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第二話 病は気から その1

「暇だ……」

「そうですか」


 玉座でいつも通り私はうんざりした顔をしている。

 隣のアーシャも深いため息をついた。

 うむ、やはり何にもすることがないというのは暇で仕方がないな。


「アーシャ、何か変わったことはないのか?」

「特にありませんね」

「そうか……」


 この前と同じような返答に私もあくびで返すしかなかった……。

 カートニー卿の話で今日もまた何事もなく平和らしい。


 ……ただこの前のことがあるので、みっちりとカートニー卿を絞った。

 どこがが平和だ、裏金だの密輸だので真っ黒ではないか。お前の両目は節穴か!

 ……とまでは言わなかったものの、物事を整理するために調査を頼んだ。


 その際、カートニー卿はまるで嵐のような俊敏かつ乱暴な動きで貴族から始まり、息のかかった下っ端までゴマの油のごとく搾って、搾って搾りまくったらしい。

 だが大本である宰相がやられたせいで、末端組織も消滅してしまったと報告を受けた。

 そのためか、あれ以降密輸は全く行われていない。


 他にも使い込みや裏金が無いか調べてもらった。

 結果は先ほどと同じように、幾人かの腐敗役人をしょっ引いただけで終わってしまった。

 ちなみに逮捕した貴族や役人たちははすべて国外退去という形にした

 今頃は沖の海で生活をしているに違いない。あそこは小さな島が点々としてるからな。

 収容所としてももってこいだ。


 かくしてこの島の腐敗は根絶されたが……。はっきり言って私がやることが全くない。

 退屈過ぎて玉座の上で手足をばたつかせてみる。

 無意味な行動だと理解はしているがこうでもしないと暇に押しつぶされそうだ。

 むむ……! せっかくだ、あそこへ行ってみるか。

 私は思い立つと玉座から立ち上がる。


「どちらへ?」

「決まっているだろう、彼の様子を見に行く」

「わかりました、ご一緒させていただきます」

「うむ、ではいくぞ。ついてこい」

「はっ!」


 ……それにしてもアーシャも彼と出会いがあってからは妙に私にくっついてくるな。

 きっと私が活躍するさまをこの目で見たいに違いない!

 うむ、アーシャよ。期待するがいいぞ。

 私は心の中で大きく頷くと馬に飛び乗り、町へとを走らせた。


 ★


 町の一角に妙に白く大きな建物がある。あれは私が建設をした病院だった。

 建物の上部にある赤い十字架のマーキングは私が書いたものだった。

 白いブロックを幾重にも積み重ね、完成した時は涙がこぼれたものだ。

 それに島の住人達と汗を流すのは本当に楽しかったぞ。

 うむ、気が向いたらまた新しい何かを作ろうか。


「邪魔をするぞ」


 扉を開けて中に入る。今日も今日とて盛況していた。

 待合室には老人を始め、無数の人が椅子に座って順番を待っている。

 私の来訪に気づいたのか、奥の方からケイが顔を出す。

 出会ったころのような高校の制服ではなく、今は白衣だった。

 島の外から来たものに頼んで取り寄せたのだが……よく似合うな。


「ベルダさん、今日はどうしたんですか?」

「君の顔を見に来た」

「お気持ちは嬉しいのですが、ここは病院。病気の人が来る場所ですので……」

「まあ、そういうな」


 私の態度にケイがちょっと困った顔をする。

 気が付けば私の周りに人だかりができていた。


「おお、姫様!」

「ありがたや~」

「はっはっはっ、そうかしこまらなくてもいいぞ!」


 多くは老人だが、怪我をした者も病気の者も私に対して頭を下げる。

 中には私を拝む者もいた。

 うむ、こうやって顔を出して元気づけてやるのも良いかもしれんな。

 しかし一方のケイはそろそろ我慢の限界なのか、苦虫を嚙み潰したかのような顔をしていた。

 さすがにこれ以上は治療の邪魔になるな、うむ。


「……とにかく、来るなら休憩時間にしてください」

「そうだな。では、また後でな」


 ケイに手を振って病院から出る。もう一度病院を見やるとまた誰かが入っていく。

 当然と言えば当然だが、この島では病気やケガが円満しているのかもしれんな。

 思い切って医療や福祉を一度見直してみるか。うむ。

 そんな考えを張り巡らせているとアーシャが病院を見ながらつぶやいた。


「凄い人ですね。ケイ」

「当たり前だ、命の一族という奴だからな」


 どういう理屈か分からんが、ケイが居候している病院に多数の病人が詰めかけるようになった。


 そもそもケイは医療の知識が豊富だった。

 とてもじゃないが、高校生とは思えないほど医学に精通している。

 簡単な感染症予防から始まり、薬の調合。果てには手術まで行っている。

 出会った時のように力は使わないのか? と聞いたことがあるが力を使うととても疲れるらしい。

 それに薬などを使った治療の方が安定性が高く、力以外での貢献が出来るから、だそうだ。

 事実、ケイに教わった治療法は島の医者たちにはかなり好評である。

 治療法が確立したおかげで死ぬ人間がぐっと下がった、とカートニー卿からも報告を受けていた。


 それにしても……彼は本当に高校生なのだろうか?

 いや、正確にはこれが命の一族という奴の力かもしれない。

 命に関するすべての物事は彼の手中になるのだろう。うむ。


「しかし予定が崩れてしまったな。他の場所で時間を潰そうか」

「そうですね、それならば……東の村で狼が追い払ってほしいと要望が来てます」

「なんだ、ちゃんと仕事があるではないか」

「申し訳ございません。そう言われたのは直接の直訴であったためで……」

「かまわん、それよりもその村とやらに行くぞ!」

「はっ!」


 さっそく私たちは東の村へ向けて馬を走らせる。


 ★


「で、怪我をしたんですか?」

「ああ。狼を張り倒したはいいのだが、その際にな……」


 ケイが私……ではなく、連れてきた隣の男の治療を行う。

 患部をちょっとだけ見るとすぐさま注射器で麻酔を打ち、包帯と付け木をを使ってあっという間に固定をする。

 ……速いな、三分も経ってないぞ。


「気分はどうですか?」

「ああ、大丈夫です。だいぶ楽になりました」

「そうですか、よかった。あとは回復魔法でゆっくりと治してください。」

「分かりました」


 三角巾を首から下げ、そこに腕を乗せると男は笑顔を取り戻した。

 一方、隣にいる付き添いの女、男の亭主が深いため息をついた。


「まったく。だから言ったんですよ。姫様に任せておけば大丈夫だっていうのに……」

「はっはっはっ。奥方、そんなことをいうものではないぞ。自らの土地を守ろうする良い亭主ではないか」

「でもねぇ……」

 

 やや呆れ顔の奥方が口元に手を当てて亭主を見る。

 亭主の方も罰が悪いらしく手に頭に当てて苦笑い。

 かいつまんで言えばならこんな話だ。


 東の村で狼が現れるという一報を聞きやってきた私。

 足跡やフン、木々の傷から狼の群れの気配を察し、村の人たちと狼を追い払おうと策を講ずる。

 エサでおびき寄せて一網打尽。実にシンプルな作戦だった。

 そして作戦はあっさりと成功し、狼の群れを追い払った。

 しかし一匹の狼が卑劣にも背後から飛び出し、小屋にいる家畜小屋を狙って襲い掛かった。

 そのさい、小屋に残っていた亭主が奮戦。木の棒を振り回し、追い払おうとする。

 その彼を助けるために檻に入っていた狼を手に取り、思い切り投げつけた。

 結果は見事に命中。だが亭主が巻き添えを食らい、負傷してしまった。

 ……私の責任ゆえにこの亭主を担いでここまで来たが、やはりケイの医療技術は素晴らしいな。


 愚痴なのか、惚気なのか、私にはわからないが延々と話す奥方。

 その様子を見ながらケイと亭主が小さくつぶやいた。


「あなたも苦労をなさっているのですね」

「はは、口だけはいまだに勝てませんよ」


 一通りの治療と薬を夫婦に渡すと彼らは私とケイに頭を下げた。


「では、先生。私どもはこれで……」

「お大事に」


 夫婦が後姿が見えなくなると、私は病院の椅子に座った。

 後始末を請け負ったアーシャに策を作り直すことを指示したし、もう何もすることがない。


「まだ診療を続けるか?」

「……そうですね、そろそろ〆ましょう」


 外の立て札を休診にする。

 窓から差し込む夕陽を見ながら彼につい、問いかける。


「さて、一日が終わるが……この島はどうだ?」

「そうですね……とてもすごい島だと思います」

「ほう?」

「ペニシリンに麻酔、抗生物質まで簡単に手に入りました」

「そうか」

「そうか……って簡単に流しますね」

「ふん、この世界ではごく当たり前のことだからな」


 大嘘である。私もペニシリンや麻酔が存在することが全く気が付かなった。

 というのもこの島にはペニシリンも、麻酔も、抗生物質も、それを生み出す薬草が存在している。

 私は医学の知識がなかったため、それらを有効活用が出来なかった。

 だがケイの知識により、それらが有効活用されるようになったのだ。

 ……ううむ、この島の医療を根本から変える勢いだな、まったく。


「島の人たちもみんないい人たちです。この間なんて果物を貰いました」

「治療費の代わりだな、良かったな」

「……でも、僕はなぜこの世界に来てしまったのか。とときどき思うことがあります」


 遠い目をして夕日を眺めるケイ。

 その顔から言って寂しさ、とは違った何かを私は感じ取る。

 ……彼も私と同じなのだろうか?

 あんな力を持っていれば他人から疎まれたり、利用されたりするのは当然か。


「すみません、おかしなことを言ってしまって……」

「気にするな。では私はこれくらいにしておこう」

「お疲れさまでした」

「うむ、良きに計らえ」


 ふふん、と胸を張って診療所を後にする。


 ★


 城に帰って厩に馬をつなぐと軽く伸びをする

 門の入口に立つと珍しい奴がいた。


「おお、オーリンではないか」

「おかえりになられましたか?」


 白髪頭の老人の名前はオーリン。宮廷魔術師ならぬ宮廷医師だった。

 この城の医術を一手に引き受ける重要な存在だ。

 城の者の健康状態はすべてオーリンが一手に引き受けている。

 だが私がケイにご執心であるせいで、少々不機嫌のようだが……。


「またあの男の所へ?」

「うむ、外の世界から来るのは久しぶりだからな。つい色々聞いてしまうのだ」

「そうですか、ですがお気を付けてくださいよ。あの男、怪しげな術を使うとか……」

「まあ、そのようだな」


 怪しげな術……か。たしかに手術をする彼は黒魔術の体現者と言っても過言ではない。

 麻酔の類もケイには特殊過ぎる。


「しかしそれで救われる人間がいる以上、私からは何も言えんな」

「……確かにそうですな」


 口ではそういうが疑っているのは明白だった。

 根拠としてはオーリンの特徴であるあのでかい目玉だ。

 その目玉がギョロギョロと動くのはオーリン特有のもの。

 感情が高ぶるとああやって動くのだが、私にはそれがどうしても受け付けない。

 ……子供の頃から事あるごとに怒られれば当然だな。うむ。


「ですがあの者は島の外から来た者。くれぐれも信用なさらぬように」

「うむ、忠告を感謝するぞ、オーリン」


 去っていくオーリンを見ながら私はオーリンの言葉を考えてみた。


「島の外から来た者か……」

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