繋がり。
午後の比較的早い時間ということもあってか、お店は空いていそうだった。
「こんにちは。すみません、ゼンさんからこちらを預かってきたんですけど…」
店内に入り、カウンターに居るユタカさんと思われる人に話しかける。
「ん、なんだ?ゼンから手紙?珍しいこともあるもんだな」
お手紙を受け取ってもらったので、この人がユタカさんで間違いなさそうだ。
彼はゼンさんからの手紙に目を通すと、私を見てちょっと吃驚したような顔をした。
「まさか嬢ちゃんがチヨさんの店に薬を卸してるっていう魔力調合士さんとはな!こんなに若いと思わなかったから吃驚したぜ」
何度か店に買い物に来てくれてるよな、と言って目元を和ませた。
筋肉質な体系も相まって、見かけは少し怖そうだけれど、そうやって笑ってくれると凄く親しみやすい感じになる。
「はい、いつもお世話になっています。ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ。嬢ちゃんの薬をカミさんが気に入っててな、いつも世話になってるよ。なんでも手がものすごくスベスベになるとかで、最近は何となく機嫌もよくてな…と、話がずれたな。マフユに用事なんだろ?…あいつは腕は確かなんだが誰に似たんだか、人付き合いが苦手でな。仕事の付き合いでも話し相手が出来るのは助かるよ。根気よく付き合ってやってくれると嬉しい」
ちょっと眉根を下げてそう話すユタカさん。
商売人の表情から少しだけ覗くお父さんの表情を垣間見て、何だかほっこりした気持ちになる。
「分かりました。私もそんなに社交的な方ではないので上手くお話できるか分からないですが、宜しくお願いします」
「ああ、頼むよ。今日は丁度出かけているから、魔物は預かって渡しておこう。事情も話しておくから、また明日の昼過ぎ辺りに取りに来てくれ。その頃には解体も終わっている筈だ」
「はい、分かりした」
ユタカさんに持ってきたフェルレットを3匹渡して、もう一度お礼を言うとお店を出た。
「ゼンさんのお陰で話がとんとん拍子に進んで良かったね」
「そうだな。あんなにあっさり話を受けて貰えるなんて、ゼンは顔が広いんだなー」
「ね。これで魔物の解体の件は安心だね。とりあえず、明日またってことだったから、今日は帰ってリースでも作ろうかな」
家に向かって歩きながらそう言うと、クロカゲはちょっと呆れた顔をした。
「まだ働くのかよ。折角の休みなのに仕事ばっかりすることねーだろ。休みはちゃんと休めよな」
「私としては仕事してるって感覚じゃないんだけどなぁ。…ワーカーホリックって言われる人たちもこういう気持ちだったのかな」
最後は自分に向けての独り言に近かったのに、クロカゲはその発言に反応した。
「近い所もあるかもなー。ただ、姉貴はこのままだと本当に過労死しかねないからな。そこは気を付けてくれよ」
「えっ!?なんで意味…それに過労死って」
クロカゲの発言に吃驚する。
…ワーカーホリックはもしかしたら存在する可能性があるとしても、この世界に過労死なんて言葉はない筈だ。
「ああ。姉貴の世界にしかないのか、この言葉」
クロカゲは私に指摘されて気付いたようで、しかし何でもない事のように頷いた。
「姉貴の居た世界にも影踏鬼が在るんだろうな。妖魔は人の噂や言い伝えとかから発生する存在って言われてるから、姉貴の世界の知識がおれにも何となく分かるってことだと思う」
だからことわざって奴も知ってるぜ?とクロカゲは悪戯っぽく笑った。
「すごい…!私の居た世界にあった子どもの遊びの影踏鬼が、クロカゲと何処かで繋がってるってことなんだね」
「多分な。難しいことはおれにもよく分かんねーけど、姉貴と出会って、姉貴の世界と縁が出来たからなのかもな。段々とそういうのが分かるようになってきたみたいだ」
クロカゲは頭の後ろで手を組んで、空の遠い所を見つめた。
クロカゲが何となく認識している私の元居た世界に想いを馳せているのかもしれない。
「でも、クロカゲもことわざが分かるなんて凄いよね。この世界にはないから、変に思われないように言いたくても言えなかったりしてたけど、クロカゲになら話しても伝わるし大丈夫なんだ」
今までは言いたくても言えなくて、心の中で考えるだけだったから何だか嬉しい。
ただ喋れるだけじゃなくて、それについて分かってくれる人が居るのは、前の世界を思い出せて何だか安心するというか、落ち着くというか。
そういえば、マスターがことわざを勉強してくれた時も、何だか嬉しかったなぁ。
「何だか嬉しいな、そういうの。今までは話がややこしくなるから喋れなかったし、そもそも分かってくれる人も居なかったから」
そう言ってクロカゲに笑いかけると、彼も嬉しそうに笑った。
「そんなに姉貴が喜んでくれるなら、話しておけば良かったな。勿論全部が全部分かる訳じゃねーとは思うけど、姉貴が嬉しいならたまにはそういう話もしようぜ」
「うん、そうだね。今みたいに二人で居る時に色々話したいな。ありがと、クロカゲ」
「おう」
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…おまけ そのじゅうきゅう…
◼️魔物紹介◼️
◯スライム◯
森や草原に住んでいるポピュラーな下級の魔物。
ボール位の大きさの透明な薄緑色の本体の中に、少し色の濃い核が入っている。
目や耳などは無いが、人や動物を独自の感覚で探知できるらしく、探知範囲内に入ってくると近寄ってきて敵対行動を取ることがある。
攻撃方法はシンプルに体当たり。
威力自体はそんなに高く無いが勢いが凄いので、子どもは跳ね飛ばされる事もあり、それなりに危険。
縄張り意識があり、そこから追い出そうとしているのではという見方もある。
他にも顔目掛けて自分の粘液を飛ばしてくる攻撃が厄介。
目に入ると滲みて痛い上に、暫く視界がぼやっとするので、森などを散策する際は注意が必要。
イノリ:いきなり出て来たからすごくビックリした!スライムって、あんなに大きいんだなぁ…。
クロカゲ:あー、最初に遭ったヤツだろ?少し大き目だったかもしれないけど、まぁ平均的なデカさだな。怖かったか?
イノリ:ううん、あの時はクロカゲが居てくれたし、すぐ倒してくれたから大丈夫。でも一人だと怖かったかも。
クロカゲ:姉貴は戦闘慣れしてないもんなー。とはいえ、アレ位の魔物はこれからどんどん出てくると思うから、そのうち慣れるさ。
イノリ:だと良いなぁ…私もアレくらいは倒せるようにならないといけないね。採取中に遭遇することだって沢山あるってことだもんね。
クロカゲ:そうだなー。スライムなら動きもそんなに速くないし、練習にはちょうど良いと思うぜ。武器、使ったことないんだろ?
イノリ:うん。ちょっと怖いけど、今度遭ったらやってみる!あと、攻撃用の術式も少しは覚えなきゃなって思った。
クロカゲ:おれが側に居るから心配すんなよ。それに、術式なら近寄らなくても大丈夫だし、武器が無理そうならそっちからでも良いぜ。
イノリ:うん、お願い…!!そうだね、一応術式も勉強しておいて、武器が無理そうならそっちから始めることにしようかな。
クロカゲ:よし、そうと決まれば明日にでも…
イノリ:それは早すぎ…!!!




