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第二十八話 色々と、やばい

 白崎の住む場所を考慮すれば、自ずと通学ルートも変わってくる。

 あまり見慣れない風景を眺めていると、隣を歩く白崎がおもむろに口を開く。


「なんか新鮮だな~。こうして正成君と一緒に帰ってるなんて」

「昨日もここは通っていたはずだが」


 いとファと高校、そして白崎の家は地図のほぼ直線状に位置するため、いとファから帰る時と学校から帰る時の帰宅ルートは似通ったものになる。


「そうだけど、明るかったら正成君の顔がよく見えるな~って思って。ふふっ」


 いかにも可笑しそうに笑う白崎。


「馬鹿にしやがって」

「馬鹿になんてとんでもない! わ、私、正成君の顔好きだよ?」


 恥じらいながらこちらを見てくる白崎だったが、急に目が据わる。


「例えば頭蓋の形とか……眼球とか……頬肉の付き方とか……」

「お前は人のどこを見ているんだ……」


 一周まわって褒めるとこ何もないってだけでは?

 良からぬ表情を見せる白崎に半ば引いると、ぽつりと額に何やら水滴が落ちてきた。


「もしかして雨?」


 白崎もまた水滴に気づいたのか、周辺を見渡し始める。

 ややあって、ぽつりぽつりとアスファルトが水を吸い込み始めた。


「不覚だったな~。傘持ってきてないかも」

「奇遇だな俺もだ」


 などと言いつつばっちり折りたたみ傘は持っているのだが、出せば一緒に入らされる羽目になるだろうからな。そうなると歩きづらいし、しかも小さいし、それならいっそのこと濡れた方が楽だ。


「とは言え現状小雨にも満たないレベルだし、さっさと走って帰った方がいいかもな」


 遠回しにここで解散しないかと提案してみるが、白崎にはお見通しだったようだ。


「正成君、カバンの中見せてくれない?」


 言われてしまったので片方の取っ手だけ手に取り、白崎にカバンの中身を晒す。


「あれ~? これは何かな?」


 白崎が折り畳み傘を取り出し、俺へ見せつけてくる。


「ああ持ってきてたのか。知らなかった。使いたかったら好きに使っていいぞ。俺は使わん」

「えー? せっかくなら一緒に入ろうよ」


 小降りになり始めたので、いよいよ白崎が傘を広げ始める。


「なら俺が持つ」


 白崎から傘をひったくり、中へ入れる。


「あ、ありがとう……」


 恥ずかしそうにする白崎だったが、何かに気づいたのか前のめりになってこちらを見てくる。


「って、正成君全然入れてなかった!」

「別にこれくらいどうという事はない」


 土砂降りというわけでもあるまいし。


「だ、駄目だよ! 正成君の傘なんだし……」


 そう言って頬を染め幾らか逡巡するそぶりを見せる白崎だが、やがて意を決したようにぱっと俺の手の上から傘の柄を握ってくる。


 そのまま傘の位置を調整しながら、ずいずいと俺の方へと寄ってくる白崎。フローラルな香りが全身を覆いつくし、人肌の熱を間近に感じる。


「こ、これならなんとか二人とも入れたかな……」


 小さい折り畳み傘に高校生二人を収めるとなれば、当然至近距離をよぎなくされる。

 体が密着するのは勿論、少しでも首を傾ければ頬と頬が触れてしまいそうだ。


「入れたのは入れたかもしれないがこれじゃ歩きにくくないか?」

「で、でも歩けないことは無いよね?」

「それはそうだが……」


 どちらかというと、白崎の体力面が心配になってくるんだよな。

 目だけで白崎の方を見てみると、その顔は真っ赤に染まり切り、今にも湯気を出してオーバーヒートしてしまいそうになっている。


「まぁ大丈夫そうならこのまま行くが。あ、いや待てよ?」


 動かそうとして足を止める。


「ど、どうしたの正成君? べ、別に私は大丈夫だけど……」

「あーいや、雨やんだっぽいなと」

「へ?」


 白崎は間の抜けた声を出すと、ぎこちない動作で辺りを見渡す。

 ひとしきり確認を済ませると、再び俺の方を見やった。


「ほ、ほんとだ。やんでるー、ね……」


 白崎は弱々しい声で告げると、ぐるぐる目を回しそのまま力尽きたように脱力する。


 慌てて支えてやるが、既に白崎に自分の足で立つだけの気力は残ってないようだった。ほんと、こういう所は隙だらけだよねこの人……。


 その後なんとか白崎には立ち直ってもらうと、丁度お互いの住む場所の分岐となる交差点にさしかかったのでそこで別れる事にした。


 未だ白崎の足取りは若干おぼつかないような感じがしたが、別段今はストーカーなどがいるわけでもなそうなので、そのまま見守るだけに留めておく。



 やがて白崎の姿も見えなくなるので、俺もまた足を自宅方面へ。

 そのうち見慣れた道にさしかかると、いつも綿貫と待ち合わせしていた分かれ道までやってきた。


 様子を見に行った方がいいだろうかと一瞬考えるが、綿貫はともかくその家族は俺の事をどう認識しているかが未知数のため断念する。


 一抹の不安が再び俺の胸中に浮上するも、気にせず自宅へ続く道へと踏み入れた。

 アパートに辿り着けば階段を上り、鍵を開けようとするが、既に開錠されていることに気づく。


 かけ忘れてたのか……?


 警戒しつつ扉を開けると、ふわっとバニラのような香りが鼻腔を突き抜ける。


「おかえりまーくん!」


 見慣れた人影が両手を広げていたので、すぐに扉を閉める。

 確かに、あいつの事は俺の中で未だ大きな存在になってしまっているのは認める。絶縁しよう絶縁しようとは思っているものの、結局関係を続けているどころか、ちょっとした事で心配になって気が気でなくなるレベルだからな。もう今更自分をだまくらかしてまでその事に目を逸らすことはすまいよ。


 しかし、だ。


 まさか幻覚幻聴それどころか幻嗅の症状が現れるほど綿貫の事を渇望しているなんてことあるか? 流石にそこまで執着している覚えはないぞ。ていうかそこまでじゃないし。こればかりは。ガチで。たぶん。恐らく。


 だからまぁ、とりあえずはもう一度扉を開けてみようじゃないか。そうすれば何もかも理解できるはずだ。

 というわけでドアノブへと手をかけ一思いに引っ張る。


「なんで一回閉めたのまーくん⁉」


 目の前では綿貫が目を丸くしていた。

 現実だったか。

 とりあえず自分の家なので入ると、綿貫をひょいと持ち上げ、そのまま外へ追い出す。

 ぽけーっとする綿貫など見なかったことにし扉を閉めると、鍵をかけた。


「え、ちょっとまーくん! まーくん⁉」


 ダンダン扉が叩かれる。いやいやマジかよこいつ。なんでうちに不法侵入してるわけ?


「ねぇ開けて! 開けてよまーくん!」


 ドンドン扉が叩かれる。

 まぁ鍵は閉め忘れてたみたいだし、それについては俺の不注意で反省すべき点ではある。ただそれでも鍵開いてるからって勝手に入るかよ普通。


「どーして⁉ どーしてまーくん! お願いだから開けてまーくん!」


 どうもこうも警察に通報しなかっただけありがたく思ってもらいたい。

 なおも叩かれ続ける扉だったが、流石に綿貫も疲れたのかやがてノック音もやむ。

 ようやく諦めたかなと一安心していると、カチャッと小気味良い乾いた音が聞こえる。


 刹那、開くはずの無い扉が開き盛大に外の風が吹きこむ。え、待って怖い怖い怖い。


「どーして閉めるのまーくん!」

「いやいやいや、どうして開けれるのねぇ?」


 目をくの字に引き絞る綿貫に慄き、言葉を反復させてしまうがなんとか尋ねる。

 すると俺の言葉はちゃんと届いているのか、綿貫は鍵を両手で胸に抱き、ふにゃりと幸せそうな笑みを向けてくる。


「実は合鍵作っちゃってました。えへへ~」

「いや作っちゃってましたじゃねえよ……」


 なんで事後報告なんだよ。ていうかいつの間に作ってたんだよ。鍵は一度たりとも渡していないからもしかして鍵番号でもどっかで見られてたのか?

 まぁ何はともあれこいつやべえわ。


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