三話 守れ! 騎士団の誇り! その3
「…………来るかしら?」
昨日と同じようなことを思わずつぶやくあたし。
遠目にぶら下がっているのはミリィのブラ。
度重なる艱難辛苦の問答や議論と交渉の末、譲り受けたシロモノである。
……高級レストランで食事を奢らされることになったけど腹は背に変えられない。
とにかく囮の準備は完了したのだから後は来るのを待つだけ、なんだけど……。
昨日のこともあるのか、辺りはただ静まり返っている。
小さな路地裏とはいえ誰も道を通らないから心がちょっと寂しくなる。
うん? 何かが動いた! 目を凝らして動きを観察する。
間違いない! ゴブリンだ! あたしは静かに背後から忍び寄る。
そしてブラを堪能している後ろから思い切り頭をフンズと踏みつけた!
「だ、だれだ!?」
「さあ、誰でしょうねぇ?」
「その声は……昨日のちんちくりん! 不覚……このブラジャーはやっぱり罠だったか」
「ふん、こんな分かり易い罠にかかるなんてねぇ……さて、あんたたちのアジトの場所、教えて貰おうかしら!? いい加減なことを言うと承知しないわよ!」
「断る! このマツシタ! 仲間は絶対に売らん!」
あたしの言葉にゴブリンのほうも負けずと言い返してきた。
それにしても日本人っぽい名前ねぇ……。スケベゴブリンはみんなこうなのかしら?
とにかく情報が欲しいので相手の胸倉を掴んで振り回す。
「さあ、吐け! 吐きなさい!」
「誰が吐くものか! この程度のことで俺は吐かんぞ!」
人間相手じゃないからちょっとぬるいか。それなら――。
「それならこっちだって考えがあるわ!」
「何をする!? 拷問には屈しないぞ!」
「フン、その強がりがいつまで続くか見物ね!」
ゴブリンの目の前に靴下を持ってきてやる。
なるべく臭そうな靴下を募集したら意外と来ること。
はっきりいって鼻が曲がりそうな中、適当に選んだ靴下をゴブリンの鼻先へと突きつける。
「ホーラ、洗ってない靴下ぁ」
「やめろ! そんなものを突きつけるな! ただのご褒美になってしまっている! やめろ!」
「ご褒美なら喜びなさいよ……」
的外れなつっこみをしてしまうあたし。
そういえばこの靴下、誰のだったのかしら?
コイツが喜んでるから女性用の靴下だと思うけど……。
「ああ、くそ! 負けるものか! 踏ん張れ、俺! こんなことに負けるんじゃない!」
ジタバタと身体を動かし必死になって抵抗するゴブリン。
そんな奴に靴下をペシペシと当ててやる。
「ほらほら、さっさと白状しちゃいなさいよ!」
「だ、誰が!」
「白状したらその靴下あげるわよ」
「……刑事さん、私がやりました」
あたしの一言でゴブリンはあっさりと陥落したのだった。
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ガイアからちょこっと北にある静かな草原へとやってきた。
ここにあのマツシタとかいうゴブリンがいった巣穴があるはずだけど……。
周囲を見渡してみるが広い草原が広がっているだけで巣穴が見えない。
……騙されたのかしら? もしそうならあいつを徹底的に懲らしめてなくてはいけない。
辺りは未だに真っ暗、星と月が綺麗に輝いている。もう少し明るい時に来るべきだったかしら?
そう思うがこれ以上待つのはあたしは我慢できない。
しかたがない、使いますか。
「D・E起動! 要望ヒント!」
【かしこまりました、ディスプレイに表示します】
目の前に広がる草原が解析されていく。
しばらくしてポイントマーカーが出てきたので早速行ってみる。
この辺りだけど……注意深く周囲を調べてみると草原の地面に何かがあった。
これは石版? とても小さく年季もかなり入ったものだった。
「これは?」
【マジックアイテムです。一種のカムフラージュ効果があるようです】
「解除は?」
【可能です】
「それならお願い!」
【了解しました】
石版が砕けると目の前にそこそこ大きな穴が現れた。これが奴らの巣ね。
あたしは自分の目印を立てると早速、騎士の館へと向かっていた。
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翌日、騎士団たちが慌しく準備をしている。
巣穴の近くに陣を張り、馬車に積まれていた槍だの金属の鎧だのが取り出されていく。
その様子をあたしと団長は眺めている。
「どうした、お前の仕事は終わったはずだぞ」
「冗談でしょ? 最後まで見届けなきゃあたしの沽券に関わるわ」
「そうか、だが巣を潰すのは我ら騎士団の役目。お前たち冒険者の出る幕はないぞ」
「別に良いわよ、事の終わりが見たいだけですもの」
そうこうしているうちに副官とも思わしき男性が団長の元へとやってきた。
「準備完了いたしました!」
「ならば、全軍に伝えよ! これより我々はゴブリンの殲滅を図る! 各自、名誉を胸に奮戦をせよ!」
「はっ!」
トランペットの音が澄んだ空になり響く。出撃の合図だ。
戦記物のアニメは多少見たことあるけどやっぱりこういうのは良いわねぇ。
問題はこれから戦う相手がスケベゴブリンだということだ。
一筋縄じゃいかないんでしょうけど、さすがにゴブリンくらいは……ねぇ?
「行くぞ、お前たち!」
「おお!」
大型の鎧を着込んだいかつい男たちが一斉にダンジョンに入っていく。
その姿はまさに圧巻だった。はっきり言って心が震える。かなりかっこいい。
これならゴブリンを瞬く間に殲滅できるでしょ。
数十分後……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
筋肉質の男たちがマッ裸で洞窟から出てきた。
手で顔を押さえ、滝のような涙を流しながら走り去っていくのを呆然と見送る。
野太い悲鳴が綺麗な草原にこだまをし、一種の地獄絵図が完成した。
「何があった!?」
「そ、それが……」
「ゴブリンが……ゴブリンが……うぅ」
理由と問う団長に騎士たちはみんな顔をくしゃくしゃにして嗚咽を上げる。
……まあ、たぶん”盗られた”って事なんでしょうねぇ。
スケベゴブリンは装備をひっぺ剥がすのがおもな戦術だし。
そんな騎士たちを嘲笑う奴が現れた。
「ふはははははは! ばかめ! このダンジョンにその程度の装備でやってくるとは片腹が痛い!」
「あいつは……」
巨大な御輿の上に一匹のゴブリンが乗っている。
黒いマントを羽織ったゴブリン。 あの夜、ボスと呼ばれていたあいつだ!
ご丁寧に後ろにはたくさんのゴブリンたちがいた。合図があればすぐに襲い掛かってくるかもしれない。
「おお、そこにいるのはちんちくりんのお嬢さんに……誰だ?」
「騎士団長、マルガリータだ! 覚えておけ!」
「いいだろう……もし貴様の下着を奪取したあかつきにはきちんと名札を張っておいてやろう」
「ふん、ゴブリン風情に我が下着をくれてやるつもりはない!」
ゴブリンと団長がにらみ合う。お互いに火花を散らしているといっても過言ではない。
でも首じゃなくて下着を取り合うというのはちょっとねぇ。
長たちの意を汲んだ騎士とゴブリンの一人が声を上げる。
「野郎ども! 作戦開始だ! ぬかるなよ!」
「おお!」
「応戦だ! ゴブリンごときに後れを取るな!」
「おお!」
動き出したゴブリンに応戦をし始める騎士団。
いっせいに襲い掛かってくるゴブリンに剣を向ける。
しかし……。瞬く間に鉄の鎧が色とりどりの肌色へと変貌していく。
動きが素早すぎて重い鎧を着た騎士たちはあっという間に丸裸にされていった。
「くっ! これではお婿にいけない……」
「これじゃあ逆玉は無理だ……」
「服を脱がされたぐらいで戦意をくじくな!」
その場で膝を突いて嘆く騎士団にあたしの苛立ちをぶつけてしまう。
「し、しかし、裸で戦うのは見栄えが悪くありませんか?」
「そうですよ、それに前も隠さず戦うというのも恥じらいがないのでは!?」
この言い訳に対して納得してしまう自分が嫌だった。
上ならまだしも下も取られた状態で戦うのはやっぱみっともないわよねぇ……。
しかたがない。
「じゃああたしが何とかするからパンツでもはいてきなさいよ!」
「で、ではお言葉に甘えて!」
前を隠してあっという間に消えていく騎士たち。
相手が悪いのか、はたまた彼らが情けないのか。
でもあたしとしてもそろそろこいつらに借りを返したい頃だった。
「ふん、ちんちくりんの嬢ちゃんが相手とはな……」
「甘く見てると怪我するわよ」
「安心しろ、甘くは見ないさ。むしろ楽しみが無い所だった」
「ああ、むさくるしい男どもを相手にするには飽きてきた頃だしな!」
「奴らに言っておくことだ、トランクス派はもうちょっと柄に拘れとな!」
「ブリーフ派はちゃんと洗濯をしておけよ! やや黄ばんでいたぞ!」
忠告なのか個人の評論なのか分からないがそれぞれが独自の主張をしてくる。
スケベゴブリンってみんなこんな感じなのかしら?そんな思いが今更頭をよぎる。
しかしすぐさま気を取り直してホルスターから銃を取り出し、ゴブリンたちに向けた。
「このぉ!」
あたしがゴブリンに向かって発砲する。だがゴブリンはあっさりとかわした。
あの夜の日と同じように動きが速過ぎるのだ。目で捉えることはできても攻撃が全く当たらない。
「くっ!?」
「遅い! 遅いぞ!」
「あまりに遅すぎて貴様のスカーフを頂いてしまったぞ!」
「え? うそ!?」
すぐさま胸元を確認してみる。
本当に無い! ゴブリンの手に持っているのは間違いなくあたしのスカーフだ。
「ふふふ、今度は何を盗ってやろうか?」
「ここは決まっているだろう、ポニーテールの髪留めだ!」
「おお! 髪を下ろすことで印象がグッと変わって胸キュン! というわけか……やるな!」
「ふん! そうやすやすと渡すものですか!」
「ほざけぇ! 野郎ども! いくぞぉ!」
「おお!」
掛け声とともにゴブリンたちが一斉に飛び掛ってきた。
だがこういうときの為にこっちも用意をしてある。
懐から小さな玉を取り出すとゴブリンの前に投げ付けた。
「なに!?」
「しまった!」
眩い光が放たれ、ゴブリンたちは目を押さえてアタフタする。
魔法アイテム、閃光玉。本来は冒険者が強い敵から逃亡するために使うアイテムだ。
その隙を見逃さず、あたしは動きが止まった奴らに射撃をする。
「ぐあ!」
「く、くそ!」
弾丸の直撃を受けたゴブリンたちが断末魔を上げながら次々に倒れていく。
動きが止まればそう怖くは無い相手だ。
「こ、こんなことなら秘蔵の物をしっかり堪能しておくべきだった……」
「お、おのれぇ……せっかくでかいブラをアイマスクにしようと思ったのに……」
死に際のセリフまでエロに傾向するなんて……。
ある意味根性が入った連中である。
「隙あり!」
一匹のゴブリンがあたしの背後に回りこんだ。まずい! 一匹だけ難を逃れたって事?
後ろから羽交い絞めにされる形になる。意外と力は強く、力だけじゃ振りほどけない。
でも羽交い絞めの仕方が若干甘いので意外と振りほどくのは簡単そうだわ。
そのまま勢いよくお辞儀をして背中のゴブリンを一回転させ、正面に据える。
「ぬお!」
「人の身体に……勝手に触るな!」
「ずぬまん!」
そのままゴブリンの股間を思い切り蹴り上げた。
元男が知っている強烈な痛みをゴブリンに味あわせる。
ゴブリンは身もだえしながらその場に倒れた。すぐさま他のゴブリンたちが駆け寄ってくる。
「オ、オカジマ! しっかりしろ! 傷は浅いぞ!」
「う、うう……俺が死んだら引き出しの中にあるお宝を頼む……」
「オカジマぁ!」
オカジマといわれたゴブリンはそのまま宝石へと変わった。
その姿を見た仲間たちは身体を震わせている。
仲間をやられた怒り、それが今の彼らを突き動かしている。
「クソ、なんてひどい奴らだ!」
「ゆるせん! パンツだけでカンペンしてやろうと思ったがそうも行かなくなった。ブラジャーも頂くぞ!」
「あたし、ブラジャーなんてしてないわよ」
あたしの一言に怒りに燃えていたゴブリンたちが固まった。
「……してないのか」
「まああの体形じゃあなぁ」
「うむ、悲劇だ」
みんな納得といった顔でうなずいている。
……こういわれると無性に腹が立ってくる。
「一体何の話をしてるのよ!」
「気にするな! 君の将来は有望だ!」
「そうとも! これからだよ、これから!」
「もっともらしいフォローをするなぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃああああああああああああああああ!」
群がるゴブリンたちに拳銃を乱射し、殲滅をする。
これでこの辺りは掃討完了ね……。イマイチ釈然としないけど。
そういえば団長の方は?
「……あ、ありがとうございます!」
冷たい顔で一匹のゴブリンを踏みつけていた。
他のゴブリンたちも団長の足に擦り寄っている。
「ずるいぞ、イケダァ! 早く交代してくれ!」
「バカ、次は俺だ!」
「俺が先だ! まだ一回も踏まれて無いぞ!」
ギャアギャア騒いでいる。あそこにいるゴブリンたちはみんな踏まれたいらしい。
そういう趣味は前世でもやたらと見かけたけど、やっぱ理解が出来ない。
あんなの痛いだけじゃないのよ……。
「ええい! 何をしている! 今のうちに入り口を潰せ!」
こちらが惹きつけてやってるんだからさっさと行動をしろ、と団長はお冠のようだ。
すぐさま副官と思われる騎士が指示を出した。
「ははっ! 第二団突撃!」
「おお!」
一斉にダンジョンの奥へと入っていく。
いや、突撃って……。またマッパにされるんじゃないでしょうね?
と思ったらすぐさま出てきた。流石にまた鎧を脱がされることは無かった。
「団長! 爆破の準備完了しました!」
「ご苦労! 点火!」
爆破!? あまりの強烈なフレーズにあたしはクラクラしてきた。
団長が大きく手を上げると同時にゴブリンの巣穴が勢いよく吹っ飛ぶ。
白い煙が巻き起こる中、あまりのことに呆然とするあたし。
こんなこと出来るんだったら最初からやればよかったんじゃ……。
「うむ、我々の勝利だ!」
「おお!」
雄叫びを上げる騎士団を尻目にあたしはそのままひっくり返ったのだった。
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「ご苦労様です、リリアさん」
「あ、ありがとう……」
昨日のことがどうにも尾を引いている。
スケベゴブリンのこともあるのだが、あんな騎士団に町の治安を任せて良いのか? という不安が湧き出していた。
よくよく考えてみたら対策の一つや二つぐらい考えてあるのが普通だ。
でもねぇ……初手が突撃で二手目が爆破。力技にもほどがあることにあたしは納得が出来ていない。
なんていうか……あたしってまだまともだったんだ、というおかしな再認識をする。
「どうかいたしましたか?」
「いや、なんでもないわ」
心配そうにミリィがあたしの顔を覗き込んでくる。
そういえば高級レストランで奢る約束をしてたわね。
まあ折角だし、ここいらでパァっとお金を使ってしまうのも悪くは無い。
頭の中をスッキリさせるには楽しいことをするのが一番のはずだし。
「ヘイ、彼女! 俺とお茶しない! 今流行りのマテ茶を飲ませてあげるよ! ちょっと色は濃いかもしれないけどね」
「え? え? え?」
ふと辺りを見渡すとリックがいつも通り女の子に馬鹿なことを言い出している。
今日のリックには恨みは全く無いけど……。
「いい加減にしなさぁい!」
「いっだだだ! きょ、今日は強い! 痛い! 勘弁してくれ!」
「ゆるさなぁい!」
八つ当たり同然のお仕置きを受け、リックの叫びがギルドにこだまするのだった。




