プロローグ ようこそ!いらっしゃいませ!
ここは小さなお菓子屋さん。
森の中にポツリと立つ赤い屋根のお店には、素敵なお菓子がいっぱい。
「ふっふふーーん♪」
今日も元気な少女は、屋根とお揃いの真っ赤なエプロンを揺らして、お菓子を並べていました。
少女はちょっと不器用だからお菓子もちょこっと歪です。でも味はとっても美味しいのです。
その証拠に店内には、不思議な不思議な匂いが漂い、森の動物さんたちもやって来ました。
「ごめんね、君たちにもあげたいけど……オーナーに怒られちゃう。」
外で待つ動物たちに申し訳なさそうに、少女は呟きました。
“これは大事なお客様ものだから、動物にあげちゃダメだよ”
お店のオーナーに言われた言葉です。動物たちに頭を下げると、店内へ戻りました。
さてさて、今日もお菓子屋さんがオープンしました。
さぁ、どんなお客様が来るかな?
お客様との一期一会を楽しみにしている少女は、静かに開いた扉の音に、笑顔を向けました。
「いらっしゃいませ!」
元気いっぱいの挨拶が、店内に響きます。お客様は、見事な鎧に身を包んだ冒険者の男でした。
冒険者は店内をぐるりと見渡します。とっても熱い視線が、お菓子たちに向けられました。
「何かお探しですか?あの、よかったら、おすすめのケーキを見てください!」
あまりに熱心にお菓子を見てくれるものだから、少女は嬉しくてついついケーキを自慢したくなり、今日のお手製ケーキを運んできました。しかしトッピングがぽとり、とこぼれ落ちてしまいます。
「あ、あ! ごめんなさい、ちょっと不器用なので……でも、味には自信ありです!」
ちょっと崩れてしまったケーキに慌てる少女を見て、彼は思わず手で口許を押さえてしまいました。
きっと少女がかわいくて、照れたのでしょう。
「それは……君が、作ったのか。」
彼から初めてかけられた言葉に、少女は嬉しそうに笑います。
「はい! 全部私が作りました!」
だってここは、少女の夢のお菓子屋さんだから。
ずっとパティシエになりたくて、修行をして、そしてようやく叶えたお店です。
お店を貸してくれたオーナーと、せっかく来てくれたお客様に笑顔になってほしくて。
少女はいつも一生懸命にお菓子を作っています。
「……そうか。」
だから彼にも喜んでほしくて、少女は提案します。
「あの、よかったらこれ食べてください! せっかく来てくれたから!」
転がってしまったトッピングをフォークで指して、背を向ける彼に差し出してみます。
食べてくれるかな……少女は不安になりながらも、笑顔を向けました。
━━グサリ……ッ━━
あれ…?
少女のお腹に、ナイフが突き刺されました。
真っ赤なエプロンが、これまた真っ赤になっていきます。
「だれが……誰がそんなものを食べるか、この魔女め!!」
背を向けていた彼が、ナイフを握っていたのです。
怒りに満ちた目で少女を怒鳴り付けます。
━━魔女? なんのことだろう……━━
少女は困惑します。お腹が痛くて、熱くて、仕方がありません。
━━私は……ただのお菓子屋さんだよ……? ━━
少女の声は届かず、更にナイフがまた突き立てられます。
━━痛い、痛いよ……なんで? ━━
少女が何度考えても、わかりません。倒れてもナイフを突き立てらる手は止まりません。
━━あぁ、やめて。刺さないで。お菓子が作れなくなっちゃう……━━
ぐさり、ぐさり、ぐさり、ぐさり……
彼は何度も少女を刺します。
けれど、心臓は刺してくれません。
━━痛い……いたい、よぉ、いた……い━━
少女が事切れても、刺すことをやめない冒険者。その鎧は、少女のエプロンのように、真っ赤に真っ赤に染まっていましたとさ。