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対角線上の直線

 高校テニスって県大会レベルだとセルフジャッジだとか、そういうつっこみあったら教えてください。

 大会二日目、前日とは打って変わって一面に広がる分厚い雲の下、雅之と幸彦は県民スポーツ公園の入り口に立っていた。

「雅ちゃん、ついてないよ今日は」

 幸彦は深刻な顔をして言う。

「ついてないって?」

 雅之は彼の言うことがが何を意味するかわかっていたが、あえて尋ねる。

「まさか夜のうちにあれだけ雨が降るとはね…今日は辛い試合になるよ」

 県民スポーツ公園のテニスコートは全面人工芝に砂を撒いたオムニコートだった。しっかりと管理をしていれば、コート内に水たまりが出来ることは無いが、雨の後は蒸し風呂になる上、ボールも水を吸って重くなる。体力が削られる条件がすべて整っていた。

「まぁ、条件は皆同じだ。ここまで勝ち残ったのは幸彦の実力なんだから、前向きに行こうぜ」

 雅之の言葉に幸彦は少しだけ救われた気がした。

 



「あれ?」

2人が受付前につくと、すでに渡辺教諭は到着していた。そしてその横には女子テニス部の主将である長谷川瑠美はせがわ るみと彩奈の姿があった事に雅之は素っ頓狂なこえを出した。

「おはようさん、2人とも」

 渡辺教諭は雅之達に声をかける。

「おはようございます。長谷川さんと東田さんはどうして?」

 幸彦は渡辺教諭に聞いた。

「ああ、2人とも昨日で負けてしまったけどウチの女子テニス部のホープには間違いないと私は思ってるんだ。だから、今日は男子の試合を見て勉強してもらおうと思ってね」

学校の名前が入ったジャージに身を包んだ2人は、照れ臭そうにニコリと笑う。

「なるほど」

 雅之はそうつぶやくと、2人にトーナメント表を手渡した。勝ち上がった選手は赤線であみだくじのように表をなぞってある。

「見るなら、オレの試合よりこっちを見とけば勉強になるよ」

 雅之が指差した試合は今日の第一試合、国際大学付属高校の西宮と北部高校の澤田の試合だった。

「どうして?」

 幸彦が不思議そうに尋ねる。

「西宮が強いのは幸彦も知ってるだろ?だけどこの北部高校の澤田、もっと強いぞ」

「へえ」

 幸彦がそれ以上は聞かなかったのは、雅之の言うことは本当だろうという思いだけだった。

「だけど、もし僕が今日の第一試合に勝ったら、この二人のどちらかと当たっちゃうなぁ」

「そん時は決勝で会おうぜ」

 雅之はそう言うと、ウォーミングアップの為に走り出した。


 準々決勝、流石に対戦相手も強くなってきた。8ゲームマッチで行われる試合において雅之も所々ヒヤリとする場面も増えてきたが初戦は快勝だった。試合を終えた雅彦は、ベンチに置いた水筒と予備のラケットを回収し受付へ試合結果の報告に行く。

「8-1で県立北部、北川です」

 大会実行側が雅之の言葉を聞き、組合せ表に赤ペンを走らせるのを見た雅之は自分の結果よりもその数センチ左に記された結果に目を見開いた。

 【国際大学付属 西宮 2-8 夕陽ヶ丘 澤田】

 西宮が惜敗とは言いがたいスコアで澤田に負けていたのだ。

「はい、お疲れ様」

 雅之は受付の中年男性の声で我に返る。彼は無言で受付を後にした。


「いや、思ったより強いな彼は」

 渡辺教諭は雅之の試合結果を聞くと、長谷川と彩奈と共に観戦した第一試合の感想を端的に述べた。

「西宮君は北川ともいい勝負をするだろ?その彼が県大会で終わっちゃったんだから驚きだよ」

「どんな展開だったんですか?」

 雅之ははやる気持ちを言葉に込めた。

「ビッグサーバーという印象ばかり受けたが…何というか表現が難しい」

 髪をかきあげて渡辺教諭は答える。

「あれは反則だよ。あの身長ならどこからでも決め球を打てるんだから」

 横から長谷川が口を挟む。

「サウスポーで多分身長は180センチ以上あるんじゃないかな?」

 彩奈も付け加えた。雅之の記憶の中の澤田はそこまで大柄ではなかったが、成長期というものが彼に味方をしたのだろう。

「先生、試合終わりました」

 皆が神妙な顔で話している中、幸彦が額に汗を流してやってきた。

「8-6でなんとか勝てましたよ」 

 幸彦は嬉しそうに報告する。大会ベスト4に残るのは、過去最高の結果だった。

「ただ、次は…」

「皆まで言うな」

 渡辺教諭が幸彦の言葉を遮った。

「いいか、自分を信じろ。テニスは最後、精神力だ」

「はい!」

 屈託のない笑顔で幸彦は返事をする。

「準決勝は20分後らしいです。あと、雅ちゃん。決勝進出おめでとう」

「は?」

 間抜けな声をだす雅之は準々決勝を終えたばかりだ。

「次の相手、棄権だってさ。さっき受付に報告に行ったときそう書いてあったよ」





 準決勝が始まる。雅之は受付に確認に行くと戦う予定だった相手は試合には勝ったものの熱中症で倒れたとのことだった。

「先生、ベンチコーチ譲ってもらえませんか?」

 幸彦と澤田の試合が始まる直前、雅之は渡辺教諭に打診する。

「…まぁいいだろ。私より北川の方が的確なアドバイスは出来るだろうからな」

一瞬間があったものの了承を取り付けた雅之は、扉を開き幸彦と共に戦場へ向かった。

「がんばってね!」

 彩奈が幸彦にそう言った。幸彦は少し嬉しそうにありがとうと言うと、ラケットを持った右腕を空に掲げた。

 少し遅れて澤田が入ってくる。彩奈の言ったとおり、彼の背丈は175センチの雅之より遥かに大きかった。左手には二本のラケットを持った澤田は、二人には巨人のように映っていた。

 カラカラと幸彦のラケットが回る。ラケットトスの結果、サーブ権は澤田に取られてしまった。

「いいか、逆にチャンスだと考えるんだ。初っ端相手のサーブを拝めるんだからな」

 一言だけ雅之はそう言うと、ベンチに浅く腰を下ろす。彼は澤田がコートにテンポよくボールをつくのを見つめている。

 澤田は高いトスをあげた…と思いきや次の瞬間にはバン!という音が響いていた。ボールは幸彦の後ろの壁から跳ね返り、彼の足元へと転がっていた。

 雅之はすぐに幸彦の顔を見る。驚きを隠せない表情を浮かべていた幸彦だったが彼は頭をブルッと震わせるとすぐに真剣な表情に切り替える。

 次も、その次のポイントもサービスエースだった。だが幸彦はボールの軌道は見えている。

「0-40」

 審判の声が響いた。

澤田は再びボールを高く放りあげると、飛び上がり打ち下ろす。サービスラインギリギリに落ちたのを少し離れた雅之には見えていた。

 パァン

 快音では無いが音が響く。幸彦は豪速球のサービスを打ち返したが、そのボールは無情にもネットを揺らす。

「…っ!」

 スイートスポットを外したそのリターンは、鈍い痺れを幸彦の腕に伝えていた。

「ゲーム、夕陽ヶ丘、澤田君」

第一ゲームはストレートで澤田が勝ち取った。



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