閑話 幸せな私達夫婦
閑話追加!
私達夫婦には政志と紗央莉、二人の子供が居る。
息子の政志は主人譲りの性格で本当にそっくり。
「そっくり...か」
確かに性格はそっくりな政志と主人。
二人はとても似ている。
政志は父親を慕って、主人は息子をとても可愛がっていて...
「...血の繋がりは無いのに」
主人と政志に血縁が無いのだ。
勘違いしないで欲しいのは、政志が私の不義で出来た子供では無いという事。
主人は生まれつき精子に異常があって受精が非常に難しい身体だった。
主人は私と知り合う前に検査で分かっていて、それが原因で以前付き合っていた方と別れていた。
私は交際に発展する前に主人から伝えられた。
彼なりの誠意だったのだろう。
『それでも構いません』
躊躇いは無かった。
主人の人柄に心を奪われていたのもあったが、助けて欲しかった。
当時の私はその一年前に恋人と別れて誰かにすがりたかったのだ。
元恋人だった満夫とは高校時代から二年付き合っていたが、私が大学に入り遠距離恋愛となってから、段々と連絡が減り、自然消滅に近い終わりだった。
私は不本意だったが、離れていく満夫の心を繋ぎ止められなかったのだ。
当初、打算と好意のごちゃ混ぜで始まった主人との交際だったが、私は直ぐに考えを改めた。
主人は私をとても大切にしてくれた。
子供の出来ない負い目があったにしろ、それ以上の愛を私に注いでくれて、いつしか過去の恋愛から受けた痛みなんか吹き飛んでしまっていた。
結婚後も主人は全く変わる事が無かった。
稼ぎもよく、外見にも優れた主人が誰かに取られやしないかだけが心配だった。
『子供が欲しいんだ』
結婚一年後に主人が言った。
『もちろんです、不妊治療なら私も頑張りますから!』
覚悟はあった。
どれだけ大変な治療にも耐えてみせるだけの自信も。
『いや、君の子供が欲しいんだ』
『え?』
返って来たのは意外な答えだった。
話を聞けば、主人は以前交際していた方と不妊治療について婦人科で何度もカウンセリングを受けていたのだ。
『...だから精子バンクからの提供で』
苦しそうに話す主人。
自分の遺伝子を残せない彼の苦悶が痛い程伝わった。
『分かりました、でも貴方の精子で挑戦はしましょう、最初から諦めたくありません』
『...ありがとう』
こうして不妊治療に望んだ私達だったが、やはり奇跡は起きなかった。
幾度の流産、母体である私の身体にダメージを残しただけで終わった。
『もう良いよ』
寂しそうに主人は笑った。
『ごめんなさい...』
その後、私は提供された精子で妊娠。
生まれたのが政志だった。
『可愛いな...俺がパパだよ...ありがとう...ありがとうな』
生まれたばかりの政志を腕に抱き、主人は何度も私に頭を下げた。
政志は今年で16歳。
あまり手の掛からない子供に成長した政志は、困ってる人がいたら見過ごす事の出来ない子に育った。
ただ、それが過ぎてしまい、幼稚園の頃は一部園児から良いように利用されてしまった事もあった。
お片付けや、使った食器の後始末等を押し付けられていたのだ。
その事を他のお母さん達から聞いた私は幼稚園にクレームを入れたが、息子が喜んでやってる事ですからと、言われてしまった。
結局私はそれ以上言えなかった。
これ以上波風を立てて、園に居られなくなる事を恐れた。
『嫌な事は嫌って言いなさい』
そう政志に言ったが、
『全然嫌じゃないよ!
だってみんなありがとうって言ってくれるんだし』
そう言って笑った。
人の悪意に気づかないんだ、私もだったが...
「あの子達のお陰ね」
それは政志が小学一年の時、同じ学校のクラスメイトとなった近所に住む虍午美晴ちゃんと夏鈴ちゃん姉妹。
二人は近所でも有名だった。
何しろ可愛らしさは周りでも群を抜いており、加えて頭の良さは大人顔負けと聞いていた。
そんな美晴ちゃんと夏鈴ちゃん、どういう訳か政志を気に入ってくれた。
『おばさん、私達がマサシを護ってみせますわ!』
『大船に乗ったつもりで安心して下さいませ!』
いきなりの挨拶に驚いた。
それは噂以上にしっかりした受け答えで、私の方が年下ではないかと錯覚する程。
以来10年、二人は宣言どおり政志を護ってくれた。
少し過剰な気もするが、政志を悪意から護ろうとする熱意に何も言えなかった。
そんな二人だが、政志に一度も好きと伝えてないそうだ。
私から見て、二人が政志の事を好きなのは充分過ぎる程伝わっているにも関わす。
理由を聞く訳にいかない、おそらく二人は政志の取り合いになるのを恐れているに違いない。
そういえば、一年前から政志の様子も変わった。
美晴ちゃんと夏鈴ちゃんから距離を取り、一人で居る事が多くなった。
喧嘩をした訳じゃない、二人は変わらず私の家に来て、私相手に恋バナをしてくるし、紗央莉を無言であやしてくれる。
きっと政志は一人立ちを考えているに違いない。
二人にふさわしい男になる為だと。
美晴ちゃん達に頼りきりだった政志には嬉しい変化。
急に私や主人に甘えて来た事は戸惑ったけど。
娘の紗央莉。
この子は政志以上に手が掛からない。
時折見せる笑顔は、周りの人全てを幸せな気持ちにさせてくれる。
この子は私が主人にお願いしたのだ。
なぜなら、紗央莉は最新の不妊治療から授かった間違いなく主人の遺伝子を受け継ぐ子供なのだから!
不妊治療の話を教えてくれたのは夏鈴ちゃん。
彼女は勉強が凄く出来て、英語に留まらず3か国語を操る。
インターネットから不妊研究の海外論文を見つけ出し、私に教えてくれた。
『おばさん、日本でも治験が始まります。
安全性は保証しますよ』
『は?』
夏鈴ちゃんは胸を張った。
『申請書類と交渉はお任せを』
『へ?』
美晴ちゃんは静かに笑みを浮かべた。
確かに美晴ちゃんが交渉に出たら拒否する事は出来ないだろう。
そんな雰囲気にさせるのが美晴ちゃんの魅力だから。
主人を説得し、少し紆余曲折はあったが、無事に紗央莉は生まれた。
主人が泣いたのは言うまでも無い。
意外だったのは、いつも冷静な美晴ちゃんと夏鈴ちゃんが紗央莉を初めて見た時、言葉を失っていた事と、紗央莉がしばらく政志を見る度、号泣していた事位。
「ふぎゃああ!」
どうやら紗央莉が起きたみたいね。
「よしよし、兄さんだよ」
「あはははは!」
部屋に行くと紗央莉を腕に抱き、頬擦りする政志。
紗央莉も嬉しそう、あんな幸せな笑顔なんだから。
こんなに幸せで良いんだろうか?
信仰心の薄い方だったが、神が居たなら感謝したい私だった。