葛藤そして。
…前回のあらすじ…
後を継いで欲しいと言われた。
…ちょっと状況がよく分からないので部屋から逃げてみた。
空き部屋に逃げ込んだ私は、音を立てないようにゆっくりと扉を閉める。
この部屋はどうやら客室のようだ。
磨き上げられた窓から差し込む光が部屋を明るく照らしている。
念のためにベッドの陰に座り込むと、漸く一息吐く事が出来た。
目を閉じて深呼吸する。
もう一度目を開けてみても、目の前には静かな客室があるだけだ。
最初から、状況を整理しよう。
まず、私は一回死んでしまっているんだと思う。
私を殺したのは恐らくあの人・・・なのだろう。きっと。
最初の質問には答えてもらえなかったけれど、私を創ったと言っていた辺りで、その答えを貰ったも同然だ。
そして次に、私が先ほどの少年のことをマスターと言ったのは言葉を選びに選んで言った発言であり、本当に思っていることは実は違う。
私は彼に、よく知る親近感を抱いているのだ。
私は彼を―――家族、もっとはっきり言うなら、生みの親だと認識している。
つまり、今の私は、一度死んでしまった私と、新しく生まれた私が混ざった思考をしているんじゃないだろうか。
だから、彼に対して言葉に出来ないほどの恐怖を持っているし、恨んでもいる一方で、安心感や、絶対的な信頼と言う感情もまた抱いているのだ。
そして、彼によって思考や行動を縛られているような感じもしている。
今現在も、距離をとりたいと言う思考に反して、親の言いつけを破っているような罪悪感があるのだ。
子供のときに感じていた、親への絶対的な信頼と、その存在。
もし私が記憶を一切持たない真っ白な状態であの場所で目覚めていたら、彼に服従を誓っていてもおかしくは無いとさえ思う。
…それ位、彼は私にとって絶対の存在なのだ。
迷子になった子供のように、私は途方に暮れた。
・・・これからどうしよう。
此処を出て逃げた方がいいんじゃない?あの人から逃げるの?
危害を加えられるかもしれない。そんなことをされる訳が無い。
外のほうが安全に決まっている。あの人の下に居れば守ってもらえる。
色んな考えが浮かんでは消える。
彼に対する相反した感情は私の中で水と油のような状態になっていて、そのせいでこれからのことを決めかねてしまう。
何度目かの葛藤を終えたあたりで、カチャリ、と扉が静かに開く音が聞こえた。
彼が入ってきたと分かると心臓が跳ねた。
足音は迷うことなくこちらに向かってきて、緊張で体が強張る。
「此処に居たんだね。・・・大丈夫、キミに危害を加えたりしないよ。だから、そんな顔しないで」
そう言って彼は優しく私の頭を撫でた。
私はなんとも言えない気持ちになって唇を噛む。涙が出そうだった。
傍から見たら異様な光景に見えるんだろうな、と頭の冷静な部分が考えた。