第二話 病は気から その2
今日も今日とて何もすることがない。……わけでなかった。
今日は寄港日。島の外から人が来る日だった。
太陽の角度から言って昼の前。そろそろか。
私は望遠鏡で海を眺めてみる。
米粒のような小さな影が水平線の向こう側から見えてきた。
「船が来たぞー!」
灯台守の叫びと同時に港が慌ただしくなる。
渡し板の準備や港にある突起、ボラートにつなぐためのロープを肩に担ぐ男たち。
私はその様子を横目で見つつ、再び船の方へ視線を移した。
しかし……何やら船の様子がおかしい。
風を受けて船が進んでいるのだが帆を畳む様子がない。
このままでは港に船がぶつかってしまうのは確実。
船の上に黒い旗が上っていた。非常事態を知らせる旗だった。
「たすけてくれー! たすけてくーれー!」
甲板の船員が必死の形相で何やら叫んでいる。
ちゃんと見てみると船の上には力なく倒れているものが多数いた。
どうやら伝染病に侵されているようだ。隣のアーシャが私に問いかけてくる。
「姫様、いかがなさいます?」
「寄港するのを待たせろ。何が起こるか分からんからな」
「はっ」
港にいる者に赤い旗を振るよう指示をする。赤い旗は寄港禁止を意味する。
向こうの人間も事情を察してくれたのか帆を畳み、港の手前で停船をした。
なんとか耐えて貰おうと手紙と食料を乗せた小舟を向かわせる。
騒ぎを聞きつけてきたのか、ケイたちもやってきた。
「ベルダさん、いったい何があったんですか?」
「あれを見ろ」
私はケイに望遠鏡を手渡す。
ケイも望遠鏡で船の上の様子をしばらく眺めると、再び私の方へ視線を向ける。
「あれは……」
「あの船は伝染病に侵されている。下手に港に近づけさせれば二次被害は確定だ。なのであそこで待つように指示をしてる」
「でも……このままでは船の人たちが死んでしまいますよ!」
「ならばどうする?」
「僕が行きます。今の僕は医者ですから」
「待たれよ、若人!」
船へと向かおうとするケイにオーリンが待ったをかける。
特徴的な大きな目玉が普段よりせわしなく動いており、興奮のあまり顔を真っ赤にさせていた。
ケイに対抗心でも燃やしてるのだろうか?
そんな考えを胸の奥にしまい込み、オーリンへ助言を求める。
「オーリンか。お前の意見を聞こう」
「はっ! まず船の状態から言って一週間は持つと思います」
「そんな悠長な……」
「分かっておる! その間に薬草の類を渡し、そのまま別の島に隔離! 治療を行うのが道理かと」
「ふむ、それも一つの手だな」
別の島、この近くにある無人島に船を停泊させろとオーリンは言っているのだった。
一時的に隔離をさせ、島民に被害が及ばないようにさせるのはある意味合理的だ。
ましてや伝染病だ。場合によっては完治不能という可能性がある。
しかしケイが横から口を挟む。
「待ってください、病状も分からないのに薬草類を使うのは危険です。副作用や場合によっては病状を悪化させてしまう可能性もあります」
「黙れ! 島の外から来た者にこの島のことが何が分かる。優先すべきなのは島民の健康ではないか!」
ケイの言葉に負けじとオーリンも言葉を返す。
お互いににらみ合う格好になった。一触即発とはこの事か。
正直、両者の言い分は十分理解できる。だが今ここで争うわけにはいかないだろう。
「……お前たちの言いたいことはよくわかった。だが私としても状況を確認したい。よってオーリン、お前が船内の様子を見てきてくれ。何が起こっているのか分からなければ、こちらも手の打ちようがない」
「そうですな、では私が行ってまいります。くれぐれも、そこの若人に無茶をせぬよう言っておいてくだされ」
「分かった。頼んだぞ、オーリン!」
「ははっ!」
私に頭を下げるとすぐさま準備を行うオーリン。
適当な薬草類を一通り小舟に乗せて、船へと進んでいく。
船の先方から垂らされたロープを登って船内へと入っていった。
その様子を見ながら、私は隣にいるケイを問いかける。
「不安か?」
「色んな意味で、ですけど」
「安心しろ、オーリンは宮廷きっての名医だ。回復魔法の使い手でもあるから多少の病気やケガはどうとでもなる」
「はぁ」
しばらくをすると何やら船の方が騒がしい様子になった。
望遠鏡で船の様子を見てみると、船員とオーリンがお互いに言い争いをしているようだ。
「寄港できないから荒れてるんでしょうか?」
「かもしれん。……いかん、オーリンの奴が殴られた! ちょっと行ってくる!」
「あっ、ベルダさん!」
我慢の限界に達したらしく、一人の船員がオーリンの首を絞め始めた。
私は海の上を一気に駆け抜けると、そのまま甲板の上に飛び乗った。
首を絞められている船員に声をかける
「待て! 船員よ、状況を説明してくれ!」
「状況……ううう……船長が!」
オーリンの首から手を放し、力なくその場に崩れ落ちる船員。
どうやら船長の症状がひどいらしい。
私とオーリンは船長室へと案内される。
それにしてもひどいな……。
船の上だけかと思ったが船室の中もひどいものだった。
多くの船員が力なく倒れている。
ベッドがすべて埋まっているの通路で寝そべっているものもいた。
船長室の扉を開けて飛び出してきたのは罵声だった。
「バカヤロウ! 扉を開けるんじゃねぇ!」
そこで見た船長の状態は最悪だった。
まず顔は完全に不気味な緑の色をしている。
いや顔だけじゃない、襟元から見えている首も手の甲も今にも死者のような色合いだった。
船の人間だから仕方がないが何日も風呂に入ってないらしく、独特の匂いもする。
……私も昔、数日間風呂に入らなかったことがあったが……それとは違った匂いだな。
「俺の病気がお前らに移ったらどうする……」
「す、すみません! でも姫様と医者が来たっていうんで……」
「何!? それを早く言わねぇか! げぇほ! ごぼ!」
「船長、何も言わなくてよい。まずは治療をしなくてはならん。オーリン、さっそく頼む」
「かしこまりました」
さっそく診断を始めるオーリン。
おでこに手を当てたり、耳と首の近くにある部分を触れたりする。
しばらくすると落胆した顔をした。
「ふむ、回復魔法で十分でしょうな。この程度ならば問題はありませんぞ」
「なんだ、大したことはないということか」
「とりあえずは体力を回復させておけば問題はないもないでしょうな」
「ありがてぇ、恩に着るぜ」
オーリンはさっそく呪文を唱える。
暖かいオレンジの光を船長に当てると顔色がゆっくりと良くなっていく。
さすがは宮廷医師。回復をさせたら右に出る者はいないな。
「よーし、体が動くようになった! 他の奴らにも魔法をかけてやってくれ」
「ああ、わかっておる」
オーリンはさっそく船員たちの体力を回復させていく。
動けるようになった者たちがさっそく再び船が動き出した。
黒い旗が降ろされ、白い旗が掲げられる。いつもの船に戻った証明だった。
「これで港に船を近づけられることが出来るぜ」
「ではさっそく港まで頼むぞ」
「おうよ! 姫様を港まで届けるぞお前ら!」
「おう!」
こうして船を港へ着くことに成功した。
渡し板が置かれ、船員たちが徐々に港へと降り立つ。
昼はとっくに過ぎてしまったものの、積み荷を降ろして商人たちとのやり取りが始まる。
寄港日特有の物ではあるが、いつもの島の風景へと変わって行った。
「ぐほ!?」
「な、なんだ!?」
だが突然船員の一人が血を吐き出し倒れたのだった。
「どういうことだ!?」
私はすぐさま船員に近寄る。
血の量も思ったほどではない、だが目立った外傷もない。
だが呼吸が荒く、胸に手を当てている。どうやら息苦しいようだ。
「ヴェルダさん!」
またも騒ぎを聞きつけたケイがやってきた。
白衣にしまっておいた聴診器を取り出し、血を吐いた船員に当てる。
しばらくをして聴診器を外して顔に手を当てる。
「やっぱり……!」
「ケイ、君は何か知っているのか?」
「ヴェルダさん、病気が完治してません!」
「それは本当か?」
「はい。すみません! 誰か担架をお願いします!」
ケイがすぐさま担架を要求する。
それに合わせて病院の者が船員を乗せ、広い場所へと連れて行く。
「ベルダさん、一度船員をちゃんと診察した方が良いと思います」
「何を言っておる!」
またもオーリンが現れた。
何度も見ているがよっぽどケイが気に入らんと思う。
「船の者たちはワシが診た! その結果、回復魔法で十分と判断したんじゃぞ! それに船長を始め、多くの者は今も動いておる! それなのにまだ治ってないだと! ホラを吹く出ないわ!」
「何を言ってるんですか! 回復魔法は体力を回復させたり、ケガを直すものです。病気を治すものじゃありません! あれば病気の状態を初期に戻しただけの話なんですよ!」
「うぐぐぐ……」
「とにかく、ちゃんとした薬を作らなくてはいけません。ベルダさん、あなたにも手伝ってもらいます」
「解毒魔法では駄目なのか?」
「解毒魔法は毒物に使うものです。病気には効果がありません」
「……そうか」
ここまで真剣な表情は今まで見たいことがない。
普段とは違う彼に私はちょっとドキドキしている。
……この状況で思うことではないだろうが。
「とにかく一刻も猶予がならない状況なんです! 急いでください」
「わかった! まず何をすればいい?」
「船員さんたちをもう一度集めてください。それと二次被害も起こってると思いますので体調の悪い方は浜辺に連れてきてください」
「病院ではないのか?」
「病院だと許容範囲を超えてしまいます。ですので広い砂浜の方が良いんです。
「わかった。任せておけ!」
私はアーシャとともに再び船員たちを集める。
血を吐いた船員たちと同じように突然苦しみだすものが多数現れた。
すぐさま馬を手配し、一人、また一人と系の居る診療所へと連れて行く。
ケイはすぐさま船員たちの状態を調べる。
私はただその様子を見つめるしかなかった。
ある程度終わると私はケイに船員たちのことを聞いてみる。
「ケイ、乗組員たちの状態はどうだ?」
「はっきり言って軽い感染症が重症化してます。僕たちの世界で言うのなら”風邪”といったところでしょうか?」
「風邪? 風邪で血を吐くほどまでひどくなるのか?」
「ベルダさん、風邪を甘く見てはいけませんよ! 古今東西の病気の根底は風邪にあると言っても過言ではありません。僕たちは小さな細菌に右往左往する生物なんです」
「……すまん、それでここまで短期で重症化したのは?」
「この世界特有の物で、菌のキックバックだと思います。体力が回復したせいで細菌の方も負けじと強化されたのでしょう」
「なるほど、それで私に何かできることはないか?」
「消炎薬をお願いします。風邪薬や抗生物質を与えるにしても各部の炎症がひどくて休むに休めません。落ち着かせるために消炎作用のある物を手配して欲しいのです」
「炎症を抑える薬か……。ちょっと待ってろ」
私はすぐさまDEを起動する。
ディスプレイに検索項目にこの島にある薬について色々調べてみる。
するとある薬草が表示された。
「なるほど、これか。わかった、今年は豊作だったな。ウイッチ草は」
ウイッチ草。この島に生えてる野草だ。
消毒液の効果と消炎作用があるため、島のモノは痛み止めの薬として使っている。
ケイの病院でもウイッチ草の湿布薬はとても重宝されてるからな。
ややトケトゲしい緑の葉は私の世界で言うアロエの姿を思わせてくる。
これをすりつぶして塗ったり、飲んだりすると痛みが静かに治まるのだ。
「待っていろ、すぐに手配する。アーシャ! ウイッチ草を手配してくれ!」
「かしこまりました」
★
「どうだ? ウイッチ草は集まったか?」
私の周囲には山のようなウイッチ草がある。
だがアーシャが浮かない顔をしていた。
「それが……一部の街道で遅れがあるそうで」
「どこだ?」
「北の村からの支援です」
「そうか、あそこは道が荒れているからな。ならば私が見に行ってくる。アーシャはケイの所へ行っててくれ」
「分かりました」
「頼んだぞ」
私は馬を走らせ、北の村へを向かう。
城から北の村へ行くならば遠回しになるが船を使うのが普通だ。
しかし今回ばかりは緊急の用事。真ん中の山を経由してこちらに来なければならなかった。
山を経由するルートはどうしても道が悪いため、進むのにえらい苦労したのを私も覚えている。
……山道は一度整備した方が良いかもしれんなぁ。
そんなことを考えながら進んでいくと、立ち往生をしてる一団を発見した。
「おい、だいじょうぶか!?」
「姫様! 誠に申し訳ございません!」
薬草を積んだ荷馬車の車輪が外れてしまったようだった。
こんなこともあろうかと車輪を用意しておいて良かったな。
私は予備の車輪を御者に私、車の荷台を持ち上げる。
その間に御者が車輪を交換をする。外しにくいのか、病に腕が震えるのが見えた。
そして見事車輪を交換すると御者が肩で息をする。
「どうだ?」
「問題はありません、今すぐ進みましょう」
荷車を前後に動かし、問題ないことを確認すると再び荷車が動き始める。
だが不幸というのはどうしても重なるらしい。
遠くの方で何かが崩れる音がした。
「な、なんだ、今の音は!?」
「ひ、姫様! 岩が!」
戦法を確認に行った者が慌てて戻ってきた。どうやら岩崩れが起きたらしい。
さっそく見に行ってみるがこれがまた見事な大岩だった。
私の三倍もの大きさの岩が通さないと言わんばかりにそこに居座った。
まったく、運命という奴はどこまでも人の邪魔をするのが好きらしい。
ここまで邪魔をしてくると怒りも湧き上がってきた。
「この程度の岩ごときで私の進軍を止められると思うな!」
私はの従者の腰についている剣を引き抜く。
そのまま岩に向かって一気に振り下ろした。
岩は情けない音を立てて割れ、感情の赴くまま蹴り飛ばし、道を作る。
蹴られた岩はそのまま山肌にぶつかり、小さな石へと変貌した。
「いくぞ! お前たち!」
「はい! 姫様!」
私の声とともに荷車の一団が浜辺へとなだれ込んだ。
「待たせたな!消毒液、もとい、ウイッチ草だ!」
「ありがとうございます。それでは皆さんお願いします!」
「はい!」
ケイの一言により、大量のウイッチ草が絞られる。
搾りかすの葉を丁寧にすりおろし、柔月草の汁を入れた。
周囲に漂うこの匂いを私は知っている。病院とかで嗅ぐクレゾールの匂いだ。
彼はそれを注射器に移し、船員たちの赤くなっている肌に刺し、注入をする。
しばらくすると苦しんでいた船員の顔が穏やかになった。
「おお、さすがだ」
「感心してる場合じゃありません。悪いのですがこれを塗る手伝いをお願いします」
「いや、君はさっき注射をしたではないか」
「あの人はとてもひどい炎症を越していたからです。さあ、速く!」
「ああ、わかった!」
私たちはひたすら彼が作った薬を船員たちに塗って回る。
痛みにのたうち回っていた者たちが静かに眠りについていく。
予断を許さない状況の中、気が付けば日は沈み、そして再び昇り、朝となった。
まず結果的に言えば船員たちは助かった。一部を除いて、だが。
風邪から発展した肺炎が一気に進み、そのまま亡くなってしまったのだ。
亡くなった船員は神父を始め、喪服することにした。
「全員! 黙とう!」
鎮魂の鐘が鳴り響く中、このような事態になったことに心を痛めた。
死んだ乗組員たちは遺骨となって帰路へと付くのだった。
船長を始め、船員たちに私は頭を下げる。
もう少し早くに気づいていれば救えたはずだった、と。
「俺は海の男だ。広い海だからこういうこともある。それにそんなことを言い出したら俺たちだって責はある」
そうは言ってくれたが、私はどうにも許されないだろう。
そんな気持ちを紛らわすために港を闊歩する私。
岬の上でたたずむケイを見つけた。
「ケイ」
「ヴェルダさん」
「泣いていたのか?」
「……かもしれません」
「君のせいではない、いや、誰のせいでもないと言った方が正しいな」
「……わかっています」
口ではそう言いながら全くと言っていいほど、そうは思ってない顔をする。
案外似た者同士かもしれない、私と彼は。
「いや、私の責任でしょう」
「オーリン」
「私が……石頭だったばかりに……」
泣いて謝罪をするオーリンに私は何も言えなかった。
ケイが作った薬をちゃんと配布をし、自らもまた病気の船員たちのために働いてくれたのだ。
「オーリン、お前はよくやってくれた。ケイとともに人に尽くしてくれたのだ」
「姫……」
「大儀であった」
「あ、ありがたきお言葉ございます」
「ケイ、オーリンにお前の知識を教えてやれ。オーリンもケイに力を貸してやってくれ。さすればこの島はもっと良くなるはずだ」
「ははっ!」
「もちろんです」
頭を下げる二人を背に、私は城へと帰るのだった。
あの二人がいればこの島の民はいつまでも病気におびえることはないことを確信して。




