もう一つの名前。
そういう訳で魔力補給の手段が口付け一択に決まり、いつまでもベッドにいる訳にもいかないという事で、リビングに移動して朝ごはんにすることになった。
流石に着替えを見られるのは抵抗がありすぎるのでクロカゲには先にリビングに行ってもらって、その間に着替えて部屋を出る。
肝心の足の調子は…慎重に歩けばとりあえず大丈夫と言う感じ。
昨日追加で冷やしたのが良かったのか酷い腫れとかはなさそうだけど、捻挫なのか打ち身なのか、ちょっとでも変な方向に力がかかるとやっぱり痛くて、これで採取に行ったりするのはやっぱり無理そう。
ひょこひょこと歩いてリビングに入ると、朝食の準備を手際よく終わらせていたクロカゲが心配そうな表情を向けてきた。
「大丈夫か、姉貴?…ってダメだよな。これ食べたら町に行って薬貰って来るから、ちょっと我慢しててくれ」
「うん、ありがとう。でも大丈夫?何かまだ、元に戻る気配とかなさそうだけど…いつ頃戻りそう?」
クロカゲに促されつつ椅子に座ると、焼き立てのトーストにカリカリのベーコン、目玉焼き、葉物野菜のサラダがワンプレートにまとめられたものと香茶が出てきた。
手を合わせてからトーストを頬張る。とても香ばしくて美味しい。
この前ゼンさんのお店でひとめぼれをしてトースターを衝動買いしてしまったけれど、買って本当に良かった。
「それならいっそこのまま行ってきた方がいいかもしれないな。途中で戻ったらヤバいし。姉貴、もうちょっと魔力分けてくれ」
「あ、うん…うんッ!?」
向かい側に座ったクロカゲが軽い口調でとんでもない事を言ってきたので、完全に油断していた私は飲みかけていた香茶が変な所に入って咽こんだ。
「姉貴、大丈夫か?」
「だい、じょぶ…じゃない」
クロカゲが私の背に手をまわして撫でてくれる。
…小さかった時にはできなかったことだ。
背中を撫でてくれるその大きな手や、顔を近づけて覗き込んで来る距離感で、更に大人のクロカゲを意識してしまう。
やっぱり子供クロカゲに戻ってから行ってもらおうそうしよう。
大人クロカゲにまだ慣れていなくてそわそわするし、何よりまた魔力補給しないといけないと言うことが本当心臓に悪い。
「いや駄目だろ。いつ戻るか分かんねーし、その間姉貴はどーすんだよ。その足だと採取も買い出しもいけないだろ」
そういう訳で、子供に戻るまで待機の案を出してみるものの、クロカゲに反論できなくて言葉に詰まった。
「それとも、何か他に理由でもあるのか?」
「えぇと…ほら、小さいクロカゲでは町に行ったことあるけど、大きいクロカゲで行くのは初めてでしょ?だから大丈夫かなって…」
重ねてそう尋ねられたけれど、クロカゲに魔力補給するのがちょっと…とは今までの流れからして言い出せず、私は言葉を濁す。
「あぁなるほど、そういうことか。それなら姉貴も一緒に行こうぜ。この姿なら抱えて運ぶのも訳ないからさ」
「えぇ!?」
「姉貴と一緒なら問題ないだろ?似てるとか言われても遠い親戚とかなんとかテキトーに言えば怪しまれることもないだろーし」
「うーん…それはまぁ、そうなんだけど…」
予想とは全然違う方向に話が進んだので、別の案がすぐには思い浮かばなくて私は完全に手詰まりだ。
そのまま結局クロカゲに言いくるめられるような形で一緒に街まで行くことになってしまった。
「あ、でも名前はどうしよう?クロカゲって呼ぶわけにもいかないし」
「そしたらまた姉貴がつけてくれよ。俺はそう言うのニガテだからさ」
思い至ったことを口に出してみると、そうあっさり返されて、また命名のポジションを任されてしまった。
「うーん、そうだなぁ…」
口に手を当てて思案する。
クロカゲの名前を考えた時に使わなかった部分で考えるのはどうだろうか。
あの時使わなかった影踏鬼の鬼の文字は、今のクロカゲにはあっている気がする。
それから…金色の瞳もお月様みたいで綺麗だなぁと思っていたし、鬼月…キヅキはどうだろうか。
「キヅキはどうかな?」
私の提案に彼は吃驚した顔をした。
「姉貴ってちゃんとした名前も付けられるんだな。でも何でその呼び名にしたんだ?」
「何か酷い言われようだけど」
私は苦笑しつつ続ける。
「影踏鬼の鬼の部分と、クロカゲの眼ってお月様みたいで綺麗だからそこからつけようと思って…どう?」
「他でもない姉貴が付けてくれた名前だからな。人目が気になる場所ではそう呼んでくれ」
「うん。ありがとう、クロカゲ!町ではキヅキで宜しくね」
ほっとしつつ笑ってそう言うと、クロカゲも笑った。
「おう。こちらこそありがとな、姉貴」
とても久しぶりの投稿になります。
時間がある時に少しずつ書き溜めてなんとかひとまとまりになりました。
更新が滞っているのにブックマークをずっとしてくださっている方、時々読みにきてくださっている方、本当にありがとうございます!
かなり不定期更新になりますが、まとまった文量になり次第投稿していきたいので、気が向いた時にでも覗きに来ていただけると嬉しいです…!!




