第2話《血飛沫と花弁》
「何や、お前は?」
うっとうしそうに振り向く男の顔に、思いっきり拳を叩き込んでやった。
拳に伝わる鈍い熱と骨の感触。頬骨に亀裂が入るのが、拳を通して理解った。激しく後方に吹き飛ぶのを見届ける。ちゃんと理性を抑えれたことに、わずかばかり安堵した。
普段の俺ならば、追い打ちで男の顔面に踵の雨を降らせていただろう。きっとそんな事をしていたら、彼女は悲鳴を上げて軽蔑と恐怖に染まる眼差しを向けていただろう。否、下手をしたらすでに、嫌われてしまっているかも知れない。野蛮で粗野な男だと思われているかも知れない。暴力に頼ってしまったことを、猛烈に後悔しながら、彼女に向き直る。
「大丈夫ですか……?」
極力、穏やかな声音であるように努めていたが、緊張の余りに声が上擦ってしまっていた。
――ドキドキが止まらない。柄にもなく、止められない。これが恋というのならば、恥ずかしいことに初恋だ。
「あの……」
なぜか彼女の瞳が潤んでいた。吸い込まれるように綺麗で、心がさらに逸った。
一瞬の間。永遠にも近い沈黙を感じて、平常心では居られなかった。
柔らかそうな彼女の唇を見つめていると、ゆっくりと彼女が口を開いた。
「助けてくれて……ありがとうございます」
優しい声音が風を運ぶように、桜の花弁が舞った。向けられた彼女の花のような笑顔に、心が躍った。
似合いもしないくせに俺は、はにかんでいた。気絶している男を見遣る。
「あの……。宜しければ、安全な場所まで送りましょうか?」
小さな子供のような勇気を振り絞って、彼女を誘ってみた。甘く淡い妄想が、頭の中を埋め尽くしていく。
「大丈夫ですよ……。お気遣いしないで下さい!!」
遠慮がちに――然し、確りと、彼女は申し出を断った。
その瞳が余りにも真っ直ぐにこちらを捉えていて、心が騒ついて落ち着かない。寂しい気持ちが心を掻き毟る。胸が締め付けられるような息苦しさを感じて、僅かに視線を落とす。
どうにかして、彼女と関わりを持ちたいという邪な感情が、俺を内側から焼き尽くしていく気がして、切なくなる。彼女と繋がりたかった。彼女に近付きたかった。
普段の自分なら、迷わず連絡先を聞けていたのに、なぜだか出来なかった。嫌われるのが怖かったのかも知れない。だけど、彼女を求めている。初対面なのに、逢ったばかりなのに俺は、彼女に惹かれていた。不思議なこの感情に戸惑いながらも、彼女に視線を送る。憂いを帯びた優しい微笑を浮かべて、こちらに視線を向けていて、愛おしさが加速していった。どうしてこんなにも、惹かれているのだろう。桜の花弁が風に誘われて踊るように、彼女と俺を包み込んでいる。
鮮やかに視界を彩る花弁たちが、彼女への感情を艶やかに縁取るかのように笑っているのかも知れない。
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