第2話 聖女と賢者 前編
「初めまして...」
私達を見たマサシが呟く。
遂にこの日がやって来てしまった。
マサシが異世界から戻って来た、運命の日だ。
「なに言ってるの、美晴ちゃんと夏鈴ちゃんがビックリしてるじゃない」
マサシのお母さんが驚いている。
おば様には意味が分からないだろう。
幼馴染みの私達を見て、初めましてと言った息子の気持ちが...
「...マサシ」
隣に居たフランシェスカ...いや夏鈴が呆然と呟く。
どうやら彼女もマサシの状況が把握出来た様だ。
「ほら...早く学校に行きましょ」
動揺を覚られまいと、必死で笑みを浮かべる。
いつか来ると覚悟していたのに...マサシ。
「あ...うん、行ってきます」
マサシは私達が誰か分からない。
知られたらなら、きっと彼は私達を罵り、唾を吐き掛けるだろう。
それは全く構わない、それだけの事を私達はしてしまったのだから。
「あの...」
「何かしら?」
家を出たマサシが私達を呼ぶ、それだけで心が踊ってしまう。
「あの...こんな事聞いたら失礼だけど、君たちは...その」
言葉に詰まるマサシ。
そりゃ聞きたいだろう、記憶に無い女達がいきなり家へ押し掛けて来たのだから。
「私達をお忘れかしら?」
「な...なんだと?」
夏鈴の言葉にマサシの顔が歪む、苦悶と不信感に満ちている。
「夏鈴!」
「あ!!」
その口振りはフランシェスカの物ではないか!
昨日までは大丈夫だったが、マサシの意識が戻って来たら、絶対にしてはいけないとあれほど話し合っていたのに!!
「...ゲェェ」
両手を着きマサシは嘔吐く。
異世界で私達によって植え付けてしまったトラウマが甦っているのが分かった。
なんというヘマをしたんだ、魔王の呪いはマサシにも残っているのに。
「大丈夫...一体どうしたの?」
自然体でマサシの背中に手を置き、治癒魔法を発動させる。
異世界から持って来る事が許された、私の使えるたった一つの魔法...マサシを癒す為に。
「だ、大丈夫」
どうやら効いたみたいだ。
ふらつきながら、マサシは立ち上がった。
「な...なんだか体調が悪そうね」
自然体だ、出来るだけ自然に話し掛けよう。
「う...うん、ごめんな。
なんだか頭がスッキリしなくって」
どうにか私達の事を聞き出したいのだろう。
「...夏鈴」
泣いてる場合じゃないぞ、アンタもしっかりしなさい。
「こ...虍午夏鈴よ...」
「私は夏鈴の双子の姉、美晴。
幼馴染みを忘れるなんて酷いわね」
なんとか自己紹介を済ませる、マサシには初めて聞く名前だろう。
だけど私達はずっと一緒だったんだ。
そう...私達がこの世界に転生して小学1年からずっと...
「そっか...記憶が混乱してるんだ...うん」
マサシは小さな声で呟く。
そんな事ないんだよ、貴方が知る記憶に私達は居なかった、女神様によって、15年前に転生したんだから。
「先に行くね...私達は違うクラスだからね」
「あ...ああ」
これ以上マサシを混乱させては不味い、時間が経てば記憶の齟齬は埋まって行くのを期待しよう。
まだ少し呆然としている夏鈴の腕を掴み、高校の校舎前でマサシと別れた。
「帰るわよ」
「そうね...」
マサシが校舎に消えるのを確認すると、私達は来た道を再び戻る。
今日はサボりだ、どうせ集中できそうもない。
私達の両親は転勤で現在は夏鈴と二人暮らし。
本来の娘達から意識を奪い、この世界に転生したのは、申し訳なく思う。
でもこの家族は前回、10年前に家族共々事故で亡くなっていた運命を変えてあげたのだから、勘弁して貰おう。
「...マサシ」
カーテンを締め切った薄暗い部屋で両膝を抱える夏鈴の両頬を伝う涙。
苦しいのだ、積み上げて来た思い出がマサシの中から全て消え失せてしまったのだから。
「フランシェスカ、覚悟してたでしょ」
「そうだけど...ミッシェルは平気なの?」
「平気な訳ないでしょ...」
私も我慢の限界だった。
この世界に私達という人間が存在しない以上、転移じゃなく転生しかなかったのだ。
本当はマサシの意識が戻って来る15年後まで会うつもりは無かった。
だが、運命のいたずらで私達は再会してしまったのだ。
あれは9年前、本来ならば1年前に死んでいた私達家族は危機を無事乗り越え、入学した小学校でマサシと出会ってしまった。
その事で運命が変わってしまったのだ。
マサシに償い、彼の為に死ぬと誓って転生した筈の運命が...