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23.77mの2人

 試合が始まる。テニスとは我慢比べ。

「マジかよこれ」

 9月最初の土曜日、雅之は県民スポーツ公園の事務室前に設置された大会受付に張り出されたトーナメント表を見て呟いた。

「どうしたんだ、北川」

テニス部顧問の渡辺先生が問いかける。

「どうもこうもないですよ、これ」

 北川はトーナメント表の真ん中を指差した。

澤田さわだ 伸一しんいち  県立夕陽ヶ丘高校』という名前が第五シード枠に記されている。

「さわだ…しんいち?知らない選手だな」

 渡辺女史は不思議そうに呟くとペラペラと指導者に配布された出場選手一覧表を捲った。

「先生は知らないかもしれないですけど、これ去年の北海道ナンバーワンですよ」

「まさか、同姓同名だろ?」

 渡辺先生は冗談だろうはやめろと言うと、女子テニス部のミーティングがあるからと去っていった。雅之はそれを後目に隣に張り出された女子大会のトーナメント表へ目を落とす。同じく県立夕陽ヶ丘高校の選手として「澤田美由紀さわだみゆきがエントリーされていた。

 雅之の疑念は確信に変わった。北海道の澤田兄妹と言えば、ある程度の知名度は高校テニス界にはあったのだった。全国大会でトップではないものの、兄妹での全国出場ということで数年前の全中大会で話題になったのを覚えている。

「あっ…」

 もう一つ、気づいたことがあった。女子の大会では順当に行けば三回戦で彩奈と澤田妹が当たる。

「お、北川じゃねえか」

 トーナメント表に意識を集中させていた雅之の横には気がついたら大柄の男が立っていた。

「西宮…」

 国際大学付属高校の西宮だった。

「今回は明日の決勝まで当たらないか。待ってろよ」

 ニヤリと笑いながら西宮は左手に持ったラケットを手の中で回す。

「おとといきやがれ」

雅之はそう言うと、西宮に背中を向け受付を後にした。

 

 二回戦を、順当に勝ち終えた雅之は次の試合に備え昼食を流し込んだ後練習コートへ向かっていた。

 通りかかったコートを見ると、女子が試合をしている。

「やっぱり、澤田さんはさすがだね。マッチポイントだよ。相手、北部高校の人でしょ?」

 夕陽ヶ丘高校のユニフォームを着た女子生徒の声が彼の耳に入ってきた。澤田妹(と思われる女子)の試合と気づいた雅之はスコアボードに目をやった。スコアは5-1で澤田美由紀が圧倒していた。コートの中には、二年前の全国中学生大会で目にしたショートカットの髪の澤田美由紀が、多少大人びた姿でベースライン上で相手選手のサーブを待っていた。

「やっぱり…」

 だが、雅之は思い出した。時間的にはおそらく三回戦。澤田美由紀が立つ向かいには、彩名が呼吸をはじめとする整えようとボールを地面につきながらタイミングをとっている。

 雅之は観覧用のアスファルトのベンチに腰を下ろす。

 パァンというボールの音が響いた。悪くない、女子にしては球足が早いサーブを彩奈は放った。ラインギリギリに入ったサーブを澤田はフォアハンドのトップスピンで返す。浅めのリターンショットとなったその玉を、彩奈は追いかけて深いスライスショットで返すと、僅かに浮き上がったボールの滞空時間を利用して一気にネットまで詰め寄った。彼女が得意とするサーブ&ボレーのスタイルに持ち込んだことを雅之は理解した。

 だが、ゲームの支配権は澤田が持っているのは明白だった。ボレーで左右に相手を振ろうとするが、ここ一番で緩急をつけたショットを澤田は放つ。

「マズいな」

雅之はだれに言うわけでもなく呟いた。

 次の瞬間、彩奈のドロップボレーがネットからそう遠くない場所に落ちた。勢いを殺されたボールは、サービスラインよりはるか手前のネット際に音も立てずにワンバウンドする。

「おお…!」

 タイミング、技術ともに見事なまでのドロップボレーに試合を見ていた数人の観客画どよめく。

 だが、次の瞬間、ついさっきまでベースライン上にいた澤田美由紀がボールに追いついていた。紙一重でボールの下にラケットを滑り込ませるとラケットを振り上げ高いロブとしてボールが舞い上がった。

 高く上がったボールをほんの一瞬見失った。すぐに気がついてコートの後ろを振り向く。ボールはベースラインギリギリで落ちると彩奈は走り出したが、無情にもツーバウンドとなり、試合は終わった。

 試合を終えた二人をパラパラと拍手が出迎える。気がつくと雅之の横には渡辺女史が立っていた。

「あれが北海道の澤田美由紀か。確かに強いな」

「先生…」

 雅之は渡辺先生に気がついた。

「あんたは自分の試合のこと考えな。それともアレか、東田とは『仲良し』なのか?」

「だから言ったでしょ、澤田伸一が北海道ナンバーワンだって。その妹も有名っすよ」

 雅之は渡辺先生の後半の発言を無視すると、踵を返し練習コートへと向かった。


 西日が強い夕方、初日の日程を終えた選手はそれぞれ帰路につく。

 雅之は三回戦を勝ち抜き、明日からのベスト8以上が出場する準々決勝に足を進めていた。だが、彼は余り調子のよくなかったフォアハンドストロークを調整するために自腹でコートを借りて調整しようと受付へ向かっていた。

「あ、北川君」

 時を同じくして彩奈も受付前に立っていた。彼女は片手にラケットと試合で使ったボール缶を持っている。

「お疲れさん、試合見てたよ」

「えー、恥ずかしいな。」

 彩奈は悔しさをこらえた笑顔で言う。

「完敗だったから、悔しくて練習しようかなって思ってるんだけど、もしよかったらつきあってくれる?」

 なぜか心雅之の心臓がドキリと音を立てた。

「あ、ああ。オレも調整しようと思ってたんだ。ちょうどいいや。」

「ふふっ、私も北川君みたいに頑張ってみようかなって」

「なんだよそれ」


「そうそう、ここでラケットの面を押さえるように…」

「あー、本当だ!ボールが浮かない!」

 雅之はラリーをしながらコーチをする。彩奈のショットは男子と違いスピードも遅いし重くない。だが、そのボールは正確な起動を描いて雅之の元へ飛んでくる。彼にとっても良いストロークの調整だった。

「東田、前にでてボレーしてくれるか?」

パァンと緩いボールを放つと雅之は言った。

「オッケー!」

彩奈は大声で返事をすると深いスライスショットを放ち前にでる。タイミングをずらすそのショットを雅之は高めの打点で返した。これを難なく返す澤田妹のレベルの高さを改めて感じた。

 ボールが返ってくるテンポが早くなるにつれて、雅之と彩奈はそれぞれ言葉が少なくなる。心地良い音だけがコートに響いていた。

「あっ」

 ボールがネットを揺らす。彩奈は僅かにスイートスポットを外したその玉はコードボールとなり雅之側のコートネットギリギリに落ちようとしていた。

「くっ…」

雅之は全力でネット際に詰め寄りボールを拾う。彼は倒れ込みながらもボールを拾うと思いっきり打ち上げた。

「東田!まだだ!」

 雅之の声を待たずに、コート後ろへ走り込みワンバウンドしたボールをフォアハンドで打ち込んだ。鋭い軌道で雅之の横をボールは過ぎ去っていく。

「流石…だよ…ほんと」

肩で息をしながら起き上がると雅之は彩奈に言った。

「これが試合で出来たら良かったな…」

 彩奈は暗い表情で言った。

「できるさ。次からは絶対に」

 根拠はない。だが雅之はなぜか確信していた。


 

  

 



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