魔力のある世界。
…前回のあらすじ…
気がつくと知らない部屋に居て、私を襲った人が話しかけて来た。色々あって、彼のことをマスターと呼ぶことにする。
話の流れからすると、私は一度死んでしまっているんだと思う。
黙ったままの私に、マスターは続ける。
「僕には後継が必要なんだ。でも、誰でも後継に出来るわけじゃない。だからそのための器…後継者の卵のような存在だね。それを創るにあたって、魔力が沢山ある人を探していたんだ」
「魔力、ですか?でも、私には特別な何かなんてありませんでしたよ」
聞きなれない単語が出てくるはずの無いタイミングで飛び出してきて、私は思わず口を挟んだ。
ここにはもしかしたら、そんなものがあってもおかしくはないかもしれない、とは思う。
でも、私はここの住人じゃない。
私の住んでいた世界では、空想の世界でしか魔力と言う言葉は出てこなかったし、勿論誰もそんな力は持っていなかった。
「キミ、今までの人生、結構運がいいって思ってなかった?」
私の発言を受けて、マスターは何故か突拍子も無い質問をしてきた。
話のつながりが読めず戸惑うが、私はおずおずと頷く。
「えぇと…いい方なのかな…とは思っていました」
言われてみれば、何か予想しない事が起こったりしても、大事になったことは無かった。
…ただ、それが過去形になってしまうのは、現在の境遇がそうさせるからだ。
私の答えに、マスターは満足そうに笑った。
「魔力が強い人はそうなんだよ。キミの世界は魔力を使う方法が確立されていないし、キミもその方法を知らないから普段は分からないけど、そうだったらいいと思ったり、強く願ったりしたことが無意識に魔力を動かしてそれを叶えようと働くんだ。キミは、その力がかなり強かった」
「でも、結果的に私は・・・殺されてしまいましたよ」
心の中に渦巻く感情の整理はまだ付いていない。自然と私の声は暗くなる。
「それは・・・いや、そうだね。その結果が今なのだから、キミの魔力に僕が勝った。そう言うことだよ」
マスターは一瞬言いよどんだように見えたが、直ぐに説明を続けた。
「・・・話を戻そう。僕はキミをゆくゆくは後継にしたい。器であるキミは、寿命に縛られない代わりに体内の魔力が無くなると死んでしまうんだ。だから、そうならないように、この世界での生き方をこれから覚えて行ってもらおうと思う」
「…魔力は、勝手に無くなっていってしまうものなのですか?」
私の質問に、マスターは頷く。
「うん、そうだよ。僕達にとっての魔力は、人間で言う血の役割をしているんだ。体の中を循環して、器としての体を維持している。生きているだけでエネルギーを使う人間と同じように、僕達は魔力を使って生きているんだ。魔力はいろんな方法で取り込むことが出来るんだけど、魔力を持っている他の存在を攻撃することが一般的な方法なんだ。だから僕たちのことを人は吸血貴と呼んでいたりする。それに伴って、その卵である君は吸血器、つまり器と言われていると言うわけ」
マスターからの説明に様々な思いがせめぎあって付いていけない。
私を構築するものが変わっていると言われ、私が置かれている世界が変わっていると自覚はするけれど上手く飲み込めない。
「この世界ではキミも、器として時には戦わなければいけないこともあるかもしれない。吸血貴や器は、自分の魔力を使って武器を創ることが出来る。・・・こんな風にね」
マスターは自分の右手に、あの時のように一瞬で紅く大きな剣を出して見せた。
恐怖が蘇り、顔が強張る。
それに気づいたのか、マスターは悲しそうな顔をした。
形をあの時と同じ鎌のような武器にしなかったのは、私を気遣ったからなのだろうかと、少しだけ思った。
―――だけど、でも。
「お言葉ですが、マスター」
立ち上がり、台詞をさえぎって発言する。
彼の名前が分からないし、未だにどのような立場なのかも曖昧なので、彼のことはとりあえずマスターと呼ぶことにした。
ベッドから立ち上がると彼を見下ろす形になるのに、全然恐怖が薄れない。
マスターの意思に反抗するだけで、こんなにも気力がいるのかと思った。
足が震えてしまいそうになるのを、何とか堪える。
「どうしたの?」
対してマスターは笑みを深めて私を見た。
その瞳の中にどんな感情があるのか、私には分からない。
「マスターの後継になって欲しいと突然言われても、私は色々な事を知らな過ぎると思います。それが運命だって言われたとしても、何も知らないのに言われた通りしていくのは、違うと思うんです。そう生きるのが正しいと、自分の中で理解して、納得した上で判断したい・・・です」
「それは、僕の器として生きていくのに抵抗があるということかな」
マスターが私の目を覗き込むようにする。
その口調は穏やかで、怒りなどの負の感情は見受けられなかったけれど、視線には何かを見定めているような冷静さがある気がする。
多分、私の反応を見ているんだと思うんだよね・・・。
主従関係が成立していることは私の返答から向こうも分かっているだろうし、その上で私の出方を見ているんだと思う。
何とか言葉を発しようとするものの、突然の出来事が多すぎて現状把握もままならないのに、考えを整理して伝えるなんて無理があり過ぎる。
正直、ここまで話せたことを褒めて貰いたいくらだ。
…勿論、褒めてくれる人なんて居ないんだけど。
こんなの、物語が始まった瞬間にラスボスの魔王に挑まれているようなものだと思う。
だから、私は切り札を使うことにした。
「…私も突然のことで、混乱している部分もあります。ですから…」
私は喋りながら視線を彷徨わせる。
そして、探し物が良好な位置にあることを確認する。
「少し考えを整理する時間を下さい」
言うが早いか、探し物―――部屋のドアへ駆け寄った。
鍵がかかってしまっている可能性も危惧したが、ドアノブはきちんと回りきり、ドアが開く。
急いで身体を隙間に滑り込ませ、
「失礼します!」
念のために声を掛けてから素早くドアを閉めた。
そのまま振り返らずに長い廊下を走り出す。
此処は何処なんだろうと思いつつも、混乱した頭を整理する時間を稼ぐために、私は敵前逃亡を図ることに成功したのだった。
ーーーーー
彼女が部屋を半ば飛び出したという形で出て行った後。
「僕の器は本当に予測不能だ。―――ねぇ、そう思わない?」
呼びかけると、視界の端に背の高い女性がすぅっと現れた。
「記憶を持ってるのね、あの子」
「どうやら、そうみたいだね」
「他人事みたいに話しているけれど、いいの?あの子、吸血器になることに既に疑問を抱いているでしょう」
「僕の後継にする道のりが遠くなったのは事実だね。反抗されたのは予想外だった」
困ったなぁ。と続けると、女性は笑った。
「あら、言葉のわりに困ってはいないみたいだけれど」
「ああ。暫く退屈しない日々が送れそうな気がするから。急がなくてもいいかなと思って」
「そう。貴方がそれでいいなら、それが一番いいのかもしれないわね」
そう言って、女性は現れたときと同じように、空気に混ざるように消えていった。
「ーーー」
呟いた言葉は、誰に拾われることもなく部屋の空気に溶けた。
それを確かめてから、飛び出した彼女を探すために少年も部屋を出て行く。
静かになった部屋には、窓から差す日の光だけが残された。