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第1話 妻は錬金術師 ステラ その1

 麦畑がどこまでも広がっている平野。

 それをかき分けるかのように大きな馬車が走っていた。

 落ち行く夕陽の光を受けて、黄金色に染まる麦が風と共にたなびく。

 そして遠くの方から鐘の音が鳴り響くと農夫たちは帰り支度をしていく。

 そんな農夫たちに御者の男が声をかけた。


「あの、すみません!」

「はい、なんでしょうか?」

「宿屋を探しているのですけど、どこにありますか?」


 御者は御者というにはあまりにも凛々しかった。

 輝くかのような黄金の髪、紅玉を思わせる赤い瞳、どことなく気品を感じる顔立ち。

 まるでどこかの王子のような風貌に農夫は驚きつつ、御者の問いに答えた。


「宿屋は……この辺りには……」

「そうですか……」


 頭を下げて再び馬車を走らせる御者。馬車の中から甲高い声が聞こえてきた。

 

「だから言ったじゃないッスか、無理に進むことはないって」

「しかしだな……ステラ」


 馬車の中の女、ステラは髪をかき上げて深いため息をつく。

 長い藍色の髪はまるで夜のように蒼く、エメラルドのような瞳をせわしなく動かしている。


「分かってるっスよ、シャニーとレインの居場所がようやく分かったんスから」

「……すまない」


 御者、夫であるブライトは手綱を握る手に力が入る。

 ステラの言葉通り、彼らは娘であるシャニーとレインの行方を追っていたのだ。

 旅を始めて数か月、ようやく手がかりを掴んだ。

 だがそんな焦る気持ちと裏腹に、日は静かに落ち、夜の女王である月が顔を出す。


「……急いでも仕方ないッス。一旦、どこか泊まる場所を探しましょう」

「そうだな、野宿だけは避けたいところだ」


 二人が周囲を見渡すと小さな山小屋を見つけた。

 小屋はかなり古びているが煙突から煙が出ている。

 窓から橙の明かりが点いてることから、誰かが住んでいるのは分かった。


「おっ、あそこに誰かいるみたいッスよ」

「行ってみよう」


 馬車を止めて、小屋へと近づき扉を叩く。

 重圧な扉が見た目と同じように重い音させて軽くしなる。


「ごめんください」


 扉がゆっくりと開くと中から一人の老人が顔を出した。

 老人は二人を見ると驚いたような表情を見せる。


「おや?こんなところに客人とは珍しいのう」

「夜分に失礼いたします。一晩だけでいいので泊めていただけないでしょうか?」

「ああ構わんとも。ちょうど夕食の準備をしていたところじゃ。一緒にどうかね?」

「ありがとうございます。ご馳走になります」


 ブライトは丁寧に頭を下げる。それを見てステラも慌てて頭を下げた。


「ほっほ、礼儀正しい若者じゃ。さぁ中へ入りなさい」

「それでは失礼するっス」

「っス?」


 ステラの独特の口調に老人は面を食らったのか、不思議そうな顔をしている。

 無礼だと思ったのか、ステラが慌てて言い繕うとする。


「あっ、えっと、これはそのっスね」

「気になさらないでください。ちょっとした癖のようなものですので」

「ふぅむ……変わったお二人じゃのう。ほほっ」


 そう言いながら老人は台所へ向かい、料理を作り始めた。

 二人はさっそくテーブルに着く。その間、珍しいのか小屋の中を何度も見渡している。

 布でおられたペナント。陶器で出来た動物の置物。かなり手が込んでいる木細工。

 二人とも興味津々に部屋を物色していた。特にステラは落ち着きがなく、目を動かしている。


「何か珍しいものでもあるかな?」

「いえ、こういう古い建物や異国の物を初めて見たものでして」

「ほっほっほ、若いもんは新しい物が好きじゃからのう。わしも年をとったわい」

「何を言っているんですか。まだまだ元気なおじいさんじゃないですか」

「はは、そうってくれるのは嬉しいのぉ。まぁゆっくりしていきなさい」


 老人は嬉しそうに笑う。しばらくをすると料理が出てきた。

 老人の夕食は山でとれた山菜を使ったスープである。

 大鍋に入ったスープが皿に盛られると、二人は遠慮なしに綺麗に平らげた。


「ご馳走様でした」

「美味しかったッス」

「お粗末様でしたな、ほほっ」


 老人が空になったお皿を手に取ると台所へと戻っていった。


「良い人で良かったッスね」

「だがあんまりお世話になるのも悪いぞ」


 ブライトとステラがそんな話をしてると台所の方から声が聞こえてきた。


「部屋は奥の部屋を使ってくだされ!」

「ありがとうございます」


 二人はさっそく奥の部屋へと入ってみる。

 ベッドしかない簡素な部屋だったが、二人が寝るにはちょうどいい部屋だった。

 老人にお礼を言おうと居間へと戻る。

 居間では老人が棚の奥にある箱を取り出していた。

 箱自体はかなり黒ずんでおり、年季が入っている。

 中には小さな人形が入っており、その人形も箱と同じくらい年季が入ってるようだった。


「それは?」

「ああ、これか? これはワシの思い出の品じゃ」

「……壊れてるッスね?」

「ああ……捨てるに捨てられなくてな……妻との思い出の品じゃよ」

 

 老人はそれをじっと見ている。

 人形はところどころ壊れているのか、動きそうな腕や足が動かなくなっている。

 するとステラがこんな提案をしてきた。


「直して差し上げましょうか?」

「何!? 出来るのか?」

「ええ、この程度でしたら初歩的な錬金術で……」

「なんと、お前さんは錬金術師なのか!?」


 錬金術。それは物を作り出す特殊な魔法技法。

 原初はせいぜい鉄鉱石から鉄を取り出す程度の物だった。

 しかし、現在ではネジや歯車など、精巧なものを作り出すこともできるようになった。

 だが使える者はかなり少なく、ステラを始め、数えるほどしかいない。


「そっス。宿代代わりだと思ってくれてかまわないッスよ」

「……そうか、それなら頼んでみようかの」

「お任せッス」


 老人から人形を受け取ると、さっそく馬車の中へ籠る。

 席の下にしまっておいた道具箱を机の上に置いて、工具一式を取り出した。

 そしてスペクタクルズで、じっくりと人形を観察し始める。

 一通り、観察を終えると机の上で何やら唸るステラ。ブライトが後ろから声をかけた。


「どうだ? ステラ?」

「ある程度は……というかこれ、なんか入ってるッスね」

「何か?」

「ええ、それが原因なんスけど……下手に取り出すとおじいさんに悪い気がしてならないッス」

「……なら、おじいさんの目の前で取り出してあげたらいいんじゃないか?」

「そうッスね。それが一番ッス」


 再び居間へと戻る二人。老人は暖炉の前でくつろいでいた。


「あの、おじいさん? もう一度確認させて欲しいッス。これは……奥さんの物ッスね?」

「ああ、そうだ」

「これには中に何か物が入ってるッス、それを取り出すのは奥さんへの無礼になるかもしれないッス。なので……その……」


 戸惑いの表情で言い淀むステラ。

 もしかしたら、奥さんの秘密を開封してしまうかもしれない。

 そのせいで、老人を傷つけてしまうかもしれない。そんなことをステラは考えてしまう。

 しかし老人は搾るような声で言った。


「……いや、開けてくれ」

「分かったッス。では、開封するっすよ」


 ステラは小さな木箱を下に置き、ドライバーを人形の胸のあたりに差し込む。

 ゆっくりと左右に動かすと、中から花の種が出てきた。

 ポロポロと音を立てて、無数の種が箱の中を転がる。


「これは……そうか、そうだったのか……」

「な、なんだったんスか?」

「これは……わしが初めて妻に送った花じゃった。当時のワシは花の何たるかを知らんでな……」

「なんという花なんですか?」

「……残念だが物忘れが激しくてなぁ……忘れてしまった。」

「そうッスか……じゃあまた修理に取り掛かるっすね」

「ああ、おねがいするよ」


 種を取り除いてしまえばステラはあっという間に人形を直してしまった。

 固いままだった腕や足が、見事に軽快な動きを見せている。


「修理できたっすよ、錬金術を使うまではなかったったみたいッス」

「おお、ありがたい」


 修理をし終わった人形を老人に手渡す。老人は何度もそれをなでた。

 ブライトとステラは邪魔をすることなく、奥の部屋へ行き、眠りにつく。

 そして翌朝。夜明けとともに二人は軒先の前で老人に頭を下げた。


「一晩ご厄介になってしまってすみません」

「では、お爺さん。私たちはこれで失礼するッス」

「おお、すまんのぉ。そうだ! せっかくだしこいつを数粒お前さんにやろう」

 

 そういって小さな紙包みを二人に渡した。


「いいんですか!?」

「ああ、これは妻の宝だと思うからな……。お前さんたちがいなかったら種が出てくることもなかったからのぉ。いい花壇があったら是非撒いておくれ」

「あ、ありがとうございまッス!」

「道中気をつけてな」

「はい!」


 再び二人は頭を下げ、馬車を走らせる。

 明るい朝日を浴びながらひたすら道なりへ進んでいく。


「んん~なんか気分がいいッスね」

「人助けをしたからね。ところでその種はどうするんだい?」

「決まってるッスよ、魔法の植木鉢に入れて育てるッス!」


 馬車の奥から植木鉢を取り出すとさっそく種を入れる。

 水を入れてしばらくすると瞬く間に芽が出てきた。魔法の植木鉢の効果である。


「きっと綺麗な花が咲くッスよ」

「そうだといいね」


 ブライトは微笑みながら植木鉢を眺める。太陽の光と朝風を浴びて、新芽が小さく揺れる。

 そんなやり取りをしてると遠目に町が見えた。


「おっ、町に着いたぞ」

「長かったッスねぇ」

「シャニーとレイン。いてくれればいいんだが……」

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