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偶然の出会いとやりたいこと。

そしてその翌日。気合十分で町のパン屋さんへ行ってみると、先程働きたいと言う子が来て、しかもそれが料理上手と評判の娘さんだったらしく、即採用したと言われてしまった。

折角自立への第一歩が踏み出せると思ったのに…。

自然と溜息が漏れる。他に求人もないので、就職活動はまた振り出しに戻ってしまった。


足取りも重く町角を曲がると、直ぐ目の前の薬屋さんの前で、誰かが大声で話しているのが聞こえた。

「だから、今は作り手が少なくなっていて、その値段じゃとても薬は卸せないですよ」

「そこを何とかもう少し安くできないですかねぇ…この町の物価じゃとても高くてみんなが買えないんですよ」

「そう言われてもねぇ…」


話していたのは行商人風のおじさんとお婆さんだった。

どうやら店主と思しきお婆さんの耳が少し遠いので大きな声になっているだけで、言い争っているわけではなさそうだったけれど、結局薬は卸して貰えなかったらしく、お婆さんは下を向いてため息を吐いていた。


「あの、お薬、高いんですか?」

「お嬢ちゃん、聞いていたのかい?…そうなんだよ。最近薬の作り手が減っているらしくてね…行商人が最後に立ち寄るこの村までは殆ど薬が回って来ないし、残っていても高いものばかりで困ってるんだよ。何か欲しいのかい?」

「えぇと、そうではなくて…。お薬って勉強すれば誰でも作れるんですか?」

私の質問に、お婆さんは目を丸くした。

「お嬢ちゃんが薬を?…勿論勉強すれば作れるようになると思うけど、薬の調合書はものすごく高価だし、私もどんなものなのかは分からないのよ。それにこの村には売っていないから今から始めるのは難しいんじゃないかしら…」

そう言われて、家の本棚に薬の本があったのを思い出す。

簡単なものでも作れれば、この町で売れるかもしれない。

「もし本が手に入ったとして、材料も高かったりするんでしょうか?」

「作り手が少なくなったせいか何処も材料は殆ど売れないから、貴重なものじゃなければパンよりよっぽど安く買えると思うよ。うちにも少しあるし、何ならこの山に生えてたりするものもあるからね」


…消費する人が少なすぎて、市場では薬草が飽和状態なのかな。

それなら本さえあれば練習は沢山できそうだし、いまは他に募集している働き口もないし、山にあるものなら採ってくればタダだし!

出来るかどうは分からないけど、やってみようかな。


「そうなんですね。もしお薬が作れるようになったらこのお店に置いてもらえますか?」

「それは願ったり叶ったりだけど…でも調合書は殆ど売っていない上に、聞いた話だとお屋敷一つ分くらいのお値段がするとかしないとか…」

それを聞いて、今度は私が目を丸くする番だった。

あの本、そんなに貴重な品だったんだ…今日からは盗まれないように、金庫の中か枕の下にでも入れて寝よう。

「そうなんですね…。でも、もし本が手に入った時のためにあらかじめ材料を少し買って行ってもいいですか?」

流石にその話の直後に、本なら家にあります!とはとても言えないので、誤魔化しながらそうお願いすると、お婆さんはくすりと笑った。

「あらあら、せっかちなお嬢さんね。お名前は?」

「イノリと言います」

「イノリちゃんね。私はチヨ。宜しくね。未来のお得意さんになるかもしれないものね。さぁ中へどうぞ」

「ありがとうございます、チヨさん」


チヨさんと一緒にお店の中へ入る。

誰も買ってくれる人がいないからと、チヨさんは薬草をとても安い値段で売ってくれた。

更に私が一人で暮らしているのを知ると、干した果物やナッツが入った袋を持たせてくれて、

「未来の薬師さんが体調を崩したら困るもの」

と茶目っ気たっぷりに笑った。

…でも、チヨさんは私が本を持っていないと思っているから、きっとそれは口実で。

私のことを純粋に心配して栄養のある物を持たせてくれて、更に無駄遣いしないように最低限の量だけの薬草を安く売ってくれたんだと思う。

「お薬ができなくてもまたおいで。お店は開店休業みたいなものだから、話し相手になってくれると嬉しいわ」

「ありがとうございます、嬉しいです!必ず寄らせて下さいね」

お店の外まで見送りに出てくれたチヨさんに何度も頭を下げて、足取りも軽く家路に着いた。


チヨさんから貰った紙袋を大切に抱える。

優しさを沢山もらって心がぽかぽかした。

薬を作って売れる様になれば、きっとチヨさんは喜んでくれるし、この町の人達の役に立つ事も出来る。

やりたいことが見つかって、目の前が開けた気がした。

家に帰ったら、本を読んで、設備を整えて、出来そうなら調合を試してみて。

新しいことを始める時のわくわくした感情に包まれて、これからのことを考えるのが楽しい。

やりたい事と、それまでにやるべき事がどんどん溢れてくる。

チヨさんのために、村の人達のために、そして何より私自身のために。

必ず薬を作って持っていこうと強く思った。

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