閑話 ある討伐隊員の最後
閑話!
「...ようやく死ねる」
私の名前はマリア。
30年前、魔王討伐隊に治癒魔術師として参加していた。
私は三年前から病魔に侵されている。
少しのダルさから始まった身体の違和感は、徐々に全身を蝕み、現在は激しい痛みが絶えず襲っていて、手遅れの状態なのだ。
私を心配した家族は国中から名医や治癒魔術師を連れて来てくれたが、口を揃え、どうしようもないと首を振った。
悲嘆にくれる家族に悪いが、両親も既に亡く、独り者だ、別に未練など無い。
これは罰なのだ。
世界を救った勇者を裏切り、偽りの名誉で尊敬を集めて来た最低の女が受ける天罰なのだから...
「...マサシ様」
脳裏に浮かんで来たのは勇者マサシ。
彼と共に討伐隊で戦ったのは今から30年前になる。
女神クリスティン様は異世界よりマサシ様を召喚された。
縁も所縁も無い私達の世界を救う為、彼は遣わされた。
世界最恐の魔王軍に対し、勇者マサシは誰よりも勇敢に戦った。
そんな彼を観ていると、私達はどんなに苦しい戦でも勝てると信じる事が出来た。
いつも謙虚で、決して傲らず、仲間を信じる勇者の姿は男女を問わず、みんなの憧れだった。
勇者マサシに寄り添う聖女ミッシェル様と賢者フランシェスカ様の姿に羨望を向けてしまったのは無理らしからぬ事。
私を含め、若い娘達はマサシ様に恋心を抱いていたのだから。
魔王討伐隊の心は一つだった...
あの日、ミッシェル様とフランシェスカ様が呪われてしまうまで...
『なんて忌々しい...』
勇者マサシ様の存在が、突然禍々しく感じてしまったのだ。
激しい嫌悪感、殺したい程の憎しみ。
魔王の呪いは聖女様達を介し、魔王討伐隊全員に伝搬した。
マサシ様をクズと罵り、戦いの最前線に一人置き去りにもした。
マサシ様のテントを私達から便所の隣に隔離する様頼んだのは、私達若い女だった。
『いつ襲われるか、分かった物じゃ無い!』
私達はマサシ様の私物を外に投げ捨てた。
『...そんな事はしない』
悲しそうに自らの私物を拾い集めるマサシ様の姿に、私達は唾を吐き掛けた。
排泄物の臭いがこびりつき、悪臭が染み付いたマサシ様の衣服をズタズタに破り捨てた。
髪にこびりついたシラミを取る名目で、男達から無理矢理、頭を丸められている姿に、みんなで嘲笑ったりもした。
完全に狂っていた。
マサシ様の死を願い、生きている事が許せなかった。
...死ぬべきは私達の方であったのに。
マサシが魔王を倒した事、私達は正気に戻った。
ミッシェル様とフランシェスカ様は叫び声を上げながら、マサシ様の元へ走られた。
事態が飲み込めない私達は、自ら行って来た悪魔の所業にテント内は阿鼻叫喚の光景と化した。
先程まで、魔王との最終対決に挑んだマサシ様が相討ちする事を望んでいた私達。
死ねと罵倒していた記憶に私達は泣き叫んだ。
気がつけば、私達魔王討伐隊は王国に収容されていた。
呪いが解けても悪夢は消えない、繰り返し襲う記憶に苦しみながら、私達は半狂乱で王国に報告した。
『わ...私達はなんて事を...』
『マ...マサシ様...』
のたうち回りながら全てを伝えた。
魔王の奸計に嵌まり、マサシにしてしまった悪魔の所業を全て...
『なんという事を貴様達は...』
報告を聞き終えた国王達は言葉を失っていた。
当然だろう、勇者とは女神クリスティン様が人類を救う為に遣わせた救世主、そんな勇者を虐げたのだから。
『なぜだ...いかに魔王の呪いであっても、聖女のミッシェルならば...』
『...申し訳ございません』
教皇の言葉にミッシェル様は項垂れた。
確かに聖女のミッシェルならば魔王の呪いを無効化出来たかもしれない。
しかし涙を流し、身体を震わせるミッシェル様とフランシェスカ様の姿に何も言えなかった。
私達も同罪と分かっていたのだから、
『もうよい...勇者マサシは命を引き換えに魔王を倒し、既に戻られたとする』
『それしかございませんな』
国王達はそう言った。
やむを得ない決定、真実が世界に知られたら私達だけでなく、王国までもが非難の対象となってしまう。
私の家族にも怒りや批判の目が向けられてしまう事になる。
死にたい程の絶望を胸に抱え、私達魔王討伐隊は魔王を倒した栄誉を国から賜ったのだった。
討伐隊は解散し、私達は家族の元に戻った。
誰にも言えない苦しみ、私は結婚もせず、孤独に50年の今まで生きて来た。
討伐隊の仲間達は殆ど死んだ。
ある者は狂い死に、またある者は自ら命を絶った。
特にハリム様とカリスク様は自らの性器を切り落とし、二人火山の火口に身を投げてしまわれた。
ミッシェル様とフランシェスカ様はどうなったのだろうか?
噂によれば、マサシ様の使っていた聖剣で互いの身体を貫いて死んだと聞いたが、聖女と賢者である二人の最後は知りようがない。
「...あ」
痛みが消えて行く、どうやら最後の時が来たのか...
『あれ?』
気がつけば、私は白い空間に立っていた。
『...マリアよ』
『貴女は?...』
私の名を呼ぶ美し女性、まさか?
『クリスティン様...』
間違いない、この方は女神クリスティン様...
『どうして...私は』
なぜ私はクリスティン様と?
これはどういう事?
『貴女に救いを与えましょう」
『救い?』
なぜ私に救いを?
そんな資格、私に無い。
『先に逝った他の者には全て与えました、次は貴女の番です』
『...そうですか』
これは夢だ、私が救われる筈が無い。
『ではマサシ様に会いたいです』
『マサシに?』
『はい、マサシ様と共に...家族として』
叶う筈の無い夢、消える前に願うだけなら。
『...分かりました、家族ですね』
『ありがとうございます...』
なんて幸せな夢...私は...
(え?)
目覚めると、ぼやけた視線の先に誰か居る。
身体が動かない、私はまた死んでなかったの?
「...こっちを見てる」
(は?え?)
少しくぐもって聞こえているが、この声はまさか?
でも私が間違える筈ない...
「宜しくな...」
なんて事?ガラス越しに見えるのは若々しいマサシ様の姿ではないか!!
「...俺が兄さんだよ」
「おぎゃあああ」
私の叫びは、泣き声となって部屋中に響き渡った。