第2話 聖女と賢者 後編
「...マサシ...私はなんて事を...」
激しく泣きじゃくるミッシェル。
髪を掻き毟り、床に頭を打ち付けるミッシェル。
これはまさか...
「落ち着いてミッシェル...」
ただ事ではない、間違いなく魔王の呪いが甦っているのだ。
マサシを蔑み、酷い言葉と虐待を繰り返し、あまつさえ他の男に身体を許してしまった、あの悪夢が...
「...アア...ァァァアア!!」
私にも呪いの記憶が!!
異常な吐き気と全身の毛穴が開き、冷や汗が止まらない。
私とミッシェルはのたうち回りながら、床に胃液をぶち撒き続ける。
脳裏には忌まわしい過ちの記憶が、マサシを...愛する人の死を願ってしまった日々が...
『やったなミッシェル、フランシェスカ!』
マサシが笑顔で私達の元に走ってくる。
あれは魔王軍の主力を撃退した日の光景だ。
この日、魔王領内にまで攻め込んだ私達討伐隊は、魔王軍の幹部を始めとする敵主力部隊を完膚なきまでに叩き潰したのだ。
『触るな!』
『穢らわしい!!』
私達の肩に手を掛けようとするマサシの手を叩き落とした。
この時、私達は呪われてしまったのだ。
『...どうしたんだ急に』
驚いて私達を見るマサシ、その表情に殺してしまいたい程の嫌悪感を持つ。
『一体どうなされました?』
『貴方達は何も感じないの?
あれは忌むべき存在よ』
『な...』
突然の豹変に隊員達が唖然とする。
しかし、次の瞬間...
『...そうですな』
『...あれは魔王より危険で忌まわしい...倒さねばならぬ生き物です』
マサシへの罵倒が始まった。
信頼していた私達の異常、マサシは王国に連絡を取ろうとした。
『ふざけるな!』
『魔王を早く倒すのがお前の役目、そんな事をしている暇があると思うのか?』
『王国に戻るなら、お前一人行け!
残された私達が魔王軍に全滅させられる覚悟があるならな...』
隊員達はマサシへの協力を拒んだ。
たとえマサシが勇者であっても、一人で前線を離れる事は出来ない、これは脅しだった。
『...分かった、早く魔王を倒す為、全力を尽くそう』
悲壮な決意でマサシが言った。
どんな気持ちで私達に告げたのか、絶望は計り知れない。
『お前は何を当たり前の事を』
『今まで全力じゃなかったのか...ゴミクズ勇者め』
仲間からの罵倒が止まらなかった。
王国からの補給は元より無理な状態。
危険極まりない魔王領内、唯一移動出来るのが、私達魔王討伐隊だった。
マサシを虐めながらも、死んだら私達がどうなってしまうのか、それすら考えられなかった。
それも呪い、だだマサシをいたぶり、彼の心を折ろうとした。
それなのにマサシは...
『もう少しだ...』
『早く終わらせないと...』
『...ミッシェル...フランシェスカ畜生...』
劣悪なテントから聞こえたマサシの呻き声。
マサシは絶望の中、必死で戦っていたんだ。
ダニやシラミに噛まれ、腐ったパンと泥水のスープしか与えられず傷だらけになりながら。
それなのに、私とミッシェルは痺れる様な快感に溺れ...ついに...
『ああハリム!素敵よ!!』
『これは夢の様です!聖女ミッシェル様と』
『貴方もよ、カリスク!』
『おおフランシェスカ様と!!クズには勿体無い!』
...私はミッシェルと仲間に抱かれてしまった。
マサシの苦しむ姿を想像しながら...
「...フランシェスカ」
「ミッシェル...」
私達はようやく落ち着きを取り戻す。
「...着替えましょ」
「そうね...」
胃液にまみれた制服を脱ぎ捨て、シャワーと着替えを済ませ、部屋の掃除をした。
「...マサシ苦しいでしょうね」
雑巾を掛けながら、虚ろな瞳のミッシェルが呟く。
私達の呪いは転生してから、治まっていた。
しかし、今日のマサシを見た事で振り返してしまった。
今頃マサシは繰り返される悪夢に苦しんでいるだろう。
その元凶は間違いなく私達にあるのだ。
「クリスティン様...」
「...私達はこれからどうしたら」
マサシを異世界から召喚した女神クリスティン様。
あの時、魔王を倒したマサシが消えて正気に戻り、のたうち回る私達の前に現れたのだ。
全てを思いだし、取り返し様の無い絶望と後悔、苦しみから逃れる為死のうとしていた私達にクリスティン様は言った。
『マサシを救いなさい』と。
クリスティン様から私達はマサシの事を詳しく聞いた。
異世界に戻ったマサシを支え、生きて償えるチャンスと、転生の話に私達は飛び付いた。
転生した先で再会したマサシに異世界の記憶は無く、距離を取ろうとしていた私達だったが、それは無理だった。
以来10年、マサシに甘え役目を忘れて...
いや本当は覚えていたが、甘い生活に溺れ目を背けていた。
彼は両親を救う為に私達の世界を救ってくれたのに関わらず、私達がマサシにして来た事は彼を独占し、周りの女の子が近づかない様に威嚇しただけ。
「これからどうする?」
「決まってるじゃない」
ミッシェルも分かってるだろう、その質問は愚問よ。
「今まで調べた情報を元にして、マサシの両親を救う。
そしてマサシを幸せにする、私達以外の女とね」
「...そうね」
愛するマサシと結ばれる事はもうない。
記憶にある私達はマサシを絶望に落とした悪人に他ならないのだ。
全てが終わったら、こっそり死のう。
ミッシェルと二人、人知れず。
この先何年も呪い怯え、苦しめられる生活に私達は堪えられそうにない。
それはマサシも同じだろう。
ミッシェルと頷きあった。