迷宮入り。
「ところでその、チヨって人は誰なんだ?」
隣を歩くクロカゲが私を見上げて質問してくる。
光を眩しがる素振りをしていたので、少しずつ強くなる太陽光線を避けるように、クロカゲと一緒に木陰側に寄った。
「薬屋さんをしている人でね、お仕事探してた時に、チヨさんに色々話を聞いて調合始めてみようかなって思ったの」
すっごく良い人だよ!と付け足すと、クロカゲは、ふい、と私から視線を外して町の方を見た。
「ふぅん、そうなのか」
自分から聞いておいて、クロカゲの返事は素っ気ない。
「どうしたの、クロカゲ?」
私が顔を覗き込むようにすると、それを避けるようにそっぽを向かれてしまった。
「別に、何でもねーよ」
クロカゲの機嫌が何となく悪いのは分かるけれど、その原因が分からないので言葉に詰まる。
何か変なこといったかなぁ。
もしかして、弟のフリが面倒とか?
でもそしたらお留守番してればいいのに、着いてくるなんて変だよね。
うーん…。
悶々と悩んで居ても答えは出なくて、結局そのまま町に着いてしまった。
悩んでいても仕方がないし、もたもたしているとお昼になってしまうかもしれないので、そのまま薬屋さんへ行くことにする。
「こんにちは」
薬屋さんのドアを開けると、扉に着いたベルがカランと音を立てた。
「あら、イノリちゃんいらっしゃい」
カウンターに座っていたチヨさんが立ち上がり、こちらに歩いてくる。
「来てくれて嬉しいわ。お茶でもどう?…あら?」
クロカゲが目に留まったのか、チヨさんの視線が下の方へ下がる。
「弟のクロカゲです。この間こっちに引っ越して来たんです」
前回一人暮らしをしていると話してしまっていたため、用意しておいた言い訳を話すと、チヨさんはにこにこしながら頷いた。
「まぁそうなの。クロカゲ君、こんにちは」
チヨさんに話しかけられると、クロカゲは私の背中に隠れて私の服の裾を握った。
目線はチヨさんに向いてはいるけれど、半ば睨みつけるような視線を送っている。
そういえば、実家にいる猫が知らない人が入ってきた時にこんな感じで警戒していたような気がする。
その時は、警戒してる姿も可愛いなぁ。なんて思っていたけれど、今の私は冷や汗が出る思いだ。
ここで変なことされたら話がややこしくなっちゃう…!
「あらあら、どうしちゃったのかしら」
「えーと…ごめんなさい。この子、人見知りが激しくて…」
苦しい言い訳かなと思ったけれど、チヨさんはしばらく考える素振りをした後、納得したように笑った。
「そうなのね。大丈夫よ、大事なお姉さんを取ったりしないわ」
チヨさんにそう言われて、クロカゲが目を丸くする。
何か失礼なことを言うんじゃないかと心配していたけれど、しかしクロカゲは大人しく頷いた。
「…それならいい」
その一言を境に、クロカゲの機嫌が何故か良くなった。
理由は分からないけれど、クロカゲがチヨさんに変なことを言う可能性が無くなったので、今はそれだけで十分だ。
掘り返してまた機嫌が悪くなるといけないし、この件は追及しないでおこう…。
…おまけ そのよん…
◼️薬草紹介◼️
〇風車草〇
カザグルマソウや、フウシャソウと呼ばれる。
4枚の花びらがそう見える事からその呼び名がついた。
花弁の色は白や桃色、水色など様々でその見た目も美しいため、群生地は観光名所になる程。
種子は油分が豊富で、調合ではこの油分を使うことが多い。
栽培が容易なため食用油としても流通している。
クロカゲ:調合の時に見たのは種だったけど、花が綺麗なんだな。
イノリ:そうみたい。私も見たことないんだけど、群生地、いつか見てみたいね。
クロカゲ:ここら辺にはないのか?
イノリ:うーん…聞いたことないなぁ。今度町の人に聞いてみよっか。
クロカゲ:そうだな。近くだったら息抜きにでも行ってみようぜ。夕方とかに。
イノリ:やっぱり昼間じゃないんだね(笑)
クロカゲ:あの日差しがなー…ジリジリ焼かれる感じがしてしんどいんだよ。ま、もっと調子が良くなったら昼間にな。
イノリ:うん、楽しみにしてるね!
 




