第3話 1年後の日常 後編
出た!
「あらあら、やっぱりお母さんが良いのかな?」
そう言ってミッシェルはマリアをおばさんに渡す。
ホッとした顔のマリア、そう言えば彼女は向こうでミッシェルの部下だったな。
教会のシスターで聖女を神託されたミッシェルは誰からも崇められ、尊敬の的だった。
そんなミッシェルが呪われるなんて、誰も想像出来なかった。
いつもミッシェルとマサシの隣に居た私達は呪われて、みんな疑う事も出来ないまま、一気に伝搬してしまったんだっけ。
呪われたのが私だけだったなら、あんなに拡がったりしなかったかもしれない。
いやミッシェルが呪いを解いていてくれたなら、聖女なのに...
「帰りますね、夏鈴行くわよ」
「...あ...うん」
危ない...私は一体何を考えてるんだ。
魔王の呪いは例え聖女であっても抗える事は出来ないとクリスティン様から聞いた筈なのに。
「そういえば、政志は?」
「自分の部屋で寝てますよ」
「まあ、美晴ちゃんが来てるのに」
楽しげに話す二人。
でも美晴の名前が来るのね、この世界じゃ私達は双子なのに。
「勉強で疲れてるのかな?」
「政志は頑張り屋さんだから...」
マサシは昨夜遅くまで試験勉強を頑張っていたのは、私のスキルで知っていた。
一年前までマサシの成績は学年のトップ10だったけど、前回の定期試験では50番近く順位を落としている。
前回に於けるマサシの成績は知らないが、一年前までは私と一緒に勉強していたから成績は安定していた。
呪いさえ無かったら、学年トップの私が勉強を教えてあげられるのに。
私の取り柄は勉強しか無い、向こうでも...こっちの世界でも...なのに...
「仕方ない子ね。
夏鈴ちゃんに勉強教えて貰ったらって言ったのに、迷惑は掛けられないって...全く」
何も知らないおばさんは困った顔で笑う。
胸が苦しい、名前をせっかく呼んで貰ったのに。
「また来てね」
「いつもありがとう」
マサシの両親達に見送られて家を出る。
頑張って笑顔を見せるが、少し引き吊ってしまう。
「...あぶう」
「紗央莉ちゃんまたね」
「...あぶ」
私の気持ちも知らず、ミッシェルとマリアは能天気な会話をする。
マリアは良いよね、呪いを無効化する力が有るんだから。
「フランシェスカ、お疲れ」
「...ミッシェルこそ」
自宅に戻った私達。
ミッシェルは鞄からタブレットを取り出した。
「今日の情報を整理しましょう」
「ええ」
タブレットには今まで集めたマサシの両親に関する情報が入力されている。
マサシの父親を殺した犯人はクリスティン様も分からなかった。
私達は知り得た情報から犯人の特定を進めて来たのだ。
そして、ようやく目星が着いた。
それはおばさんにとって、忌まわしい相手による逆恨みの犯行だったと行き着いたのだ。
「まさかおばさんが...」
「まあ浮気って訳じゃないけど」
私達が辿り着いた男はマサシのお母さんが以前付き合っていた元恋人。
二人が交際していたのは20年前、マサシの両親が結婚したのは18年前で、一年の交際を経てだから、二股では無い。
「...小諸満夫、39歳か」
「うん、おばさんが高校時代に付き合っていた奴よ」
コイツは二年おばさんと交際して別れた。
その辺はおばさんと親しく付き合って来た生活の中で知った情報。
私達の恋バナにかこつけて、聞き出したのだ。
マサシのお父さんに怪しい過去は無かった。
結婚前、過去に付き合ってにた女性とはみんな綺麗に別れていたし、私生活でも恨まれたりする原因は無かったのだ。
「コイツが怪しいって、よくフランシェスカは気づいたわね」
「まあ...可能性から推測したのよ」
「さすがね」
最初は私の推測を疑っていたミッシェルだったが、小諸の身辺を調べる事で、奴の腐った性格から確信を持った。
コイツは女にダラしなく、仕事も続かない。
現在はアルバイトで食いつなぎながら、過去に付き合って来た女に連絡をしまくっている。
そしてセックスまで持って行き、金を強請る事を繰り返していた。
その中にマサシのお母さんがヒットした。
おばさんの携帯番号をどうやって知ったのかは多分、共通の知り合いからの伝だろう。
「おばさんも昔は異性を見る目が無かったって事ね」
「そう...だね」
半年前、おばさんは高校時代の同窓会があった。
臨月のおばさんは参加しなかったが、小諸から突然連絡があったと笑っていた。
『会いたかったって、何言ってるんだか』
そうおばさんは笑っていたが、前回はマリアを妊娠して無かったので、同窓会に参加したのかもしれない。
「...もしかして前回、そこでおばさんは過ちを」
「止めましょ」
下らない妄想は聞きたく無い。
例えそうだったとしても、あくまで前回の話で、今回じゃない。
なによりマサシの両親はあれだけ仲が良いんだ。
今までも、そしてこれからも、浮気の可能性は絶対に無い。
でも前回、おばさんはマサシのお父さんを刺した犯人が小諸だと分かっていたのでは?
だからおばさんは自殺を?
だとしたら、余りに残酷な話だ。
「警戒は継続した方が良いわね」
「もちろんよ、早く暴露してやる」
おばさんは小諸の電話を着信拒否をしたそうだが、クズの執念は侮れない。
奴の悪行をぶちまけてやるのだ、これ以上被害者を増やす訳に行かない。
その準備は整いつつある、徹底的に叩き潰すのだ。
「そうでもしないと、クズは滅びない」
「...フランシェスカ?」
「なんでもない」
そう...私には分かるのだ。
忌むべき記憶を抱えながら、愛する人を諦め切れない、愚かな人間の気持ちが..