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転生悪役令嬢は、愛を誓われる


「琳霞、全て(・・)思い出したのね」


陛下とお姉様に浩然と私は居間に運行された。「安全のため」と称して、浩然は私の正面だ。焦げつくようなまなざしから目が離せない。


「事件のことから話しておきます。子涵(ズハン)王は皇籍剥奪の上で離島に流罪、(ホウ)大臣と淵大夫は国外追放。蓬大臣は結構不正もしていてね。……内部告発があって、家督は傍系に移るようよ。あなたの誘拐に荷担した(オウ) 雹華(ヒョウカ)は 出家させたわ」


それからが本題、というようにお姉様は声のトーンを落とした。


「お母様のことも思い出したんでしょう。たしかに恋は愚かなものかもしれない」


「お姉様」


「その人の一挙一動に喜んだり落ち込んだり、その人のことしか考えられなくなったり。心変わりを怖れる気持ちも、わからなくはないわ」


お姉様はそこまで言って、「でもね、琳霞」と私の手を握ってきた。


「そこで立ち止まっていたら、あなたは結局何も得られないままよ。浩然を失うのが恐ろしいと言うのなら、自分を磨きなさい。浩然があなた以外見えないように」


「-琳霞」


視線は欽かったが、沈黙をつらぬいていた浩然がおもむろに口を開いた。


「君が未来の私を信じられないなら、屋敷に閉じ込めて私の愛情を思い知らせれば良いと思った。けれど頭を冷やせば、それが間違いだとわかったよ」


浩然の隣で陛下が ほっと胸をなでおろしていた。


「そうすれば君の体は得られるけど、心は二度と得られないだろう。-そんなことは耐えられない。だから別の方法にしようと思う」


「別の方法?」


浩然は私の前に跪き、手のひらに唇を押し当てた。


「青龍が末裔・李家の浩然の名において、青龍、黄龍、黒龍に誓う。生涯の愛情を黄龍が末裔・琳霞に捧げんことを」


陛下とお姉様が目を見開いた。


帝国の初代皇帝と四大貴族の家祖は、五体の龍の化身だといわれている。時が経ち人としての寿命を終え天界に還った龍たちは、守護神として各々の子孫を守っているのだ。


万物を従える黒龍-またの名を「龍帝」-は、皇室を。水を司る青龍は、李家を。地を司る黄龍は、郭家を。火を司る緋龍は、蓬家を。風を司る白龍は、(チョウ)家を。


龍への誓いというものは、ただでさえ重い。特に皇室と四大貴族の者にとっては。龍は嘘偽りを嫌うのだ。自家の龍、相手の家の龍、皇室の龍の三体への誓いは、その中でも群を抜いて重く-この世で一番重い誓いだとされている。


「浩然、あなた……もし違えれば、死んじゃうのよ」


「心配ない。破るなんてありえないからな。そんなことより、誓いを受けてはくれないか? -私の恋を、救ってくれ」


聞くだけで、胸が締め付けられる。……もう、誤魔化せない。いいや、誤魔化してはいけない。私はこの人のことが好きなんだ、どうしようもないほどに。


「誓いを受けます、浩然」


少し屈んで、浩然の頬にキスをした。龍神の誓いの作法は細かい。-こういった愛の誓いは、誓われた側は誓った側の頬に口付けるものなのだ。……なのにこんなに胸が高鳴るのは、浩然のことが好きだから。


「ありがとう、琳霞」

















陛下とお姉様にはお小言をたっぷり頂いた。「監禁を諦めたと思ったら次は龍神への誓い……勘弁してくれ」陛下は頭を抱えた。


「何をおっしゃるんですか、陛下。陛下だって結婚式の時は龍神にお誓いになられていたでしょう」


浩然が陛下に敬語を使うのは、機嫌が悪い証拠である。


「敬語はやめろ。まず、皇帝と皇后の結婚と貴族の結婚を一緒にするな。それに誓いの文言が違う。朕が誓ったのは『朕が天子の位にある限り、后・藍洙(ランジュ)と共にこの星陽国を統治する』ことだ。そんなことぐらい知ってるだろ」


皇帝と皇后の結婚ーいわゆる大婚ーの誓いの文言は、初代から変わっていない。貴族どころか平民でも常識だ。


尚、陛下は東宮時代に妃としてお姉様を迎えていたが、皇帝に即位し改めて、お姉様を皇后に冊立するため結婚式があった。


あの時は大変だったな〜。皇帝の即位は、儀式が多いのだ。先帝陛下が崩御されると、神璽継承の儀やら大臣に引見する朝見の儀やら戴冠式やら色々あるのだ。パレードやら饗宴の儀やら龍神さまへのご挨拶やら、細かい儀式もたくさんあって、ドッと疲れた記憶がある。それから大婚式やら立后の儀やらあったから、お姉様の疲労度は私の比ではないと思う。


「誓いは誓いだ」


「あのな、龍神に愛を誓った人間なんてほとんどいないんだぞ」


「そんなに羨ましいなら、赦鶯(シャオウ)、君もやってみたらどうだ」


「だめよ、浩然」


陛下と浩然の争いをやんわりと止めたのはお姉様だった。


「もし主上(しゅじょう)の御身が損なわれたらどうするの?」


お姉様の発言に陛下が目を剥いた。


「藍洙、君は朕が心変わりをするとでも?」


「主上がわたくしを慈しんでくださっているのはわかっております。それでも、『生涯の愛情を捧げる』の定義がはっきりしない限りは、龍神さまへの誓いはおやめになった方がよろしいかと」


「……定義?」


「ええ。たとえば、ただ夜伽の相手に女官を呼んだだけだとしても、『愛情』を裏切った、と龍神さまが判断なさるかもしれないでしょう?」


なるほど。陛下がいくらお姉様を愛していても、多くの子を為すことは皇帝の責務でもあるもんね。


「……朕は君以外を抱いたことはない」


「え?」


「は?」


「え?」


目を丸くする私たち三人に、陛下は「正直に言えば抱かなかったのではなく、抱けなかったのだ」ときまり悪そうに続けた。


「主上、わたくしに遠慮なさっているのでしたら、お気になさらないでくださいまし。未来の皇帝の許嫁に定められた日より、主上がわたくし一人を愛するわけにはいかないことは覚悟しておりますわ」


「朕が他の女に心を移しても構わないと? ひどい人だな。やはり愛しいのは朕だけなのだろうか」


「そんなことはございません。わたくしはずっと前から、主上のことをお慕いしております」


あ、陛下がニヤッと笑った。これはお姉様に「好き」って言ってほしくて拗ねてみせただけだな。


「そうか。それはとても嬉しいよ。朕が他の女を抱かないーいや抱けないのは、生理的な問題なのだ」


「生理的な問題?」


「ああ、あなた以外だと勃たないんだよ」


麗しの皇帝の口から真っ昼間から放たれる十八禁ワードに、私たち三人は硬直した。


いち早く復活した浩然が、顔を真っ赤にして陛下の胸ぐらを掴んだ。


「この淫乱! 何考えてるんだ!」


「自分だけ清廉潔白ぶるな。そなただって琳霞を相手にいやらしい妄想をしまくっている癖に」


いやいや、何をおっしゃる。浩然は少しスキンシップが過激なことはあっても、エロい妄想なんてーん?


「浩然、あなた……どうして否定しないの?」


「あ、いや」


私は浩然から数歩離れた。お姉様が厳しい顔で私を庇ってくれた。


「……いやまあ、年頃の男としてそーいうことを考えないと言えば嘘になるけど」


私はお姉様の後ろに隠れた。


「でも、琳霞が怖がるようなことはしないから!」


お姉様の肩からひょっこり顔を出すと、泣きそうになった浩然の顔が見えた。本当に、かわいい人。


「わかってるわ。浩然に嫌なことされたことなんてないもの」


ニッコリ笑って手を握ると、浩然の顔がパッと輝き、優しく抱きしめてくれた。


「愛してる、私の琳霞」


「私も大好き」


呆れ顔の陛下とお姉様が、「……いつの間にか流されて食べられないか心配だな」「大丈夫ですわ、お兄様が目を光らせていらっしゃるもの」などと話しているのを聞いて、そういえばここには陛下とお姉様もいらっしゃったんだったと思い出し、浩然を引き剥がした。捨てられた子犬みたいな顔してもダメなものはダメ。


「そういえば、主上。どうして浩然の考えていることがおわかりになられたのですか?」


ナイスクエスチョンお姉様。私も同じこと考えてました。


「簡単なことだよ、藍洙。浩然は朕の従兄弟だからな」


「え?」


「つまり、朕も同類ということだ」


そのまま引き寄せてキスしてきた陛下を、お姉様は私たちをチラチラ見ながら引き離そうとしていたけど、陛下がそれを許すはずもない。


「情事の時は朕以外見てはいけない」


「しゅじょうっ!」


「大丈夫、これ以上はやらない。あなたのお腹にはやや(、、)がいるのだからね」


視線を全く気にしない陛下は一体何者なのだろうか。


「まあ、それはそれとして」


羞恥に震えるお姉様を見て思うところがあったのか、陛下は話を変えてきた。何が「それ」なのかは全くもって意味不明だけど。


「現状、妃嬪は四家の娘だけ。笙鈴はアレだし、趙家と李家の娘はまだ幼い」


趙家の姫であるお義姉様は、陛下が東宮に立たれる以前にお兄様と結婚していたし、李家の子息は、浩然のみ。両家は親戚筋から見目麗しい幼女を引き取り、養女にして後宮に送り込んだのだ。


ただ、彼女たちは十を越えたばかり。陛下の御相手ができるようになるのは何年も後のことだろう。


「それに、多くの妃を持てば世継ぎ争いで国が乱れる。皇帝の子は、皇后腹だけで良い」


その世継ぎ争いに翻弄された陛下の言葉は、実感がこもっていた。


「先帝の御世は皇子は兄上と朕だけだっただけ、まだマシだった。先々帝の時代はもっと酷いぞ。後宮には帝のお手つきの女がぞろぞろいて、確認がとれているだけでも五十人は下らん。おまけに肝心の皇后に子がいなかったから、血で血を洗う勢力争いだ。殺し合いの末に残ったのは、劉賢妃が産んだ先帝と、身分が低く他の皇子の視界に入らなかった皇子のみ」


皇后以外の子がぞろぞろいると世が乱れる、と陛下は忌々しげに呟いた。


皇帝稼業も大変そうだ。陛下はお姉様を伴い、皇宮に戻って行った。

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