警護隊の方々。
チヨさんのお店に到着したのは十一時半過ぎで、まだ警護隊の人たちは来ていないようだった。
「十二時前って言っていたから、もう少しで来ると思うけれど…それまでは奥でゆっくりしていてね」
「有難うございます。ちょっとですけど追加の軟膏も持ってきたので、先に納品しておいてもいいですか?」
「あら、忙しいのに悪いわね。凄く助かるわ。いつもの棚に置いておいてもらえる?」
「はい」
チヨさんに指定された奥の棚に軟膏をしまっていると、ベルの音が聞こえた。
暫くして店内に響く複数人の足音がしたので急いでお店へ戻る。
入口の方から、くすんだ赤髪の男性、落ち着いた青色の髪の女性、青み掛かった黒髪の青年の三人がレジの方へ歩いてくるのが見えた。
3人とも軽装備をしていて、それぞれ武器を身に着けている。
恐らく、この人たちが町の警護団なのだろう。
対応するためにレジに入ると、青髪の女性が話しかけてきた。
「こんにちは。先日お願いした薬品を受け取りに参りました、町の警護隊の者です」
柔らかく丁寧な口調で話しかけられたので、緊張していた気持ちが緩む。
「こんにちは。薬を調合したイノリと言います」
自己紹介をすると、女性は少し吃驚した表情になった。
「まぁ、こんなに若い方でしたのね!わたくしセイランと申します。警護隊の副隊長をしております。急ぎの依頼になってしまい申し訳ありませんでした」
そう言って、セイランさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ!ご依頼ありがとうございます」
こちらとしては有難いことなので、慌てて顔を上げてもらう。
それにしても、こんなに綺麗で優しそうな人が副隊長をしているなんて驚きだ。
そうすると、後ろにいる背の高い人が隊長さんかな?
後ろを気にしつつ、レジの下に入れておいたカバンから指定された数の薬品を取り出して並べる。
「こちらがご注文の品になります」
「指定通りそろえて下さったんですね!ありがとうございます」
セイランさんが嬉しそうに笑って頭を下げて、後ろの二人を振り返った。
…と、黒髪の青年が歩み出て、私に会釈する。
「クロガネと言います。薬品の品質の確認だけさせてもらってもいいだろうか?」
「あ、はい」
クロガネさんの申し出に緊張しながら頷く。
判別薬品で薬品としてはきちんと出来ていることが分かるようになっているけれど、効果は実際に使ってみないと分からないもんね。
まして、今は普及していない魔力調合の品となれば尚更だろう。
彼はおもむろに回復薬を手に取ると蓋を取って一口飲む。
固唾を飲んで見守る私に、彼は穏やかに目を細めた。
「本当に助かりました。急ぎの依頼であるにも関わらず、これ程素晴らしい品質の薬品を作れるとは。町の人が口を揃えて褒めるわけだ。本当に腕のいい魔力調合士だな、君は。重ねて、ご協力感謝する」
そう言われて、私は緊張で詰めていた息をゆるゆると吐きだした。
「良かったです。警護隊の方に認めていただける品質であれば、間違いないですね」
すると突然、後ろにいたセイランさんがさっきよりも吃驚しながら隣の男性を見た。
「ちょっとシュロ、聞いた!?クロガネ隊長が誉めたわよ!」
どうやら隣の長身の男性はシュロさんと言うらしい。
…ていうか待って。今クロガネさんのこと隊長って言った?
どうみても彼は3人の中で一番若そうだし、青年のようにしかみえない。頑張っても二十歳そこそこじゃないだろうか?
しかも、セイランさんもさっきと口調が違うような。
「マジかよやべぇな、俺の聞き間違いじゃ無かったのか」
「人聞きの悪いことを言わないでくれる?僕は急な依頼を受けてくれたことに加えて、確かな腕前の調合士殿に当然の敬意を払ったまでだよ」
「そう!それよ。隊長が敬意。鬼のクロガネと謳われる隊長が敬意」
「俺が雪狼の群れを一人で殲滅した時でさえ褒めなかった隊長が敬意」
展開についていけない私を完璧に置き去りにしたまま会話は進む。
えぇと、なんていうか…みんなキャラが濃い。
何だかよく分からないけれど、とにかく町の警護隊として色々と凄すぎるんじゃないかなこの人たち…。
「随分と根に持っているようだけれど。勿論セイランやシュロの働きにだって日々感謝しているよ」
やれやれと言わんばかりにため息を吐きつつクロガネ隊長がそう言うと、シュロさんはそっぽを向いた。
「…ついでに褒めたってことがバレバレなんだよ!地獄の果てまで着いていくぜ隊長」
前半と後半のセリフに差がありすぎて何事かと彼を見ると、シュロさんの耳が真っ赤になっていた。
…もしかして、照れてるのかな。
彼は口は悪いけれど、根はとても素直で良い人みたいだ。
シュロさんはつまりヤンデレなのかな。ヤンキーでデレるの略のヤンデレ。
「ああすまない。部下が騒ぎ立てて話がそれたね。これからも警護隊に薬品を卸してもらえると助かるのだが…大丈夫だろうか?」
クロガネ隊長が申し訳なさそうにこちらに声をかけてきたので、半ば現実逃避のように考えを巡らせていた私は現実に引き戻された。
「あ、はいっ!勿論です。宜しくお願いします」
慌てて頷いて頭を下げる。
「こちらこそ。では、これがお代だ、受け取ってくれ」
そう言って彼はカバンから革袋を取り出して私の手に乗せた。
結構な重さだ。
明らかに薬品の代金以上の量が入っていることは明白で、思わず慌てる。
「え、あの。これ量が…!」
中を開けて余剰分を返そうとする私の手をクロガネ隊長が遮る。
「いいんだ。通常の薬品より効果が高いものであることはよく分かったし、今回は急ぎでお願いしてしまったからね」
「ありがとうございます。でも本当にいいんですか?」
「勿論。もし気になるなら、警護隊に薬を卸す契約料だとでも思ってくれ」
「はい、これからもよろしくお願いしますね、クロガネ隊長」
私に名前を呼ばれたことに吃驚したのか、彼は黒真珠のような瞳を瞬かせて、そしてにこりと笑った。
「ああ、これからも宜しく頼むよ」
他の二人も口々にお礼を言って、3人はお店を出ていく。
騒がしかった店内が静かになると、レジの椅子に座って息を吐いた。
どうやら知らず知らずのうちに3人のキャラに圧倒されていたようだ。
でもみんな良い人そうだし、私のお薬が気に入ってもらえて、褒めてもらえたのが何だかくすぐったい。
それから、これからもお仕事をお願いしてもらえるのも凄く嬉しい。
今日はまた、大きな一歩を踏み出せた気がする。
ブックマークしてくださった方がいらっしゃいましたー!!有難うございます!!
お時間の隙間のお供に選んでいただけてとても嬉しいですー♬
これからも宜しくお願いします!!
…おまけ そのじゅうさん…
◼️調合物紹介◼️
◯フェアリ軟膏◯
フェアリーフの花の香りのする乳白色の軟膏。
滑らかな手触りで塗るとすぐに肌に馴染む。
魔力調合なので即効性があり、手荒れや傷、簡単な火傷程度ならたちまち治してくれる。
イノリ:普段使いから魔物討伐のお供まで、幅広く使える軟膏だよ。チヨさんのお店の主力商品の一つで、一番売れているのがこの軟膏になると思う。
クロカゲ:それにしても、まさか魔物討伐のお供になるとは思わなかったよな。
イノリ:そうだよね。簡単に作れるから、てっきり日用品の軟膏なのかなって思ってたのに…。チヨさんの手荒れがすぐ治ってたのにも吃驚してたけど、まさか戦闘の傷まであっという間に治しちゃうなんて…!
クロカゲ:だよなぁ…。そういえば、調合書に効能とか書いてなかったのか?
イノリ:うーん…確かに傷などを治す塗薬とは書いてあったけど、まさか戦闘で出来るような傷まで治るとは思ってなかったんだもん…。
クロカゲ:あの調合書、本当にざっくりとしか書いてないんだなぁ。この分だと、まだ知らない効能とかありそうだよな。
イノリ:確かに…!この先も知らない効能が出て来るかもしれないし、新しい調合が出来た時にはよく試した方がいいよね。町の人の話もちゃんと聞いておかなくちゃ!
クロカゲ:そうだな。流石に悪い効果が出るとは思えないけど、気にしておくに越したことはないからなー。
イノリ:ね!本当、覚え書きのレベルで困っちゃう。
クロカゲ:姉貴が調合したものは効能とか手順を書き足したりしてみたらどうだ?それか、新しくまとめ直したりしてもいいかもな!
イノリ:あ、それはいいね!細かく書いておけば久しぶりに作る時にも困らないし、効能も忘れたりしないように詳しく書き出しておこうかな!
クロカゲ:そうやって書き出していけば、いずれ姉貴の本が出来るかもしれないな。
イノリ:私の調合書かー…何だかそれも素敵だね。やってみようかな!
クロカゲ:おう、完成が楽しみだな!
 




