。
フィンブルに肩を貸してもらいながら、後方へと下がることにした。
「しかし、良く気づいたな。もしや我よりも探知能力が高いのか?ククク、そうであれば流石は我が相棒といえよう。」
「なんとなくね。探知魔法を常時展開してたんだけど、ほんの一瞬だけ殺意みたいなのが感じられたから。というかそんな事よりシルビアさんは大丈夫なのか?ぶん投げてたけどさ。」
「あれくらいで死ぬような人間ではないだろう。奴と戦ってみて分かったが他の人間を遥かに超えるスペックだぞ。膂力といい技術といい達人の域におる。あれは、まだ成長過程だぞ、いずれは我に傷をつけられる程に成長するであろうな。」
素人目線だったら凄いなーくらいしか感想が思いつかないけど、フィンブルから見ればそう映っていたのか。
まあどっちにしろ人間を辞めそうな雰囲気がある。
とりあえず僕の出番は終わりだ。
後は亜人国の本隊が上手く王都を占領出来る事を願おうか。
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