The story goes on
日常パート、そしてラブコメパート始まります
月曜日、雅之は土日の大会でそれなりに集中力と体力を消耗しているのを、寝起きの悪さで彼は痛感した。昨日の試合は快勝だったが、やはり、大会の緊張感と集中力の消耗からくる疲れは、どれだけ場数を踏んでも完全に慣れることはなかった。
父親が用意した朝食をいそいで胃に流し込むと、彼は最寄り駅へと向かった。朝晩は秋の訪れを少しずつ感じさせる気温だ。朝6時半、地方ということもあり、改札もない単線のホームは閑散としていた。
「…」
彼は無言で電車を待つ。当たり障りのない日常の光景だった。
電車に揺られて約30分、彼の通う北部高校の最寄り駅である「北部高校前」という脊髄反射で名付けられたような名前を関する駅に降り立った。途中から同じ北部高校へ通う生徒もちらほらと乗ってきていた。部活の朝練だろう。雅之の所属するテニス部は渡辺教諭の「めんどくさい」の一言で朝練は各自で行うこととなっていたが、野球部などはほぼ強制的に全員参加のだった。そのためか彼が駅に降り立つと、坊主頭の集団が早朝から大声で会話をしていた。
「ん…?」
単線のプラットホームはそれなりに混んでいたが、彼はいつもと違うなにかを感じた。彼の前には野球部の面子が五人ほど連れ立って歩いているが、そのうちのひとりがこちらをチラチラと伺っているのが、彼の感じた『なにか』の正体だった。
彼に鋭い視線を配るのは、雅之と同じ二年生の服部勝だ。雅之の記憶では、通称「ゴリさん」と呼ばれる野球部主将の大柄なサル顔の男だ。見た目そのままの渾名がついている彼は、何かとお調子者で話題にあがる。クラスは違えど学校行事などでは目立つことをやりたがる彼は、おそらく学年全員が存在を認知しているだろう。
「おはようさん」
特に雅之は「ゴリさん」と会話をしたことはないが、あまりにも奇妙なその視線に耐えきれずに当たり障りのない挨拶をする。
「…おう」
服部は少し驚いたようだったが、流石に無視をするわけにもいかないといったような感じで一言だけ返事をした。
朝練を終えた雅之は、急いで着替えを済ませ教室へと向かった。彼が自分の席に滑り込んだのはホームルームのチャイムがなる3分前だった。
「お、北川」
おはようと彼に挨拶したのは前の席に座る伊東だった。
「おはよう、伊東も朝練だったのか?」
野球部に所属する伊東は、雅之と同じ中学校からこの北部高校に進学してきていた。
「まあな、遅刻したけど」
先ほど駅で彼の姿が見えなかったことを雅之は思い出す。
「それよりお前、ゴリさんに何かしたのか?」
「えっ?」
唐突な問いかけに、雅之は驚いたが、底で今朝のやりとりを最寄り駅での出来事を思い出し伊東に伝える。
「そうか‥」
伊東は雅之の話を聞くと不思議そうに一言だけ言った。
「なぜかは知らないけど、ゴリさんめちゃくちゃ北川に腹を立てていたぞ」
「どういうこっちゃ」
「オレに聞くな。だけどゴリさん、喧嘩っ早いとこあるから気をつけるんだな」
伊東が先行き不安な忠告をしたところでチャイムが鳴り、担任の近藤教諭が教室に入ってくる。
「おはよう!皆今週も元気に学校生活を送れそうか?」
体育教師である近藤教諭の元気な挨拶を、雅之は聞き流しながら、脳みそをフル回転させてゴリさんこと服部のことを考えていた。
六限が終わる頃、朝のさわやかな天気はどこへやら雨が降っていた。気温は昼前から真夏並に上がり夕立をもたらす。当然外のコートは使えないためテニス部は室内での筋トレを行っていた。
「おっしゃ、お前良みんなで校内走れ。一人10周な」
渡辺教諭が部員に指示を出す。一部のメンバーからは不満が漏れる。
「今から私はお前らの中間テストの問題作るんだ。これ以上文句言うなら難しくするぞ」
渡辺教諭はそう言って、皆の不満を押し黙らせた。
「それじゃ、スタート!」
彼女の合図で全員が走り出す。校内マラソンのコースは、中庭を囲んで長方形になってい四階建ての校舎を各階一周し、すべての階を回ってスタート地点まで戻ってきて一周という計算だった。雅之も部員に続いて走り出す。
二周目、雅之はそれなりのペースで走っていた。三階への階段を駆け上がり、角を曲がったタイミングだった。
「きゃっ!」
女子生徒の声と何かが床に飛び散る音が響く。雅之も突然の衝撃に思わず後ろに転ぶ。
「いてて」
雅之は背中の若干の痛みを感じながらも、ぶつかった相手を確認した。数冊の分厚い本が散らばる中に、彩奈が尻餅をついている。
「大丈夫か?」
雅之ははっとして、彼女に手をさしのべた。
「北川君…そっちこそ大丈夫?」
彩奈は雅之の手をとり、立ち上がる。2人は一で我に返り、どちらとも無く手を離す。
「手伝うよ」
雅之は床に散乱した本を拾う。
「あ、ありがとう。」
彩奈もゆっくりとかがんで、床に落ちている古いゲーテの詩集を拾う。
「図書委員だったっけ?」
雅之は尋ねた。照れくさい無言の空間に耐えきれなかったのだ。
「うん…この本全部処分するから、ゴミ捨て場まで持って行かなきゃ‥」
かなりのすべての本を積み上げると、かなりの重さになった。いくら彩奈が運動部で鍛えてるとは言え、女子が一人で運ぶには厳しい重量感が雅之の腕に感じられる。
「これ、流石に無茶だろ…」
「だって早く終わらせて部活いきたかったんだもん」
普段はどちらかと言えばクールな彼女が、むくれた顔で言う。
「しゃーない。乗りかかった船だ、運んでやるよ」
雅之は自分でもこんなに人に甘かったかと思う優しさを見せる。
「ありがとう!」
彩奈はの笑顔で礼を言った。
彼女の笑顔に少しだけ、雅之は心臓の心拍数があがったのだった。
ゴミ捨て場は体育館のピロティのそばに位置する。雅之と彩菜は2人で通路を歩くと、ピロティで野球部がキャッチボールをしている。
「いくぞー!」
威勢の言い掛け声がコンクリートの天井伝いに反響するなか、雅之は視線を感じた。
「…またか」
「どうしたの?」
雅之の言葉に彩奈は疑問を投げかけた。彼はふさがった両手の代わりに顎で方向を指す。そこにはグローブをはめた服部がキャッチボールの合間に少しこちらを伺っているのが見えた。
「えっ」
思わず彩菜が言葉を漏らす。
「今朝からだよ。やたらあのゴリさんとやらがオレをチラチラと見てるんだ」
「…そっか」
どこか腑に落ちない反応を彼女は見せた。