第3話 1年後の日常 中編
「どうやら落ちついたね」
静に寝息をつくマサシ。
そっと彼をベッドに寝かせ、胃液の着いた服を脱がし、タンスから出した新しい服に着替えさせた。
「...良かった」
床の掃除をしながらフランシェスカが呟く。
彼女の悲しみは私も同じ、諸悪の根元は私達なのだから。
「落ち込まないの...フランシェスカ」
項垂れるフランシェスカ、水を張ったバケツには彼女の流す涙で、いくつも波紋を生んでいた。
「分かってる...でも」
どうにもフランシェスカは自分が許せないみたい。
フランシェスカはマサシに対し向けられる他者からの感情、そして彼の状況全てを把握するスキルを持っている。
それはクリスティン様よりフランシェスカが授かった能力。
マサシが異世界で持っていたリサーチのスキル。
私達がマサシを裏切り、討伐隊の仲間と爛れた関係にあったのを知った力...
「う...」
激しい後悔に取り乱しそうな自分を必死でおさえる。
ここで発狂してる場合では無い。
「...ミッシェル大丈夫?」
「だ...大丈夫よ、だからフランシェスカ...貴女も油断しないで」
「そうね...気を抜いていたわ」
マサシの異常に気づくのが遅れてしまったのは、重大な失敗だった。
マサシの周囲を調べていた、言い訳にならない。
例え彼女のお陰で、最近は安心していたとしても。
「まだ帰ってないみたいね」
「そうね病院は出たみたいだから、帰るまで後一時間ってところかしら」
現在マサシの家には彼一人しか居ない。
フランシェスカがリサーチのスキルを発動させ、現在彼女が居る場所を教えてくれた。
「コーヒー飲む?」
「頂くわ」
このままマサシを残して帰る訳に行かない。
留守にするなら、ちゃんと私達に伝えておかないと、帰って来たら彼女に文句を言ってやる。
向こうは話す事が出来ないけど。
「私達って酷い幼馴染みね」
「異世界じゃ酷い奴でもあったし」
「そうね」
仲間だったなんて口が裂けても言えない。
現在マサシは学校でひとりぼっち、私達がそうしむけている。
もちろん理由はある。
「アイツらはマサシの友達にしてはダメ」
「...当然よ」
マサシは前回友達だった奴等と接触をしたい様だが、それは許す訳にいかない。
なぜなら奴等は信用出来ない人間なのだ。
前回に於いて、マサシには恋人と呼べる女と友人と信じていた奴等。
裏でマサシを嘲り、軽んじていた。
最期までマサシは気づいていなかった様だが、クリスティン様が私達に教えてくれた。
前回、父親を殺され母親に死なれたマサシ。
絶望に沈むマサシに奴等は心配する素振りを見せながら、その実、彼の不幸を楽しんでいた。
私達の思い込みでは無い、マサシの恋人だった女は裏で浮気をしていたし、周りの奴等もそれを知っていたのだから。
「...マサシは優し過ぎる」
「そうね...」
一歩間違えば、愚かにも映るマサシの考え。
恋人の浮気を、寂しい思いをさせたからだと、自分を責め。
友人の裏切りを、自分が暗くしてるからだと思い込む。
そう思わないと、自分の心が壊れてしまうと感じていたのかもしれない。
「...そこに付け込んだ私達も奴等と変わらない」
「うん」
フランシェスカの言葉は真実、私達は呪いを恐れ、必要以上マサシに近づくのを避けているのだから。
「全てはマサシを救う為...か」
「だからマサシのお父さんを助ける」
「ええ」
ようやく掴んだマサシのお父さんが殺された理由。
悲劇を今回は起こす訳に行かないので、ずっとマサシの両親に接触を続けて来た。
「マリアにも頑張ってもらわないと」
「ミッシェル、彼女は紗央莉よ」
「そうだったわね...」
マサシの妹、紗央莉の正体が討伐隊の仲間だったマリアだと分かった時は心臓が止まるかと思った。
向こうも直ぐ私達正体が分かった様で、おくるみの中で固まっていた。
以来、私達は心の中で会話をしている。
「癒しの笑顔か...」
「クリスティン様も大変な物をマリ...紗央莉に授けた物ね」
マリアのスキル[癒しの笑顔]、その力は絶望を救う。
私の持つ癒しの魔術は手をかざさないと効かないから、マリアのスキルは私より強力かもしれない。
「ただいま」
「美晴ちゃん、夏鈴ちゃんも来てるの?」
どうやらマサシの家族が帰って来たな。
「お邪魔してます」
私達は三人を迎える為、玄関に向かう。
「お帰りなさい紗央莉」
「ただいま、ほら紗央莉ちゃん、お姉ちゃんでしゅよ」
そっと紗央莉をマサシのお母さんから受け取る。
私達が紗央莉をあやしている様に見えるだろう。
(...マリア)
(ミッシェル様...フランシェスカ様も...)
目を見開くマリア、どうやら自分の失敗に気づいたか。
(申し訳ございません...うたた寝をしていまして...連絡が遅れてしまい...)
マリアは脂汗を掻き、口をパクパクさせる。
(...次は気をつけなさい)
「フギャアアア」
誤魔化しでマリアは泣き声を上げた。