旅立ちの朝。
…前回のあらすじ…
出発に向けて荷物をまとめた。
食べ物や香茶も少し持っていくことにした。
マスターの香茶は魔力の補給効率の良いものばかりで作られているらしい。
翌朝、朝食を終えて荷物を持つと、マスターと一緒に家の玄関を出る。
「じゃぁ、此処から山小屋まで魔法陣で送るね。その前に、色々と渡しておく物があるからちょっと待って」
そう言って、マスターは折り畳んだ紙を数枚と、革袋を一つ手渡してくれた。
「紙の方は山小屋の見取り図と、1番近くの町までの地図。袋の中身はお金だよ」
「有難うございます」
革袋の中を覗いてみると、金貨や銀貨がそれなりに入っていた。
この世界のお金の価値はまだよく分かっていないけれど、こういうのって本物の金や銀で出来てるんだよね…?
つまり、かなりの高額なのでは…。
「え、こんなにいいんですか…!?」
吃驚してマスターを見ると、彼は鷹揚に頷いた。
「うん。暫く暮らしていけるくらいのお金は必要かなと思って。あとは自分で稼いでいって貰う事になるから、くれぐれも使い過ぎないように。
こういうのを『何時までもあると思うな親と金』っていうんだろう?」
半不死身とも言える生みの親が大金を渡してくるという微妙な状況の中でそれを言われると、私はなんと返せばいいのか真剣に困る。
「・・・マスター、やっぱりズレてる気がします」
「あと、外で苗字は名乗らないでね。柊って知られると色々面倒なことに巻き込まれる可能性が高くなるから」
そう言われて吃驚する。
「苗字を名乗らなくても問題はないんですか?」
「うん。自分の名前を漢字で表記したものを真名っていうんだけど、苗字を含めた自分の真名は、身内や自分の信頼できる人以外には教えないということになっている。呪いなどの悪い術式を掛けられやすくなるからね。だから余程のことがない限り自分の名前は仮名で書くし、苗字は教えたりしない。出自が知られるといけないからね」
確かに魔法がある世界だし、呪いとかおまじないとかはあってもおかしくないとは思うけど、それでも自分の名前一つでそんな事になってしまうなんてちょっと怖い。
「分かりました」
気を付けなくちゃ。と思いつつ深く頷くと、マスターは安心したように笑った。
「うん、気を付けてね。あとは山小屋の設備だね」
マスターから見取り図を開くように言われ、小屋の中に何が有るかの説明を簡単に受ける。
「お金は金庫があるから、大切なものと一緒にそこにしまっておいて。備え付けの頑丈な金庫だし、開け閉めは僕の考えた術式だから、そこに入れておけば盗まれる心配は無いよ。開ける術式は…そうだな。祈、右手を出して」
「…?はい」
言われるがままに右手を出すと、マスターが私の人差し指に触れる。
指の上に小さな魔法陣が展開すると、指紋の部分に吸い込まれるように消えていった。
「人差し指に魔法陣を入れてあるから、あとは金庫の取っ手をドアノブと同じ容量で動かすだけで開け閉めできるからね」
「術式ってそんなことにも使えるんですね…凄い」
「初歩の術式の本とかが入っている本棚があるから、読んで覚えてみてもいいかもしれないね。基礎はもう教えてあるから、あとは祈の頑張り次第かな。頑張れば頑張っただけ成果が出るから、術式の勉強は面白いと思うよ。・・・僕からはそんなところかな。ほかに何か訊いておきたい事はない?」
「えぇと・・・多分大丈夫だと思います」
そう答えると、マスターは私をまじまじと見詰めた。
「祈は、まだ僕のことを恨んでいる?」
突然の質問に面食らう。
でも、ここではぐらかしたり、誤魔化したりするのは良くないと強く思った。
だから暫く考えてからゆっくりと口を開く。
「…分かりません。でも、マスターのしたことは、許されることではないと思います」
マスターは私の発言を受けて深く頷いた。
「そうだね」
…まるで、私がそう発言することを分かっていたみたいに。
「例え生き返して貰ったとしても、殺されたときの悲しみや恐怖や絶望が消える訳ではないですから」
未だに答えが見つかっていない自分の気持ちを吐露する。
何か言われるかと思ったけれど、見詰め返したマスターの瞳には批難や悲しみの色は無かった。
「勿論、分かっているよ。だから、僕を裁けるのは君だけだ」
そう言ってマスターは私の頬を撫でた。
一瞬の出来事だったけれど、その時の表情が穏やかで、何処か安心しているようにも見えた。
しかしそれを確かめる間もなく、マスターは私から離れて術式を展開する。
私の足元に現れた魔方陣が強く光り始めて、視界を白く染め上げていく。
「身体に気を付けて」
魔方陣の光が眩しくて目を閉じる直前。
最後に聞こえたマスターの声はとても優しくて、やっぱりお母さんみたいだな。と思った。
第一章、終わりました!!
ここまで書いてこられたのは読んで下さっている皆さまのおかげです。
ここまで長い話を書くのは初めてなので、もしかしたら何処かで躓いてしまうかもしれませんが、これからも全力で頑張っていきたいと思いますので、第二章からもお付き合いいただけるととても嬉しいです。
二章は、ずっと書いてみたかったスローライフ時々戦闘みたいなお話にしたいと思っています。
宜しければ、皆さまの時間の隙間を埋めるお供にしてやって下さい。
 




