07 宿を取るだけでこうなるか
俺は森を出て近くの街ノウムクに来た。
あの後魔物を何体かヒールで倒してみたが、レベルは変わらなかった。
変わったけど数値がおかしくて分からなかったという可能性もあるが。
森を早めに出たつもりだったがすでに夕方になってしまっている。
宿はなんとしても取りたいところだ。
ノウムクは比較的小規模な街であり、冒険者や旅の商人などを除くと1万人程度しかいないらしい。
観光地や特産品と言えるものは特に無いが、周囲が自然豊かな影響で探索拠点になっている。
また、王都や大規模な街へ行く際の中間拠点で使われることもある。
住んでいた街の隣で比較的近く、ここに来たのは初めてではないが、学院の行事で王都ネドランシンに行く際に1度使っただけだ。
ある程度の規模の街に入る際は犯罪者でないことの証明として身分を示す物かお金を払って滞在許可証を受け取る必要がある場合が多い。
例外はあり大規模な街で必要がない場合や小規模の村でも必要になる場合がある。
身分証明に関しては冒険者や商人等のギルドに所属している者、騎士、貴族、生産職や魔法である程度の経験を積んだ者などに対し比較的簡単に発行されるのでハードルは高くなく、本来は貴族として問題なく入れたはずだが、俺はその資格を失っている。
ノウムクの入口には2人の衛兵が立っていた。
街によっては1人の所もあるが、証明書を持たない者にいきなり襲われることも多いので2人以上配置している場合が多い。
ちなみにここは門がなく夜閉鎖されないので夜担当の衛兵がいるのだろう。かなり大変そうだ。
衛兵は最小限の装備だったが、普通の住民に比べ格段に強いはずであり、強力な魔物や大量の犯罪者が来ない限りは守ることができるはずだ。
街の入口に近づくと衛兵が話しかけてきた。
「ノウムクにようこそ。身分証明できるものはあるか?」
ここの街もやはり証明が必要だった。
「いいえ、ありません」
俺は正直に答える。
「その服装は冒険者に見えるが村から出てきた冒険者志望か?」
「はいそうです」
本当はそこそこの規模の街から出てきたのだが、ここは否定せず答えた。
しかしよく考えたら住んでいた近くには冒険者ギルドがあったし身分証明も簡単に手に入るから作成してから出るべきだったと気付いた。
この先どんな仕事をやるか考えていなかった影響でその辺りは考えていなかった。
「そうか、なら入るのにここで許可証を受け取る必要がある。銀貨一枚で1週間有効だが持ち合わせはあるだろうか」
「はい、大丈夫です」
俺は袋から銀貨を1枚出す。
確かこの金額は冒険者ギルドの登録費と同じぐらいだったはずだ。
袋を出した際に衛兵が意外そうな表情を見せた。
許可証を持っていない割には持っている金額が多かったらしい。
ある程度の金額になったら収納に移したほうが良さそうだ。
お金を受け渡している間にもう1人の衛兵が許可証を準備して渡してきた。
かなり効率が良いが、俺の後は暫く来そうもないので、今はここまで急ぐ必要はないんじゃないかと思う。
「何かあればそれを見せるように。無くしたら再発行だから注意しろ」
「ありがとうございます」
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俺はノウムクに入り宿を探すことにする。
衛兵に宿の場所を聞く手もあったのだが、宿は中心部や大通り、入り口近辺など比較的わかり易い場所にある場合が多い。
横を通りかかった女の人の体が俺に当たる。
俺は数十メートルふっ飛ばされて大ダメージを受ける。
「今一体何が…」
何か言っていたようだが距離が離れすぎて聞こえない。
その後無事誰もいない所に落下、そこからそこまで時間がかからず宿が見つかった。
宿の名前はグロンジだ。宿名の由来は癖が強いものが多いがここの由来は何なんだろうか。
この宿のランクが分からないが、見た感じではそこまで高くは無さそうだ。
時間がだいぶ遅いので空きがない可能性は十分ある。
俺は迷わず中に入った。
「いらっしゃい、一人かい?」
中に入るとすぐに声を掛けられる。
そこら辺によくいるような感じのおばちゃんだ。
「はい、部屋まだ空いていますか?」
「部屋はまだあるよ。朝食と夕食ありで一日銀貨3枚だけど大丈夫かい?」
一人部屋とはいえ、銀貨2枚を想定していたから予算オーバーだ。
まあでも極端に高すぎるわけでもないし他が空いているか分からないからここにしてしまおう。
「はい、ひとまず一泊でお願いします」
俺は銀貨3枚を取り出して支払う。
日数が長いと割引されたりすることがあり、この後何日かはここのお世話になる可能性が高いけど、この先の予定が決まっていないから一泊にしておいた。
「じゃあここに名前を書いてくれるかい」
受付のおばちゃんが宿泊簿を渡してくる。
あ、これはまずい。あの名前を書かないといけないのか。
「どうしたんだい?文字が書けないなら代わりに書くよ?」
おばちゃんに心配されているが、あれをおばちゃんに書いてもらうわけはいかないので自分で書くしか無い。
「大丈夫です」
そう言い切って俺は■■を書く。
問題は、「 」の方だ。点のようなものすら無いのでどうやって書くか不明だ。
後半部分は書くのが不可能なので書いた気になってやり過ごす。
「なんだいこれは?」
うん、予想通りだ。どう説明しよう。
「ガーピー 参照エラー …はっ!?」
受付のおばちゃんが俺の名前を言ってしまった。家名含め問題なく書けていたのは意外だったが。
建物内に謎の音が響き微妙な空気が流れる。付近にいた宿泊客達がこっちを見る。
「何今の? ガーピー参照エラー? え?」
「なんだそれ、お前どうやって話してんだ、ガーピー参照エラーって、言えたな…」
俺の名前が複数回建物内に響き、微妙な空気が広がっていく。
受付のおばちゃんは理解が出来ていないのか未だに固まっている。
まあ俺だって理解できてないんだけどな。
俺は既に用意されていた鍵を持って部屋に急いで退散する。
こういう時は偽名を使ったほうが良いのかもしれないと思った。
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設定に関する補足
主人公の出身地の名前考えてないんですが。
国名は一応デーガン。てきとー。